図書館のきみに 《第九話》
【あらすじ】
帰り道に触れた手。
気のせいだと思った次の瞬間、
凪の手が、しっかりと茜の手を握った。
言葉はなかった。
それでも——確かに伝わってきた。
けれど別れ際、凪は言う。
「ごめん」
その一言が、胸に残る。
凪の過去。
失ったもの。
そして、「今は違う」という言葉。
少しずつ近づいたはずの距離が、
なぜかまた揺れる。
そして茜は気づき始める。
——この人に、愛されたい。
でも、このときはまだ知らなかった。
このあと、すべてが動き出すことを。
*
【第九話】夏の火
凪から訊いた話が、茜の頭から離れなかった。
帰り道、凪に送ってもらって、駅の改札前で別れた。おやすみ、と言った凪の声はいつもと変わらなかった。でも家に戻ってから、茜はずっとベッドの上に座ったまま動けなかった。
彼女も友達も失った。学校中が知るところになった。
その言葉の重さが、時間が経つにつれてじわじわと大きくなっていった。
学校中が知るということは、望も知っていたはずだ。高校からの同級生だという望が、その出来事を知らないはずがない。
凪の幸せをサポートすると決めた。
望の言葉。
あの言葉の奥に、茜の知らない文脈があった。傷ついた凪のそばで、ずっと見てきた時間が見える。
自分には何がある。
茜は膝を抱えた。
凪の心が見えなくて怖気付いている。踏み込もうとして、壁を作られるたびに引いてしまう。ごめん、の意味ひとつ訊けないまま、相手が先に話してくれるのを待っている。そんな自分が情けなくて、どうしようもなく恥ずかしかった。
知らぬ間に凪を傷つけるのではないか、という不安が、胸の奥をじわじわと締め付けていた。あの写真の中で笑っていた凪が、すべてを失ったような気分だったと言った声が、頭から消えない。もし自分が同じことをしたら。蓮と話しているところを見るたびに凪の顔から何かが消えていたのを、茜は知っている。その理由を、今夜ようやく知った。
愛おしいと思っている。この人のそばにいたいと思っている。でも、この気持ちが凪を傷つける刃にもなりうる。それがわかった夜は、簡単には眠れなかった。
窓の外で、夏の虫が鳴いていた。
翌日の午後、いつもの時間に凪は図書館へ向かっていた。
「深瀬くん」
後ろから声がした。振り返ると、そこに立っていたのは蓮だった。
凪は少し目を細めた。驚いているのかもしれないし、警戒しているのかもしれない。どちらとも取れる顔で、ただ蓮を見た。
「ちょっと話したいことがあるんだけど、いいかな」
蓮の声は穏やかだった。凪は何も言わずに頷いた。
ふたりは講義棟の外れまで歩いた。石畳の段にふたりで腰を下ろす。夕方の光が斜めに差し込んで、周囲に人の姿はなかった。
「突然にごめん。びっくりしたよね」
蓮は凪にも、あの優しい笑顔を向けた。この男はどんな相手にもそうなのか、と凪は思った。嫌味がない。作っているわけでもない。ただそういう人間なのだ、と凪は感じていた。
「単刀直入に訊くね。深瀬くんは茜ちゃんのことどう思ってるの?」
凪は黙っていた。
何を言われるのかは、ある程度想像がついていた。蓮が茜を好きなことは、知っていた。キャンパスの女子たちの話題のひとつでもある。それに、茜の隣に自然に並ぶこの男の姿を、凪は何度も目にしていた。
蓮は一拍おいてから続けた。
「俺は茜ちゃんが好き。茜ちゃんのことばかり考えてる。深瀬くんがその気がないなら、本気出すけどいい?」
凪の眉がぴくりと動いた。
その気がない。
その言葉が、予想外に胸に刺さった。凪の唇がゆっくりと動く。
「いいよ。でも俺も負けない」
自分でも驚くほど、すっと言葉が出た。迷いがなかった。
凪は過去の自分と繋ぎ合わせていた。
あのとき、気づかなかった。あのとき、言えなかった。あのとき、守れなかった。
取れるものなら取ってみろ、という気持ちだった。もう二度と、大切なものを失いたくなかった。
