卒業しない春―風まかせ文芸部
桜の花が咲く頃に、ママの言葉が響いた。
「もう中学生になったんだから、アニメに夢中になるのやめなさい?」
その呆れたような声が、私の頭の奥の神経を切る音がした。
私「……何言ってんだよ、ばばあ」
自分でも出したことのない低い声だった。
「人の宝物を勝手に打ち切ってんじゃねえよ……」
その声と口の悪さに、ママはショックを受けたように固まっている。
「やめさせたいなら…あんたが私の母親をやめろよ」
それは言ってはいけない言葉なんだと思う。
だけど、私は自分の大切なものを守るために、言い切った。
「いい加減、子離れ卒業しなよ」
管理されたくない。
私の一線に、踏み込んでほしくない。
私はママの言いなりにはならない。
ママは後ろを向いた。
その背中が静かに震えている。
私には少しの罪悪感と怒り。
先に喧嘩を売ってきたのはママで、私の大事なものを奪おうとしたのに、泣くのはずるい。
私はひどいことを言ったかもしれない。
だけど、ママだってひどいことを言った。
私は背を向けて、玄関のドアを開ける。
閉めたドアの音は、自分の心のドアまで閉めるように響いた。
涙が溢れた。
昨日まで大切にしてキラキラしたものが、悪いことをしているように色を失いそうだった。
「……どこに、止める必要があるのよ…っ」
泣きながら、桜並木の中を走った。
沢山泣いて、何度も立ち止まっては鼻をかんだ。
暖かい春の風が、慰めるように髪を撫でる。
カバンの中には好きなアニメの
キャラクターが元気に笑っている。
この笑顔に支えられてきた。
色んなグッズを買うのも、笑って見てたのに……
期限付きだったの?
それがまた悲しくなって泣いた。
「ごめんね!!」
後ろから大きな声がした。
振り返ったら、涙でぐしゃぐしゃなママが息を切らして立っていた。
「一般論で、軽く言っちゃった…っ」
「傷付けたり…奪うつもりなんてなかったの…っ!」
ママが泣きながら近付く。
「知ったかぶりして…ごめええん!」
自分よりも感情的に泣き崩れるママを見て、私は落ち着きを取り戻していく。
私「落ち着いてよ…ママ」
ママは私を抱きしめるようにしながら体重を預けていた。
「もう…帰ってこなかったら、どうしようかと思った〜」
「このまま…ずっと、ばばあって呼ばれたら…辛すぎるよ〜っ」
私はママの背中を撫でる。
私「……さすがに帰るよ」
苦笑いする私をママが必死に抱きしめる。
「良かった〜」
花びらが風に乗って舞う。
ママもまた、春の風に慰められているようだ。
「……ごめんね。
好きなものがあるって凄くいいことなのに…」
背中越しの声は温かい。
「好きなものを追うことの何が悪いのよね…」
私「うん…」
「もう、いいよ」
ママが私の顔を見る。
「…まだね、あなたから卒業したくないの、ママ」
「これからもね、あなたの成長を見てたいの」
「ウザいかもしれないけど」
後半の言葉をママは拗ねたように言う。
私「うん…まだ卒業しなくていいよ」
泣き腫らしたまま、私達は笑い合う。
好きなものからも、娘からも卒業しない。
それが生きる希望になるなら、そんな感慨はいらないんだ。
桜の樹の下で卒業しないと宣言した春ー
お読みいただいて、ありがとうございました。本作は風まかせ文芸部さんの企画に参加しております。
あとがき
先日、幼い娘に笑顔で
「ガミガミおばさん」と言われました。
今はまだ可愛いものですが、
いつか「ばばあ」と言われる日が
来るのかもしれません。
そのときは、お互いに泣いても、いい関係をまた結び直していけたらいいなと思います。
