一度目は追い出され、二度目はへその緒を切った夫の話。 ③二度の立ち会い出産という聖域で学んだこと
【読者の皆様へ】 これまでの記事では、育休や出産直前の動きについて、組織論やシステム論といった客観的な視点でロジカルに語ってきました。
しかし、今回の記事だけは少し毛色が異なります。ここから語るのは、いつもの抽象的なシステム論ではなく、私自身の泥臭い実体験という『一次情報』そのものです。
出産という理屈が一切通用しない命の現場で、一人の男として何を思い、どううろたえ、どう覚悟を決めたのか。かなり私の主観や男性としての本音に偏った内容になりますが、これから「本番」を迎えるパパたちへ向けた、飾らないリアルな記録として受け取っていただければ幸いです。
はじめに:血に怯える男の第一歩

最初に正直に白状します。私は、かなりの小心者です。
多くの男性がそうであるように、私も日常で「血」を見る機会なんてほとんどありません。昔、人が鼻血を出した場面に遭遇して激しくうろたえたことがあります。さらに言えば、結婚生活の中で初めて妻の生理の血を目にしたときも、どうしていいか分からず激しく動揺しました。同じように、初めての光景に内心うろたえた経験のある男性は、実は多いのではないでしょうか。
そんな人間が、人生で最も壮絶な血の現場になるであろう「立ち会い出産」に臨む。正直に言って、不安や恐怖しかありませんでした。
だから、妻から「立ち会ってほしい」と提案されたとき、私は自分の弱みをそのまま伝えました。「実は血を見るのがすごく苦手で、本番でうろたえてしまうかもしれない」と。
妻は私の参加を喜んでくれつつも、「この人、本当に大丈夫かな…」という不安を同時に抱えたはずです。お互いにそんな一抹の不安を抱えながら、私たちの立ち会い出産へのカウントダウンが始まりました。
もちろん、弱みを伝えたからといって、本番で「ダメでした」と逃げるわけにはいきません。ここから私は、小心者なりに、必死の「強がり」と「格好つけ」の戦いへ身を投じることになります。
1.娘の時。戦場からの、まさかの強制退去
分娩誘発のために入院した妻から連絡があったのは、翌朝の6時過ぎでした。
病院からの電話を受け、震える手で支度を済ませ、タクシーに飛び乗る。血を見るのが苦手な小心者の私にとって、それは「戦地への招集令状」を受け取ったような心境でした。
病室のドアを開けた瞬間、そこはすでに日常とはかけ離れた緊迫感が漂う「戦場」でした。
さらっと挨拶を済ませ、すぐさま妻の横に立ち、その手を強く握る。妻の叫び声、医療機器の音、現場の緊迫した空気……。それらすべてが、私の心臓を直撃します。
「ここから逃げ出したい」という小心者な本音を、必死の「強がり」で押し殺し、ただ妻の手を握りしめる。これが出産という戦場なのかと、その熱量を全身で浴び続けて10数分が経過した頃でした。
いよいよ出産の瞬間が近づいたその時。妻が私を見上げ、絶叫したのです。
「〇〇くん、出てって!!」
一瞬、頭が真っ白になりました。「自分が何か、役に立たないことをしただろうか?」という不安がよぎりましたが、現場の邪魔をしてはいけないと、すぐさま部屋を出ました。廊下のソファに座り、縋るように手を合わせ、ひたすら無事を祈る。あの数分間は、人生で一番長く感じた時間でした。

それから5分も経たないうちに、娘の産声があがりました。
再び部屋に招き入れられたとき、そこにあったのは言葉では言い表せないほどの喜びでした。妻に労いの言葉をかけ、親族や職場へ報告を済ませる。娘の体重を測る光景を写真に収め、少し落ち着いた頃、妻が先ほどの「言葉」の理由を教えてくれました。
「すでに隣に出産の神様がいたので、旦那が隣にいると消えそうだったから」
その言葉を聞いたとき、すぐには理解が追いつかなかったものの、私は情けないことに、どこか救われたような気持ちになりました。自分に非があったから排除されたのではない。出産のあの瞬間には、母親にしか到達できない不思議な感覚や、文字通りの『聖域』がある。それならば、私が一歩退くことこそが、あの時の最善のサポートだったのだと、深く納得することができたからです。

妻は「頼んでおいてごめんね」と申し訳なさそうにしていましたが、私にとっては取るに足らない話です。初めての戦場だもの、そういうものなのでしょう。
こうして私の初めての立ち会い出産は、「戦場からの強制退去」という予想外の形で、一生忘れられない幕引きとなりました。
2.息子の時。12秒の招集から始まった共闘