蓮はまいったな、という感じで笑った。少しだけ困ったような、でも清々しいような、不思議な笑い方だった。
「もっと正直になれよ」
蓮の声は責めていなかった。
「深瀬くん、いや、深瀬。おまえさ、完全に茜ちゃんを好きなんだよ。なんで好きって言えないの? 他の男に取られたくないんだろ? じゃあ、いいよなんて言うなよ」
凪は何も言えなかった。
蓮は凪の肩を軽く叩いて「よいしょ」と立ち上がった。それから、振り返りながら言った。
「おまえたちの間には入れないわ」
笑顔のまま、歩いていった。
残された凪は、しばらくそこに座っていた。
蓮の背中が遠ざかっていく。その歩き方は迷いがなかった。まっすぐで、速くて、振り返らない。あの男はいつもそうだ。誰かに向かって、ためらいなく歩いていける。
でも凪は気づいていた。あの笑顔の奥に、一度だけ滲んだものを。蓮が「俺は茜ちゃんが好きだ」と言ったとき、その目は茜に向いていたが、声の端に何かが混じっていた。誰かにずっとそばにいてほしかった、という気持ちに似た、静かな渇き。人の中心にいる人間が持つには、不釣り合いなほど。
空が夕焼けに染まっていた。橙と紫が混ざり合った色が、建物の間に広がっている。蓮の言葉が、頭の中でゆっくりと反響していた。
他の男に取られたくないんだろ。
図星だった。そのことを、蓮は最初からわかっていた。凪自身が言葉にするより先に、蓮にはすべて見えていた。凪が何ヶ月もかけて気づこうとしなかったことを、蓮はあっさりと言い切った。
凪は男として完全に敗北したと思った。
「あいつ……かっこいいな……」
ぼそっと呟いた。誰に聞かせるわけでもなく、夕暮れの石畳に向かって。
それから、静かに笑った。夕暮れの中でひとり、誰にも見せることのない、柔らかい顔で。
茜が凪の過去を知った翌日から、図書館での時間は以前と少しだけ変わった。
変わったのは茜のほうだった。
凪の話を知る前も、茜は凪のことを考え続けていた。でも今は、考え方の質が違う。凪がなぜああいう人間なのかを、茜は体の芯で理解している。無愛想なのも、壁を作るのも、言いかけた言葉を飲み込むのも、すべてが一本の線で繋がった。
だから今は、凪がブレーキをかけるたびに胸が痛かった。この人はまだ、怖いのだ。怖いのに、少しずつ手を伸ばしてくる。その不器用さが、愛おしくて仕方がなかった。
夏休みが始まった。
キャンパスから学生の姿が減って、図書館もいつもより静かになった。閉館前日の夕方、ふたりで荷物をまとめながら、凪がぽつりと言った。
「夏休みの間は講義がないから、午前中から来るけど。茜はどうする?」
茜はその言葉を一瞬で飲み込んだ。
誘ってくれている。凪が、自分を、誘っている。
「うん、わたしも午前中からと思ってた」
声が少し上ずった。でも凪は気づかないふりをしてくれた。
翌朝、茜はいつもより一時間早く家を出た。少し舞い上がりすぎているとわかっていた。でも止められなかった。夏の日差しを受けて図書館に入ると、クーラーの涼しい風が気持ちいい。まだ凪は来ていなかった。
汗がひくのを待ちながら、茜は角の席に荷物を置いてぼんやりと入口を見ていた。
しばらくして、扉が開いた。
凪だ。
いつもの服装で、鞄を肩にかけて、少しだけ汗をかいている。目が合った。
「おはよう」
茜が言うと、凪はわずかに目を丸くした。おはよう、と言われることに慣れていないような、そんな一瞬の戸惑い。それからすぐに「うん、おはよう」と返した。
凪と朝の挨拶をするのは、初めてだ。
ふたりとも、なんだか気恥ずかしくて少しだけ顔を赤らめた。気づいていないふりをしながら、それぞれが自分の本を開いた。
夏休みの図書館は、別の場所みたいだった。
人が少ない。広い空間に静けさが満ちていて、窓から入る光が強くて白い。時間の流れ方が、講義期間とは違う。焦る必要がない。閉館まで、ただここにいていい。
