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京都 八竹庵(はちくあん)訪問記

2026年2月末に京都へ行ってきました。

偶然通りすがった「八竹庵(はちくあん)」という建物がとっても良かったのでご紹介。

八竹庵は、京都市指定有形文化財に指定されている歴史的にも貴重な町家建築で、1926年に綿生地の豪商「四代目 井上利助」が建てたもの。

当時の最先端な技工と流行を取り入れた和洋折衷の設計で、見どころたくさんの粋な京町家です。

パンフレット

■入口・玄関


入口

1965年に白生地商「川崎家」の住宅兼迎賓館になったことで「川崎家住宅」とも呼ばれていたようで、入口にその案内板が掲げられておりました。

京都市指定有形文化財
川﨑家住宅
主屋、洋館、茶室、二十八畳蔵、十二畳蔵

当住宅は、綿布商を営む井上利助が大正15年(1926)に建てたもので、主に商談や取引の場として用いられた。その後、川﨑家の住宅として使用された。

屋敷は、通り側に門と塀を設けて、奥へ順に茶室と洋館、玄関棟、主屋、便所浴室棟、土蔵2棟を配置する。
茶室(紫織庵)は4畳板入りで、南側に3畳の水屋が付属する。
洋館は外壁に大谷石と煉瓦タイルを用いており、当時流行したF.L.ライト風の意匠に仕上げている。
主屋は中廊下をもつほぼ総二階の建物で、2階にも本格的な座敷や洋間を設けている。
大工棟梁は明治・大正期に活躍した数寄屋大工の上坂浅次郎で、上坂の他に京都商事株式会社の創設者である塚本与三次や、京都帝国大学教授の武田五一も設計に参与している。

当住宅は、大正期の大規模な都市型住宅で、洋館とともに主屋の2階に洋間をつくるなど、和風の中に巧みに洋風を取り入れている。
用材・技法・意匠ともに洗練された当初の建物が一連でよく残っており、その価値は高い。

平成11年4月1日 指定
京都市

京都市指定有形文化財 案内板より

案内板にも記載のとおり、
「有名な数寄屋大工が2年かけて建築したんですよ」
と建物内をガイドいただいた方に教えていただきました。

入口入ってすぐ右側を見ると洋な雰囲気
ここからは手前の「主人・客人用」の玄関しか見えないけど、
そのさらに奥に2つ「家人用」と「使用人用」の玄関がある。
立場によって使う玄関を分けているだなんてお金持ちムーブ過ぎる💰️
「主人・客人用」の玄関前では
椿が良い雰囲気を醸し出してます
「主人・客人用」の玄関を中から見たところ。
独立した玄関棟として踏込土間と四畳半の部屋からなり、当家の最も格式の高い玄関として主人と客人のみが使用できたとのこと。
主人在宅中は必ず主人の履物が置かれていたそう。
ご主人さまご在宅フラグとして分かりやすい。
こちらは「家人用」玄関
こちらは「使用人用」玄関
これはあからさま過ぎる🥹
こちらは「主人・客人用」玄関の入口から中を見たところ
右側に洋間が見えます

■洋間

洋間で受け付け&入館料のお支払い
寄木貼りの床と、奥に電熱式暖炉が見える
洋間の天井は格天井(ごうてんじょう)。
この天井は、日本だけでなく中国や朝鮮などでも見られ、寺院や神社、城など、格式の高い建物に古くから用いられているそう。
洋間にこの天井とはなかなか乙な組み合わせ。

■茶室

玄関から入ってすぐ見える前庭。
向かって右側に茶室がある。
友だちに聞いたけど、お茶室の準備ができたら庭に水をまいて合図するんだそう。
「準備できましたよー」と声かけるのではなく、水をまく動きでさりげなく伝えるところが本当に粋です。
ここがお茶室。案内文には
「長四畳の小間で下座床を構え、点前座には北山杉の中柱が立ち、雲雀棚が特徴。
炉は台目切で、入り口には二枚障子の貴人口がある。」
との記載があったけど、
中に入れなかったので、どれがどれだかよく見えず💦
右側にはかがんで入る小さな入口が見える。
この茶室は、有名な数寄屋大工の方が手がけたものだそう。

