六月の寝言
まるで、部屋の中に雨が降るようだった。
湿った匂いと、水音、嫌な汗に目を覚ます。
私の上に乗る男は、全身がずぶ濡れで肌が青白く浮かび上がっていた。
思いの外、怖さを感じなかったのは、男は綺麗な顔で泣いていたからかもしれない。
「…ごめんね」
「僕がいけなかったね…」
そんな言葉を私に投げかける。
「美弥…」
自分の名前ではない。
この男は未練があって亡くなり、私に“美弥”を重ねて訪れたのだろう。
金縛りでもかかっているのか、動くことはできない。
金縛りとは脳が半分寝てて、体を動かす信号がうまく送れてないらしい。
今の私は半分の起きてる脳で、彼を見上げてるのだろう。
「…お願いだよ…美弥」
「僕を置いていかないで…」
男は泣いて顔を覆っている。
“美弥”という女が置いて行ったのか、死んだ男の方が置いて行ったのかは分からない。
朝は寝汗でぐっしょりだった。
シャワーを浴びて、マットレスを洗う。
重い未練が肩にのしかかるようだった。
その夜も、男は現れて泣いた。
関わらないようにしていたが、二日目も男は現れた。
「…美弥じゃないよ」
一言、声を投げた。
「…ごめんね。僕がいけなかったね…」
それは壊れたレコードのように繰り返された。
三日目はベッドを譲り、ソファで寝た。
男のすすり泣く声が耳の奥で水音に消えた。
朝、ベッドはぐっしょりだった。
四日目はベッドを部屋の隅へ移動した。
その夜、男はベッドで泣いている。
ソファに寝ながら、その様子を見つめていた。
そのベッドは春に引っ越してから、中古で買ったものだった。
引っ越した早々に慌てて買ったので、ネットでサイズ確認だけして購入した。
そんなに古くもなく、傷もなかったので良い買い物だと思っていた。
“美弥”の物だったのだろうか。
私はベッドを手放すことにした。
新品と入れ替わりに、古いベッドは静かに部屋を出ていく。
古いベッドに手を置く。
「美弥はもう許してるかもよ…」
その夜、部屋の中に雨は降らなかった。
耳の奥でヒタヒタと足音が遠ざかる音がする。
きっとあのベッドを追うのだろう。
二人の関係性は分からない。
だけど、あの涙も後悔も、君の苦しみも、いつか晴れることをせめて願うよ。
“おやすみ”
言葉にならない音が、雨の中に消えた。