ふたりだけになる時間が、増えた。
そういう時間には、これまでとは違う話をした。凪が図書館で出会った変な本の話をした。茜が子供のころに信じていた都市伝説の話をした。どちらからともなく始まって、どちらからともなく笑い合う。声を出して笑うこともあった。図書館でこんなに笑ったのは初めてだと茜は思った。
午前中からいると、お昼が来る。カフェテリアの食堂は夏休み中は閉まっていた。
「コンビニ行ってくる」凪が立ち上がった。「何か買ってこようか」
「あ、じゃあ一緒に行く」
ふたりで炎天下に出て、近くのコンビニまで歩いた。凪はサンドイッチと緑茶を選んだ。茜はおにぎりふたつとアイスティ。レジで凪がまとめて払おうとしたので茜が止めると「今日は俺が」と言って譲らなかった。
「いつもありがとう」
「気にしなくていい」
いつもの言葉だった。でも今日は、その言葉が少し柔らかく聞こえた。
誰もいないカフェテリアのテーブルで、ふたりで並んで食べた。外は眩しいくらいの夏の光だった。
「このサンドイッチ、具がすくない」
凪がぼそっと言った。
茜は覗き込んで、確かにと思って笑った。凪も少し口元を緩めた。ただそれだけのことが、嬉しかった。こういう何でもない時間が、こんなに温かいとは思っていなかった。
でも、そういう午後ばかりではなかった。
本を読んでいて、ふと凪を見ると、凪がこちらを見ていた。目が合う。どちらも何も言わない。でも凪が先に視線を外して、それからしばらく、少しだけ距離を置くように背を向ける。
心にブレーキをかけている。それが茜にはわかった。
傷つくことを恐れている。踏み込みたいのに、踏み込む勇気がないのかもしれない。それは茜も同じだった。ふたりして同じ場所で足踏みをしている。わかっているのに、どちらも動けない。その苦しさだけが、ふたりのあいだで静かに積み重なっていった。
図書館が夏季閉館になる前の最後の日、ふたりはいつもどおり荷物をまとめた。
外に出ると、夏の熱気がまだ残っていた。日が落ちているのに、空気が温かい。ふたりで駅へ向かって歩く。
茜は凪と会えない二週間のことを考えていた。凪は夏休みの間、何をして過ごすのだろう。どこかへ行くのだろうか。誰かと会うのだろうか。訊きたくて、でも訊けなかった。凪のプライベートに踏み込むことが、まだ怖かった。
夏の夜風が、ほんの少し吹いた。
信号待ちで足を止めると、凪が前を向いたまま口を開いた。
「花火大会、一緒に行かないか」
茜は一瞬、聞き間違えたかと思った。
花火大会。凪が、誘っている。デートという言葉は使わない。でも誘っている。それだけで、茜の心が一気に明るくなった。
「うん、行く!」
声に出してから、少し大きすぎたかもしれないと思った。
凪が茜を見た。安心したような、でもそれをそのまま見せることが恥ずかしいような、そんな顔で、少しだけ笑った。
茜はその笑顔を見て、今夜はもう寝られないと思った。
予感は当たった。その夜、茜はベッドの中で何度も寝返りを打った。凪と花火大会。浴衣を着ていこうか。どこで待ち合わせをしようか。手を繋いでくれるだろうか。考え始めたら止まらなかった。
花火大会の当日、茜は浴衣を着て家を出た。紺地に白い花の柄。去年の夏に買って、一度も着ていなかったものだ。鏡の前で三十分かけて帯を結び直した。
約束の場所に向かいながら、心臓が高鳴る。浴衣で歩くのは久しぶりで、いつもより少し足元がおぼつかない。人混みの音が遠くから聞こえてくる。
待ち合わせの場所に、凪がいた。
人混みの中でもすぐにわかった。背が高くて、浴衣ではなくシャツ姿で、こちらを探すような目をしていた。茜は後ろからそっと近づいて、背中を軽くつついた。
凪が振り返った。
一瞬、動きが止まった。
「ん……かわいい……」
ぽそっと言った。本人も気づかないくらいの声量だった。
