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ばちばちばち、ぱちん、ぽとん。

 どうしてかは分からないのですが、午前中はちょっと調子が悪かったんです。誰にだって、そういうことはあります。要は、疲れていたんです。

 習字の授業で服に墨を引っ掛けてしまった時のような気分でした。具体を欠いた仄暗い思考が、燦々と降り注ぐ太陽の下で惨めにうずくまっていました。スパンコールみたいな水面に、できるだけ自分の姿を映さないように歩いていました。

 そんなところに、ばちばちばちという派手な羽音を立ててそのクマゼミはやってきました。高い監視台の上で、僕はなんともみっともない声を一人で上げたのでした。

 それまでに僕を支配していた暗澹たる思考は霧散してしまって、ただただ明朗な世界が出現しました。しゃぼん玉の弾ける“ぱちん”という音さえ聞いたかもしれません。

 思い返してみれば、僕のもとに突進してくる者たちはクマゼミの他にもいました。シロガシラという闊達な鳥、東京の友人に雰囲気が酷似している少年。彼らは僕が“あちら側”に行ってしまわないように、わざわざ気付けをしてくれたんですね。

 夕方に仕事が終わって、同僚と二人で沖までボードを漕ぎに行きました。すぐその辺りにぽとんと落ちたような夕日でした。水銀のインクみたいなうねりは優しくて、空の気まぐれなグラデーションを湛えていました。

 「ニライカナイがそこにある〜」なんて言いながら、僕たちはいつまでもぬるい海に浮かんでいました。

 今までも、助けられてばっかりだったんですね。ありがとう。僕もいつか、あなたを助ける者になれていますように。ばちばちばち、ぱちん、ぽとん。


落日も知らない色になってみて
ニライカナイを夏の季語とす

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