見出し画像

観光する気力まで、温泉に溶けまして ~梅雨の湯河原、小さな逃避行~

こんにちは。
三連休の初日、皆さま、いかがお過ごしでしょうか?
連日の猛暑に、私はもう、身体ごと溶けてしまいそうです…

溶ける。といえば…
先日、梅雨の真っただ中の湯河原で、
温泉にゆるゆると溶けてまいりました(笑)

雨音と山の緑に包まれながら「何もしない」を楽しんだ
大人の現実逃避プチ旅行のお話です。
読んでくださる方にも、湯河原の涼やかな風と、心へマイナスイオンを、少しだけお届けできたらうれしいです。

いつもなら、観光三昧のはずでした

本来の私は、旅先ではかなりアクティブに動き回り、限られた時間のなかで、めいっぱい観光を楽しみたいタイプ。
名所を巡り、土地のおいしいものを探し、気になるお店をのぞき、少し離れた場所にも「せっかくここまで来たのだから」と足をのばす。
ホテルへ戻ってiPhoneの歩数計を見ると、いつの間にか2万歩を超えている…なんてことも珍しくありません。
我ながら、よく歩いた…と達成感に浸りながらベッドへ倒れ込み、翌朝、筋肉痛とともに目覚める。
「癒されるつもりの旅行だったはずなのに、
なぜこんなに疲れているのだろう…笑」
旅先で、ときどき人生の矛盾に直面しています(笑)

ところが今回、出発前に確認した湯河原の天気予報には、迷いのない雨マークが並んでいました。一縷の望みをかけて、何度も天気予報を更新してみましたが

やはり雨。

朝も雨。
昼も雨。
見事なまでに、雨、雨、雨。

こちらの淡い期待など一切くみ取らない、
実に潔い予報です。

そこで今回は、雨に抗うことを早々に諦め、
旅のテーマを思い切って変更することにしました。

「何もしない」

観光名所をいくつ巡れるかではなく、
ゆっくり温泉につかり、おいしいものを味わい、雨に濡れた山の緑を眺める。

歩数ではなく、心身の癒やしを
旅の成果にすることにしたのです。

「せっかく来たのだから」と予定を詰め込む旅ではなく、
「何もしない」という旅へ。

私にとっては、観光名所を巡るより、
何もしないで過ごす方が、難易度の高い挑戦だったかもしれません。

こうして、iPhoneには少しお休みいただき、
私自身も一緒に休むことにしました。
それでは、雨音と緑に包まれた湯河原へ。
よろしければ、しばしご一緒ください。

雨の奥湯河原で見つけた、大人の隠れ家

こうして向かったのは、湯河原の豊かな自然に包まれた温泉宿
「万葉の里 白雲荘」です。

今回お世話になった「万葉の里 白雲荘」

千歳川のほとりに佇む、全16室の静かな宿。温泉街の賑わいから少し離れ、深い緑に囲まれたその姿は、まるで森のなかにそっと隠された、大人のための隠れ家のようでした。
「何もしない旅」の舞台としては、申し分ありません。
むしろ、ここまで来て忙しく動き回ろうとする方が、宿にも温泉にも叱られそうです。
向こうからは、絶え間なく流れる川の音が聞こえてきました。

…と、ここで優雅に、
「川のせせらぎに癒されました」
と書きたいところなのですが…

宿泊したのは雨の日です。水量が増していたためでしょうか。
それは、「さらさら」という可憐なせせらぎではなく。

ゴォォォ……。

どちらかといえば、滝。

自然が用意してくれたヒーリングミュージックは、思いのほかワイルドかつ豪快でした(笑)

小鳥のさえずりに、さらさらと流れる水の音…といった癒しのBGMを想像していた私に、湯河原の自然は、

「こちらが本気の川の音です!!」

と、堂々たる音量で語りかけてきます。

けれど、その力強い水音も、普段はなかなか出会えないもの。
整備された堤防のある河川や、街の風景とは異なり、すぐそばに山や川の息づかいを感じる環境。
雨に洗われた木々の緑や、しっとりと湿った葉や土の香り、休むことなく流れ続ける水の音に包まれていると、自然の雄大さが身体の奥まで伝わってくるようでした。