茜は耳まで熱くなった。聞こえた。絶対に聞こえた。でも聞こえないふりをするしかなかった。
「遅れてごめん」
「いや、俺も今来たとこ」
凪はそれだけ言って、歩き始めた。何事もなかったように。でもその耳が少しだけ赤かった気がした。茜は見なかったふりをした。
人混みの中を歩き始めると、凪が自然に茜の手を取った。
はぐれないようになのか、それとも手を繋ぎたかったからなのか、わからない。でも、しっかりと握って、茜を自分のそばに引き寄せた。
人混みで手を繋ぐことは自然なことだ。そう言い聞かせた。でも茜の心臓はそれを自然に受け取れなかった。
「あそこにしよう」
少し高くなった場所が、ぽっかりと空いていた。周りよりほんの少し視界が開けていて、夜空がよく見える。凪はそこに目をつけていたようで、迷わず進んだ。さすがだと茜は思った。こういうところが、凪らしい。誰よりも早く、特別な場所を見つける。
時間が近づくにつれ、人が増えてきた。ふたりの周りにも人が押し寄せて、気づくと空間が狭くなっていた。少しずつ人に押されて、茜と凪の距離が縮まっていく。
そのとき。
パーン、と音が弾けた。
夜空に、大きなオレンジの花火が広がった。
「きれい……」
茜は思わず声に出した。
「きれいだな」
凪が、ほとんど同時に言った。
次々と打ち上げられていく花火。赤、青、金色、緑。光が夜空に満ちて、消えて、また満ちる。その度に歓声が上がって、人の波が動く。
気がつくと、凪が後ろから茜を囲むような形になっていた。人の波に押されて、自然とそうなった。でも凪は避けようとしなかった。茜を守るように、静かにそこにいた。
凪の腕の中にいる。
茜の心が、一気に高鳴った。凪の体温が伝わってくる。凪の息遣いが近くにある。あのシャンプーの匂いがした。図書館で覗き込まれたとき、一瞬だけ感じたあの匂いと同じだった。
花火が夜空を彩り続けている。でも茜の意識は半分しか空を向いていなかった。
凪が、茜の肩に顎を置いた。
ゆっくりと、自然に、当たり前のように。
茜は動けなかった。凪の顔が近い。横を向いたら顔が触れるくらいの距離に、凪がいる。
意識せずにいられなかった。
凪から男性を感じる。体温が、重さが、呼吸が、全部が近くにある。自分の気持ちが走り出していることを、茜は無視できなかった。好きだ。本当に好きだ。今夜ここで、茜ははっきりとそれを感じていた。
花火が続く。
夜空に光が散って、消えて、また散る。茜と凪はその光の下で、ただそこにいた。言葉は要らなかった。これ以上何も要らないと思えるほど、今夜はただそこにいるだけで十分だった。
最後の花火が上がった。
大きな音と光が夜空を埋めて、それから静かになった。歓声が波のように広がって、消えていく。
凪がゆっくりと顔を上げた。
茜も顔を上げて、凪を見た。
目が合った。
お互いに何も言わなかった。でも、この夜に何かが起きたことを、ふたりとも知っていた。
帰り道、凪は茜の手を引きながら歩いた。人混みが徐々に薄れて、静かな道になる。浴衣の足元が少し疲れてきた頃、凪が歩調を緩めてくれた。
しばらく歩いてから、凪が口を開いた。
「最近、完全に負けたと思わされた男に会った」
茜はきょとんとした。
「すごくなんていうか、パンチ喰らった。おれ、あいつ好きだわ。負けたくないわ」
茜は足を止めそうになった。
茜は凪が何を話しているのか一瞬わからなかった。凪が誰かに好意を持ったという話が、どうしてこのタイミングで出てくるのだろう。しかも相手は男性だ。
茜は凪に目を向けた。
凪の顔が、かつてないほど清々しく輝いていた。悔しそうで、でも晴れ晴れとして、何かを決めた人間の顔だった。その顔が、茜にはとても魅力的に見えた。
「……どんな人?」
訊いてしまった。
「まっすぐな奴。格好いい。あんな風に言えたら、俺も違ったのかもな」
凪は前を向いたまま言った。
まっすぐな奴。格好いい。あんな風に言えたら。
