春一番とローファー
春一番が吹く。
屋上でひらめくスカートを
押さえた。
下の高さを確かめたくて、
金網に手をかけた。
「危ないよっ、落ちないで!」
振り返ると、幼さの残る男の子が
必至な顔で叫んでいた。
恋々「え、落ちないよ?
どれくらい高いのかなって」
男の子は、はーっと息を吐く。
「良かった〜」
恋々「心配かけてごめんね♪
1年生?」
「うん、藤ノ宮カナタです」
恋々「立派なお名前だね。
恋々だよ♡」
「ココちゃん、名前も可愛いね」
2人は笑顔で自己紹介する。
カナタ「高いところって、
気持ちいいよね」
金網に手をかけるカナタに、
恋々は同じように金網を掴んだ。
ぴったりと肩が触れる距離に、
カナタの胸が少し高鳴る。
恋々「カナタくん、春は好き?」
風の運ぶ桜と恋々の笑顔が
1枚の写真のように映る。
カナタ「…うん、好き」
恋々はパッと花が開いたように、
嬉しそうに口を開けて笑う。
恋々「私もー♪」
カナタが口を開きかけると、
下から声がする。
玄「恋々、帰れる?」
その声に恋々が身を
乗り出すように手を振った。
恋々「は〜い!
じゃあね、カナタくん♪」
「あ、待って!」
屋上の扉に走って向かう後ろ姿に
慌てて、カナタは声をかける。
恋々「ん?」
カナタ「何年何組?」
恋々は少し考えるように、
上をみていたが、やがて笑う。
恋々「えへ、今年卒業しちゃったの。
忍び込んで、屋上にご挨拶♪」
「大学生になります♡」
カナタは一瞬、言葉を失った。
「ここね、いい学校だよ。
マラソン大会も楽しかったし、
文化祭も盛り上がるし♪」
本来なら嬉しい学園生活の楽しみは、彼女のいない色褪せたイベントに塗り替えられるのを感じた。
「…大学聞いてもいい?
学祭とか行くよ」
恋々「ホント?あそこ!」
恋々は屋上から
その建物を指さした。
カナタは目を細めて、
その屋根の色を覚えた。
「じゃあまたね、カナタくん♪」
ローファーの音が遠ざかる。
屋上の下で、恋々は男の腕を
組んで笑っている。
カナタの胸の奥が、
きゅっと鳴った。
「……ずるいね」
カナタは金網から手を離す。
春一番が吹いた。
遠くの大学の塔が光る。
「入学早々、
進路決まっちゃったよ」
照れたように笑って、
もう一度その塔を見る。
お読みいただいて、ありがとうございました。本作は、はらとけいさんの企画に参加しております。
あとがき
春のように、ふと現れて去っていく恋々。
この作品はマガジン「恋々の物語」のひとつです。
気になった方は、ほかのお話も
のぞいていただけたら嬉しいです。