頭の片隅に居座っている考えごとまで、
水と一緒に流されていくようです。
静けさとは、必ずしも「音がないこと」ではないのかもしれません。

風に揺れる葉の音
地面を打つ雨粒の音
そして、想定より少々迫力のある川の音さえも…

自然の音に身を委ねることで、
日常のなかで絶えず聞こえていた心の雑音から、
そっと離れられる。
そんな静けさもあるのだと、
この場所で教えてもらったように思います。

まずは、梅シロップと深呼吸

宿に到着して最初に案内していただいたのは、
川を望むカウンター席のラウンジでした。
大きな窓の向こうには、雨に洗われて鮮やかさを増した木々の緑。
その下を、先ほどから存在感たっぷりの千歳川が流れています。

カウンター席に腰を下ろし、ウェルカムドリンクをいただきながら、チェックインの説明を伺いました。
いくつか用意された飲み物のなかから、私が選んだのは、梅シロップの水割り。ほどよい甘酸っぱさが、じんわりと染みていきます。

梅シロップをひと口。体よりひと足遅れて、心もようやくチェックイン。

いつもの旅なら、宿へ到着するやいなや、荷物を置き、
「さて、次はどこへ行こう?」
と、すぐに次の予定を確認していたことでしょう。

けれど、この日の予定は、驚くほど見事に空白です。
目の前の緑を眺めながら梅シロップをゆっくり味わっていると、せかせかと動き続けていた心まで、少しずつ宿の時間に馴染んでいくようでした。
何もしない旅の第一歩は、どうやら「梅シロップを急いで飲まないこと」から始まるようです。

窓の向こうに広がる 一幅の絵

案内していただいたお部屋も川に面していました。
大きな窓の向こうに広がっていたのは、雨をたっぷりと含んだ山の緑。
濃い緑や淡い緑。
幾重にも重なる木々の色彩は、まるで一幅の絵画のようでした。

季節や天候、光の加減によって、刻々と表情を変えていく自然の絵。
どれほど眺めていても、不思議と飽きることがありません。

旅先では、つい「何かを見に行かなければ」と思いがちです。

けれど、この部屋では、こちらから出かけていかなくても、
自然の方から会いに来てくれるようでした。
「何もしない」と決めたはずなのに、窓の外を眺めたり、川の音に耳を澄ませたり、温泉につかったり。
何もしないというのも、案外忙しいものです(笑)

緑に抱かれて、源泉かけ流しの湯へ

お部屋には、源泉かけ流しの温泉も備えられていました。
目の前に広がるのは、視界いっぱいの緑。
湯船につかると、温泉浴と森林浴を一度に味わっているような気分になります。

視界いっぱいの緑と、源泉かけ流しの湯
ここから一歩も動かないことを、正式に決定しました(笑)

お湯は、ほんのりと色を帯びていました。宿の方のお話によると、これは温泉に含まれる鉄分由来の成分によるものなのだそうです。
自然が生み出したその色を眺めていると、地中を巡ってきた温泉を、そのまま分けてもらっているのだという実感が湧いてきます。

誰にも急かされることなく、好きなときに湯につかる。
雨に濡れた木々を眺め、川の音を聞きながら、温かな湯に身体をあずけていると、無意識のうちに力が入っていた肩や背中まで、ゆっくりとほどけていきました。

温泉に入ると、なぜ人は「ふぅ…」と声を出してしまうのでしょう。
私も例外ではなく、湯船に身体を沈めた瞬間、立派なため息がひとつ。
けれど、それは疲れを嘆くため息ではなく、
身体が「今は頑張らなくていい」と理解したときにこぼれる
安堵の声だったように思います。

目の前にあるのは、緑と温泉だけ。
お湯の温かさを感じながら、ゆっくり呼吸する。
それだけで十分なのだと、身体の方が先に思い出してくれたようでした。

テーブルの上にも、初夏の景色

温泉で身体をゆるめたあとは、楽しみにしていた夕食の時間です。
レストランの席に着くと、旬の食材を取り入れたお料理が、ひと皿ずつ丁寧に運ばれてきました。

色とりどりの小さなお料理が美しく盛りつけられた一皿。
涼やかな器に、鮮やかな緑や黄色。
青楓がさりげなく添えられ、ひと皿の中に初夏の景色が小さく切り取られているようでした。