茜の頭の中で、ひとつの名前が浮かんだ。
まさか。
でも、もしそうだとしたら。凪と蓮が話した。ふたりが何か話した。その上で凪は今夜、この顔をしている。
「凪くん、その人って——」
「言わない」
即答だった。でも口元が、かすかに緩んでいた。
茜はそれ以上訊けなかった。でも、胸の中で何かが温かく動いた。
凪が変わろうとしている。何かに向かって、ゆっくりと動き出している。その顔の清々しさが、嘘じゃないことはわかった。
ふたりは黙って歩き続けた。夜風が吹いて、茜の浴衣の袖が揺れた。
駅が見えてきた頃、凪がふいに立ち止まった。
茜も止まった。
凪は茜を見た。暗い道の中で、街灯の光が凪の横顔を照らしていた。
凪が口を開いた。
「茜」
名前を呼ばれた。
「……うん」
「俺……」
茜の息が止まった。言葉の続きに全神経が集中する。
「…いや、なんでもない」
凪にはまだ決心がつかないようだった。
「うん…」
茜は凪を待ちたいと思った。凪が心を決めるその日まで。
凪は頷いて、また歩き出した。
茜は一拍遅れてついていきながら、凪の背中を見ていた。まっすぐな背中だった。さっき言いかけた言葉を飲み込んで、それでも前を向いて歩いている。
今夜の茜には、それがたまらなく愛おしかった。
心臓が、勝手に決めた。
茜の手が動いた。
考えるより先に、指先が凪の手に触れていた。後ろから、そっと。でもちゃんと、握った。
凪の足が止まった。振り返る顔が、驚いている。
茜は目を逸らさなかった。怖かった。でも、逸らしたくなかった。
凪がまっすぐ茜に向き直った。繋いだ手を、強く握り返した。
それだけだった。それだけなのに、茜の目の奥が熱くなった。
茜にとって勇気がいる行動だった。でも、自分の気持ちを素直に表現したかった。信頼していいと示したかった。凪の心に届くように。
改札の前で、ふたりは向き合った。
「今日は楽しかった」
茜が言うと、凪は少し間を置いてから言った。
「俺も」
それだけだった。でも、その二文字が、茜には十分すぎるほどだった。
電車に乗って、窓に映る自分の顔を見た。浴衣が少し乱れている。帯が少しずれている。頬が赤い。
凪をたくさん感じた夜。手のひらがまだ凪を覚えていた。
電車が夜の街を走っていく。
茜は窓の外を見た。夏の夜が流れていく。遠くに、まだ花火の煙が残っているような気がした。
その夜、ひなたにメッセージを送った。
花火大会、行ってきた。
すぐに返信が来た。
どうだったの!!
茜は少し笑って、画面に向かった。
すごくよかった。初めてわたしから手を繋いじゃった!
送信してから、画面を見つめた。
数秒後、ひなたから返ってきた。
茜が!?想像できない!!それ告白してる!!
茜はもう一度笑った。今日何度笑ったかわからない。
ひなたはいつも、茜の知らない角度から本当のことを言う。自分から手を繋いだら、それはもう、気持ちを伝えていると同じだとひなたは言っている。
そうかもしれない。
でも、それでいい。茜は自分の気持ちを示したかった。凪の傷ついた心を温めたかった。あとは凪のペースで、凪の言葉で、その日が来ることを、茜は待つと決めた。物事が動くときはいつも怖い。でも今夜は、その怖さより嬉しさのほうが大きかった。
スマホを置いて、茜は天井を見上げた。
凪の存在が今夜の茜の心に静かに灯っていた。花火が消えても、その光だけはまだそこにあった。消えない、温かい光が。
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🎧この物語にはイメージ曲があります。
あの図書館の時間、
あの沈黙、あの距離。
『あと一歩』という曲です。
読み終えたあとに、
音楽とともに、もう一度だけ思い出していただけたら嬉しいです。
▶ イメージ曲「あと一歩」はこちら
Music by IZU(Sunoにて制作)
