気の狂った仲間
それは運命の日、スーパーで麻子は液味噌に手を伸ばした。
どうしてかうまく掴めなくて、人差し指の爪がぐねっと曲がり痛みと共に白い筋がついた。
「…クソがっ!」
それは運命の日、スーパーで和恵は缶コーヒーを落とした。
その瞬間、足が缶コーヒーを踏みつける。
「…チッ」
それは運命の日、スーパーで清美は特売の素麺に手を伸ばした。
取った側から雪崩のように、素麺が崩れ落ちていく。
「…なんでよ〜っ!!」
清美は悲痛な声で叫んだ。
その声に振り返る2人。
1人は手に液味噌を持ち、1人は缶コーヒーを踏みつけている。
2人は清美にツカツカと向かって来た。
そして彼女の肩にそっと手を置いた。
「…分かる!」
彼女達は今、1つの成長過程の最中にいた。
【更年期障害】
10分後、3人はスーパーの隣にあるカフェに腰を降ろした。
麻子「どうして、あんなに苛つくのかしらね!」
和恵「苛つくどころじゃないのよ、火山の噴火なのよ」
清美「情緒の振れ幅が凄いのよね〜」
スーパーで時同じく、ホルモンに振り回される3人は初めて迎える“生理卒業実習”ド真ん中で戸惑っていた。
麻子「私この間、まだ今日は火曜日ってだけで“クソがっ!”って言ってたわ」
和恵「キレられた火曜日もビックリよね」
清美「でも、気持ちは土日を目指してるから許せないのよね〜」
3人は最近のイライラを打ち明け始めた。
和恵「私は足に当たったルンバに“身の程知らずが!”って叱りつけたわ」
麻子「殿様みたいじゃない。ルンバってしつこいのよね」
清美「ただ、掃除をしてるだけなのに“何でそこにいるのよっ”って思っちゃうのよね〜」
それぞれが人の言うことなら、冷静に見える。
清美「家の冷蔵庫、メニューの提案してくるの」
「この間、その声に向かって“私の気持ちも知らないで!”って泣き叫んだの」
しかし当の本人になると、支離滅裂な理由になる。
和恵「そうよね、今日の気持ちに合わせたものを提案して欲しいわよね」
麻子「冷蔵庫の中身だけじゃなくて、私の気持ちも考えなさいよって思うわ」
冷蔵庫に搭載すべきはAIだという主張が始まる。
和恵「何か対策してる?」
麻子「やっぱり初手は“命の母〜更年期”よ。これでも少しはマシになったわ」
清美「私は漢方。言うこと聞かない炊飯器を押し倒して壊した時に処方されたの。破壊衝動は減った気がする」
和恵「エストロゲンを増やすためにきな粉豆乳飲んでるわ。変化は分からない」
それぞれが対処法を考え、向き合ってはいる。
だが3人は今日、運命の出会いを果たした。
和恵「私達、たまに会わない?」
麻子「ぜひ!今週のイライラを話して笑って発散させたいわ!」
清美「仲間がいるって心強いわね」
1人では、“おかしい私”も3人集まれば“おかしい私達”
己の狂気に戸惑う自分が救われる。
そんな孤独から、今日解放された3人。
麻子「良かった〜狂ってるの私だけじゃないのね!」
和恵「ホントね。毎日怒り狂ってるのは私だけなのかと思ったわ」
清美「私達、“気の狂った仲間”ね〜」
清美のやわらかな笑顔と狂気の発言に麻子と和恵は、しばし黙る。
麻子「……そうね。狂った仲間ね」
和恵「怖いものなしの響きだわ」
更年期障害。
それは、ルンバに説教し、冷蔵庫と口論し、火曜日にキレる日々。
和恵「来週も狂ってたら集合ね」
麻子「もちろん!」
清美「ネタを覚えておくわね〜」
それを乗り越える力は、仲間と笑い飛ばすこと。
3人は今日、それを知った。