とうもろこし豆腐をはじめ、初夏の味覚が少しずつ。
さて、どれからいただくか? うれしい作戦会議の始まりです♪

味はもちろん、器の色や形、盛りつけの余白まで美しく、まずは目で楽しみ、季節を感じ、それからゆっくりと口へ運ぶ。
「おいしい」という感覚は、舌だけで味わうものではないのだと、改めて感じます。お料理が運ばれてくるたびに、テーブルの上に小さな季節がひとつ、またひとつと増えていきました。

旅先ではアクティブに動き回ることの多い私ですが、この日の予定は、温泉と夕食だけ。
つまり、夕食に全力を注げる、完璧なコンディションです!(笑)
次に向かう観光地もなければ、
時計を気にする必要もありません。
一品一品を味わっているうちに、食事の速度も、いつもより自然とゆっくりになっていきました。
目の前の料理の色や香り、食感に意識を向けて、丁寧に味わう。その時間もまた、自分をいたわる養生の一つなのかもしれません。

満腹でも、炊きたての土鍋ご飯は別の余白へ(笑)

そして食事の締めに登場したのは、
土鍋で炊き上げられた鮎の炊き込みご飯でした。
スタッフさんが目の前で蓋を開けていただくと、湯気とともに現れたのは、ご飯の上に美しく並んだ鮎。

別腹、甘いもの専用かと思っていたら、鮎ご飯にも対応してたんかーい(笑)

鮎は、初夏から夏にかけて旬を迎える川魚です。窓の向こうを流れる川の音に耳を澄ませながら、鮎の炊き込みご飯をいただく…宿を包む自然と、目の前の食卓が、ひと続きになったように感じられました。
土鍋でふっくらと炊かれたご飯に、鮎の繊細な旨みが染み、ひと口ごとに初夏の風情が広がります。
すでに何品ものお料理をいただき、お腹は十分に満たされていたはずなのですが、土鍋ご飯には、どうやら別の余白が用意されているようです(笑)

気がつけば、もうひと口。
旬のものを、その土地の風景のなかでいただく。

それはお腹を満たすだけでなく、今、自分がどの季節を生きているのかを、身体で思い出すような体験なのかもしれません。
予定を減らしたからこそ、目の前にある美しさやおいしさを、いつもより深く受け取ることができた夕食でした。

心に残った、まっすぐな真心

今回の滞在で心に残ったのは、
温泉やお料理、豊かな自然だけではありませんでした。
チェックインの案内や夕食の席で接してくださった、研修中のスタッフの方々。
一つひとつの言葉を丁寧に選びながら、目の前の相手に心地よく過ごしてもらおうと、真摯に向き合ってくださる。その一生懸命な姿から、言葉だけでは表せない真心が、まっすぐに伝わってきました。

接客とは、決められた手順を完璧にこなすことだけではないのだと思います。大切にしたいという気持ちは、表情や声の調子、何気ない振る舞いを通して、きちんと伝わるものです。
経験を重ねることは、もちろん大切ですが、慣れることで、最初に抱いていた緊張感や、「目の前の人に喜んでもらいたい」というまっすぐな気持ちを、いつの間にか置き忘れてしまうこともあるのかもしれません。
お二人の姿を拝見しながら、私自身も、仕事やプライベートで、相手に真心をもって向き合えているだろうかと、ふと振り返りました。

年齢や経験を重ねても、初心に立ち返ることのできる大人でいたい

うまく見せることよりも、目の前の人を大切にすること。

慣れてきたときほど、最初に抱いていた誠実さを忘れないこと。

心と身体を休めるために訪れた旅先で、
自分の心の姿勢まで、そっと整えていただいたような気がしました。

温かな接客にも心をほぐしていただき、その夜は川の音に包まれながら、ゆっくりと休むことができました。ありがとうございました。

朝日と露天風呂で、身体を目覚めさせる

翌朝、朝食の前に向かったのは大浴場でした。
雨上がりの朝の澄んだ空気のなか、やわらかな朝日を浴びながら露天風呂へ。
夜に入る温泉には、一日の緊張をほどいてくれるような心地よさがありますが、朝の温泉には、眠っていた身体を穏やかに目覚めさせてくれるような清々しさがあります。
昨夜から何度も温泉に入っているはずなのに、湯船につかるたびに
「ふぅ……」
と、まるで初めて温泉を発見した人のような声が(笑)

