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漫画『違国日記』|「あなたを愛せるかわからない」それでも憎き姉の娘を引き取った

あまりネタバレが無いよう頑張って書く。
興味を持たれた方は是非読んでいただきたい。

出会い

出会いはなんだっただろうか。もういい歳だし、少年少女の活躍する話はもういいかなと思い、大人の女性が主人公の漫画を探していた時に、たまたま見かけたのだろう。あらすじを読んで既刊全てを購入していた。ドラマ化などの話題で作者のヤマシタトモコ先生の名は聞いた事がある程度で、作品を読むのは初めてだった。

読んでみて

「人見知りな小説家と、その姉の遺児の年の差同居譚」ということで読み始めたが、1巻序盤に人見知りな小説家(以下“槙生”)が姉夫婦のお葬式で姉の遺児(以下“朝”)と周囲に「あなたを愛せるかわからない!それでも…!」と啖呵をきるシーンでもう完全に魅了されてしまった。
私は両親を失ったことはないし、朝の気持ちが分かるわけでもない。しかし、朝の気持ちや状況に真摯に言葉を送る槙生の姿勢が、私にはとてつもなく魅力的に写った。そんなに人間に真摯に向き合ってくれる人は今まで居なかったし、おそらく私自身が言語化が好きだからであろう。
一切の躊躇いなく、全11巻紙の書籍を購入した。

全巻読了

最終巻まで読みおわり、読み返し、読み返し、読み返す、そんな日が続いた。主に口語調で話が進むため、慣れていない私には少し理解が難しかったのだ。しかし、噛めば噛むほど味わい深く、新たな発見も沢山あった。(もう20周くらい読んだのではないだろうか)(そしてこの記事を書くために2周した)
境遇は似ていないが、槙生と私の共通点が沢山見つかった。人見知り、1人でいないと辛い、片付けられない、発達障害に近い、などなど。そして憧れる点もあった。槙生は自我が強く、自分の主張をしっかり持っている。強い母に支配されて自分の考えを奪われてきた私とは正反対だった。
また、朝にも共感する事があった。自分のやりたい事がはっきりしない、自分の個性を見出せない、さみしがり屋である点だ。朝は高校生で、多感な時期でもあり進路を決める時期でもある。周りとの違いに悩み、両親との絆に悩み、自分の才能について悩み…悩みだらけである。自分で決めなければならない事だが、通常なら1番支えとなる両親はもう居ない。朝の支えとなるものは…果たして。

登場するマイノリティたち

この作品には、1人を除いて明言はされないがマイノリティたちがそこかしこに登場する。是非読んで、ご自身で気づいてほしいので直接的な言及は控えるが、さらりと登場することに、社会的&性的マイノリティである私は強い安心感を覚える。

散りばめられたフェミニズムとホモソーシャルからの離脱

私はフェミニズムを勉強中の身であるので、間違った見解かも知れないが、本作は(特に女性の)「人間の自立」「人権」「愛」の話であると思う。大人の槙生然り、高校生の朝然り、各々の自立を目指していく。前述の「お葬式での啖呵」は、突き詰めれば人権の話だった。大人も子供も不完全で、それでもそれぞれが己を打ち立てて創っていく。そしてその中には、己を創る過程で「女性差別」という人権の問題にぶち当たり、心打ち砕かれる少女の物語も含まれている。

本作の中でも7巻は男性や男子学生に是非読んでいただきたい「男らしさから抜け出す」話が収録されている。いわゆるホモソーシャルの同調圧力と社会構造から抜け出す話だが、もし今「男らしくあるべきというプレッシャー」に押し潰されそうな人がいたら、救いになる話だと私は思う。

「愛」について

本作は「愛」についてとても深く掘り下げている。家族愛、異性愛、同性愛、あかの他人同士の愛、などなど。
「愛情とは、受け取る側が苦痛に感じればそれは支配となる(意訳)」とは、臨床心理士の信田さよ子さんの言葉だっただろうか。漫画作中で個人的に1番心に響いたに残ったセリフは以下である。

「少なくともおれの欲しい愛情の形じゃないんだ」
「でもべつにあの人(父親)に愛されなくてもおれが価値のない人間ではないんだ」

引用:『違国日記』8巻

この登場人物と重なったのが、私自身が母に愛されたはずなのに、その愛を受け止められなかったことだ。カウンセリングを受けて、30歳近くになってようやく「母の愛=支配」だったと気づく事ができた。その後、私はしばらく「母の愛を受け取り損なった自分が悪いのだ、自分はいらない子だ」と思い悩んでいたが、前述の「愛されていなくても自分の価値は揺るがない」という言葉に救われた。

おわりに

本作を読んでから、周囲から抑圧されて「いい子」に育った私は、30歳にしてようやく「怒っていいんだ」ということに気付かされた。怒りを表すことは未熟だと幼少より刷り込まれてきたが、ようやくその呪縛から解き放たれつつある。何故かというと、槙生や登場人物たちが人権意識や自己を強く持ち、世に疑問を呈したり怒ったりするからだ。怒ることは、弱者が最も苦手とすることだが、同時に存在を透明化されないためには最も大切なことである。私にとって本作は「怒っていいんだ」という革命の狼煙だった。
そして私は勝手に本作を「自他境界の線引きの教科書」にしている。自他境界とはバウンダリーともいうが

「自分と他者を区別するもの、違いでありその違いを守るもの、つまり、”私は私”という境界線」

引用:https://co-coco.jp/series/study/boundary/

のことである。登場人物たちの我の強さだったり弱さだったり、境界を踏み越えた先の衝突などを読み返し「そうだ、私たちには自分の領域と権利がある」と思い出し、自分の自他境界線の弱さを見直すのだ。

「自立」「人権」「愛」について、後世の若い人のために、何より自分のために、大人になった今こそ改めて深く考える時だと思わせてくれた名作だった。
まだ学生の方にも、朝や周囲の思春期特有の悩みに共感できると思うので、是非お勧めしたい。特に親御さんや同級生との関係に悩んでいる方には響くのではないだろうか。

追記:

漫画『違国日記』が気になった方には是非、高野ひと深先生の漫画『ジーンブライド』(全4巻)もおすすめする。こちらは女性が普段見ている日常の地獄を理解するのにうってつけなので、特に男性に手に取って頂ければと思う。

#マンガ感想文

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