2回目の戦いは、仕事をしていた平日の午後に始まりました。
病院からではなく、妻からの直接の電話。受話器の向こうから聞こえたのは、消え入りそうな、でも切実な「……来て欲しい……」という声でした。
「わかった」と一言だけ返して電話を切る。時間にして、わずか12秒のやり取りでした。
当時リモートワーク中だった私は、すぐに近くのメンバーに直接声をかけ、伝えきれない引き継ぎの詳細はタクシーに飛び乗ってからSlackで送りました。ほかの記事で私が偉そうに書いた「職場の巻き込み」や「引き継ぎの出口を作る」というのは、まさにこの時の私の必死の立ち回りそのものです。
病院に駆けつけ、病室のドアを開けると、そこにはまだ生まれる気配のない妻がいました。実は陣痛自体はまだ始まっておらず、誘発剤のあまりのしんどさと孤独感から、私を呼んだとのことでした。
大量の汗と痛みに耐える妻の表情を見て、すべてを察しました。「そうだったのか、しんどいよなぁ……でも、今来れたから大丈夫だよ」と伝え、そっとその手を握りました。
ドラマが起きたのは、その瞬間でした。
手を握ったと同時に、パンと破水したのです。
2人で驚く間もなく、ベテランの助産師さんたちが目にも留らぬ速さで医師や看護師を招集し、部屋が一気に本番の出産体制へと切り替わりました。
妻が私を見つめ、「今度は最後まで……」と呟きました。前回の不完全燃焼を、妻も覚えていたのです。「もちろん」とだけ返し、私たちは2度目の戦場へ突入しました。
そこからは電光石火でした。破水からわずか20分足らせず。いよいよ息子が産まれるというその時、先生から「お父さん、へその緒を切りますか?」と促され、妻からも「〇〇くん、やって!!」と声が飛びました。

正直に言います。ハサミを渡された瞬間、小心者の私はもの凄くドキドキしていたし、怖かったです。人間の体の一部をハサミで切るなど、未知の領域すぎます。けれど、ここでビビって打席を譲れば、男として一生後悔すると本能が告げていました。
「切る位置、ここでいいですか!?」「切ります!!」
裏返りそうな高い声をあえて大きく出し、自分を鼓舞しながら、思い切って刃を入れました。
それは、単に物を切るのとは全く違う、信じられないほど確かな「手応え」でした。二つの命が繋がっていた組織を、自分の手で切り離し、息子をこの世界へ完全に独立させたのだという、命の重みがじわりと右手に残った瞬間でした。
その後、産まれたばかりの息子が体重計の上で勢いよくおしっこを放ち、「あ、20g減った。おしっこすると体重減るんですね」と先生方と笑い合ったのも、張り詰めた戦場に訪れた最高の和みでした。
すべてを終えた時、先生が「きっとパパが来るのを待ってたんですね」と言ってくれました。その一言に、私も妻も、これまでの不安がすべて救われたような気がしました。

結び:未来のために必殺技を放つ妻の、背中を支える幻影として
病院でのすべてを終えた帰り道、私はこの2回の立ち会い出産という経験を、脳内で一つのストーリーとして整理していました。
出産とは、「未来のために、主人公(妻)が自らの命をかけて、最大の必殺技を放つ瞬間」なのだと。
そう考えた時、1回目の娘の時は、私がその必殺技の凄まじいエネルギーの余波に巻き込まれないよう、妻が優しさで私を遠ざけてくれた。
...そして2回目の息子の時は、私はついに、その必殺技を放つ妻の背後に立ち、少しだけその背中を支えることができたのではないか。
気分はまさに、『ドラゴンボール』でセルを倒すために親子かめはめ波を放つ孫悟飯の背後に、幻影として現れた孫悟空のそれでした。
「俺はあの瞬間、悟空の幻影になれたんだ」と、帰り道は一人で妙な高揚感に包まれていました。
退院後、妻から嬉しい話を聞きました。
「あの時、12秒の電話ですぐに駆けつけてくれたこと、そして今度は最後まで全部一緒にやり遂げられたことが、本当に嬉しかった」と。
格好悪い小心者の私でも、必死に強がり、現場に立ち続けたことで、妻にとっての「最強の戦友」になれたのです。

これから立ち会い出産を迎えるパパたちへ。
血を見るのが怖くても、叫び声にうろたえそうになっても、格好悪くていいからその場に立ち続けてください。あなたがその背中を支えることで、夫婦はただの家族を超えた、人生を生き抜く「最強のチーム」になれるはずですから。男性として強がったり格好つける機会としてこれほどふさわしいものはないと思います。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。男女それぞれの視点からのリアルな声を歓迎します。皆さんのコメントが、わが家のドタバタな日常を乗りこなす次のヒントになります。
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