■電話室

当時電話室として使われていた小部屋。
今は荷物置き場として使われている。

当時、電話の加入権はとても高価で限られた家にしか電話は引けなかったそう。
プライバシー保護のためにこのような小部屋になっていたらしい。

大正時代当時の電話室の様子がよくわかるサイトによると、当時の電話室がそのまま残っているところは全国的にみても非常に珍しいらしい。
ここは物置になってしまっているので、電話室跡、という感じですね。

■家人用の和室

玄関から入ってすぐ左手前に家人用の和室。
この部屋にはかなり凝った高額なメモが陳列されておりました

手の込んだ高額メモはOMOSHIROI BLOCKというお店のもの。

やたら凝りまくった高級なメモが売っていた。
お値段なんと11,000円!!
メモを使い終わったらインテリアにもなる
こちらも使い終わったらインテリアになるメモ
メモを使う度に景色が変わるだなんて!
竹林が京都っぽい
こちらも京都
こっちは富士山
北斎もありました
こちらはカレンダーバージョン
メモを使い終わって浮かび上がった大阪城。
ほんと面白いモノ考える人がいるもんだ🏯
メモが置いてある部屋の奥にはこんな変わった屏風が置いてありました
布が立体的に貼られてる

■前庭・波打ちガラス

この建物の窓は、大正時代当時のままの波打ちガラス。
ななめから見ると表面がゆらゆらと波が打っているように見える👀
戦火も逃れ、いまだかつて1枚も割れてないそう。
ガラス職人が下から引き延ばして作ったもので、当時はこの大きいガラス1枚で家が1軒建つほどの値段がしたそう。
今はこの波打ちガラスを作れる職人はいないので、割ったらえらいことになります💀
前庭を背に振り返ると、向こう側に中庭が見える。
客間と居間の間にこのように半間幅の畳敷き中廊下を設けて、廊下や広縁から部屋に出入りすることで、家人のプライバシーを損ねないように考えられている。
さらに広縁から中廊下を通して庭が絵画のように見えるよう、中廊下の巾は西に向かって広くなっているそう。

■客間・仏間

手前が15畳の客間。付書院・床の間・脇床(天袋・地袋)を備えた最も格式高い部屋で、正客を迎える部屋として利用されていた。
奥は12畳半の仏間。床の間・平書院が付き、仏壇が収められている。
客間と仏間の境の欄間は、日本画家竹内栖鳳の作で東山三十六峰をモチーフに桐一枚板で彫刻されている
両和室の照明は、アールデコ風3燈式照明器具。
優雅な形の珍しい証明器具らしい。
客室の掛け軸は、恐らく「鶴舞千年寿 亀遊万年齢」と書かれていて
これは「鶴は千年、亀は万年」にちなんだ縁起を担いだもの。
手前にある琵琶と合わせて、長寿や繁栄の願いがこめられているのかな?
掛け軸のかかっている天井は屋久杉一枚板が使われている
柱は丁寧に面取りされています。
面取りは手間がかかるけど、このひと手間が丈夫で長持ちさせるために大事な加工技術。

■中庭

庭正面の六角燈籠を主景にして、ここに至る飛石を庭の見せ場としているそう。
飛石には伽藍石(大きな石)、景観をつくる景石、縁先手水鉢、沓脱石など、どれも確かな眼で選び抜かれた素材で、完成度が高い作品となっている。
掛け軸の「鶴亀」とも合わせて、この庭でも黒い石を亀、白い石を鶴として縁起も担いだ庭になっている。
(↑ここの説明はさっきの前庭の説明かも?)
商売人のこだわりが庭にも現れております。
秋になると紅葉がきれいに色づくそう
秋バージョンの写真を見せていただきました。
なんと美しいのかしら✨
縁先手水鉢も備えられております
「織部マリア灯篭」と呼ばれている灯篭。
竿の上部を左右に張り出させて十字架に似せているのと、下の方に小さなマリア像が彫られている。
織部流茶道の祖、古田織部が切支丹全盛時代に信者や茶人の好みに合うよう考案したものと伝えられている。

■浴室・手洗い場

こちらは洗面所のおしゃれな鏡
普通に今も使えるバスルーム
お手洗いは現役
女子トイレに設置されていた鏡もいちいちおしゃれ
こちらもトイレですが、照明も扉もいちいち凝ったつくりです

■庭師用出入りトンネル

蔵の手前に庭師・大工が出入りするトンネルが!
庭師や大工は家の中を上がらずに、玄関から土足でこのトンネルを通って庭に出入りして仕事をしていたそう。

■蔵

蔵は2つありました。
こちらの蔵は手前の蔵。
中に入ったところ
二階はこんな感じ
蔵の柱まで面取りされている!
ここの蔵の扉はそろばんレールが使われていて、
普通に動かしたら重い扉が、このレールのおかげでするっと開け閉めできるようになっている
内側のそろばんレール扉と分厚い外扉で厳重に封印できるようになっている
こちらは奥の2つ目の蔵
季節ごとの建具をしまっていた蔵だそう
こちらは1階
2階は広々としていて、京都国際写真祭の展示場にも使われていたそう。
なんとここ八竹庵は一棟貸しもできるそうで、1時間あたり2万5千円くらいと伺いました。
ただ、祇園祭の時期などのハイシーズンは値段に変動あるそう。
2階の蔵の窓は鉄格子になっているけど、
この小窓から手を出して窓を閉められるようになっている。
2階にあった作品たち
夏に飾ったら涼しげな屏風
こちらも素敵

■廊下

この廊下、よく見ると切れ目も節もない!
細部にこだわられております。

■2階

2階へ向かう階段
階段を上がってきたところ
階段を背にしてみたところ
階段を上がってきた右側には広々とした和室が広がっている
2階が生活の場になっていたそう
和室の隣には洋間があり、こんなおしゃれな小窓で仕切れるようになっている
大正時代の贅を尽くした20帖の洋間。
電熱式暖炉、外開き扉、ステンドグラスをはめこんだ窓、シャンデリア、鎌倉彫の壁、寄木細工の床など大正時代の贅を尽くした絢爛豪華な造り。
昭和初期にはグランドピアノが置かれてここでパーティーが開かれていたそう。
飾ってあった屏風
ステンドグラス

■鉾見台(ほこみだい)

こちらは鉾見台で、祇園祭を見るためにつくられたもの。
この家の前の通り(新町通り)をすべての鉾が通るそう。
当時は、投げられるちまきをここで受け取っていたらしい。
こんな感じで観覧するんですよーとガイドさんに見せていただきました

■子ども部屋

こちらは当時子ども部屋として使われていた部屋の窓。
外には紅葉があって、秋になると赤く色づいた紅葉が窓をオレンジ色に染めるんです、と教えてもらった。
子ども部屋の押し入れにはこのような夏の建具である葦戸がしまわれていた。
今でも、夏になるとこの葦戸に総入れ替えしていて、夏はまた雰囲気がガラリと変わるそう。

夏の八竹庵の様子をポストされている方がいました。
畳も網代畳で雰囲気が全然違う✨️

2階の別の場所
こちらは最初登ってきたものとは別の階段
二階の中庭に面した廊下も一枚板で節がない!

■ティータイム☕

終わりに中庭を見れる場所でコーヒーをいただきました
足をのばしてゆったりと美しい中庭を見ながらコーヒーを飲める至福の時間
コーヒーカップも和洋折衷な感じで素敵

八竹庵はもともと目的地にしていなくてぶらりと寄ったところでしたが、大正時代の技術の粋がこれでもかとふんだんに表現されていて、見ていて感嘆する建物でした。

和洋折衷の神髄が随所に散りばめられていたのと、商人の家らしく縁起を担いだ装飾も特徴的で、当時この家を建てて暮らしていたご主人は相当な満足感をもってこの家で過ごしていたのだろうなと想像がつくほど。

あと、季節によって建具を変えるという心遣いがまた素敵で、こういった日本の昔ながらの伝統を感じることのできたとても良い訪問となりました。

建物にはその時代の雰囲気が詰まっているので、見てて本当に面白い。



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