温かい湯に身体をあずけているうちに、身体の内側までゆっくり目覚め、胃腸も穏やかに動き始めたように感じました。
朝の露天風呂を出る頃には、心も身体もすっきり。そして、ちょうどよくお腹も空いてきました。

どうやら、朝風呂から朝ごはんへ向かうこの流れは、かなり完成度の高い “養生コース” のようです。

温泉の前後には水分をとり、長湯をしすぎず、
その日の体調に合わせることも忘れずに。
心地よさを欲張りすぎないことも、
大人の温泉の楽しみ方なのかもしれません。

朝露でキラキラ輝く森と、身体がよろこぶ和朝食

露天風呂でさっぱりしたあとは、朝食へ。
夕食をあれほどしっかりいただいたというのに、朝になると、不思議なほどきちんとお腹が空いていました。
旅先の胃袋は、どうやら私よりも時間に正確なようです(笑)

窓の外に広がる美しい緑を眺めながらいただいたのは、炊きたての土鍋ご飯に、お味噌汁、焼き魚、卵焼きなどの、ご飯のお供の数々。小さな器と木箱に少しずつ丁寧に盛りつけられた、身体にやさしい純和風の朝ご飯でした。

窓から見える一面の緑もごちそうのひとつ

さまざまな味を少しずつ楽しめる和朝食には、華やかな夕食とはまた違う、身体を日常へと穏やかに目覚めさせてくれるようなやさしさがあります。

朝日、温泉、そして温かな和の朝食。
身体を温め、空腹を感じてから、目の前の食事をゆっくり味わう。
本来、私たちの身体に備わっている自然なリズムを思い出すことも、養生の一つなのかもしれません。

湯河原らしいお土産を探して

朝食を終え、白雲荘をあとにしました。
「せっかくなら、湯河原らしいお土産をひとつ」と立ち寄ったのが、
温泉街に佇む老舗和菓子店「小梅堂」です。

創業当時の趣を残す、どっしりとした木造の店構え。正面には大きく「きび餅」と書かれた看板が掲げられ、歴史ある温泉街の風景にしっくりと馴染んでいました。

旅の余韻は、食べられる形で持ち帰ることに(笑)
元祖きび餅の「小梅堂」へ

ここで購入したのは、
湯河原名物の「元祖きび餅」。

どのようなお菓子だったのかは、
旅の終わりに、お茶とともにゆっくりご紹介したいと思います。

まるで桃太郎のごとく、きび餅を大切に携え、
箱根の山経由で帰ることにしました。

富士山には会えなかったけれど…

前日から降り続いていた雨はようやく落ち着き、幸いにも二日目は、ときおり小雨が交じる程度の曇り空。

せっかくなので、帰り道に箱根ジオパークのジオサイトの一つ、大観山へ立ち寄ることに。

大観山展望台は、天気がよければ、芦ノ湖の向こうに富士山を望み、駒ヶ岳や二子山、さらには遠く南アルプスの山々まで見渡せる絶景スポットなのだそうです。

ところが、この日の空は一面の雲。

芦ノ湖は見えたものの、肝心の富士山は…

いません。

いえ、もちろん、そこにはいらっしゃるはずなのです。

ただ、雲の向こうで完全に気配を消しておられました(笑)

案内板によると、この先に富士山がいらっしゃるそうです
どうぞ、心の目でご覧ください…

「晴れていれば、あのあたりに富士山が…」

心の目で眺めてみましたが、残念ながら私の想像力では、世界遺産をくっきりと映し出すことはできませんでした。

大人の落ち着きは、どこへやら!?

富士山にはお目にかかれなかったものの、
展望台で見つけたのが「#箱根のぶらんこ」

せっかくなので、乗ってみることにしました。
ブランコに乗ったのは、いったい何年ぶりでしょう??

少し照れながら腰を下ろし、地面を蹴って揺れ始めた次の瞬間。
先ほどまでまとっていたはずの “ 大人の落ち着き ” は、身体と共に、宙に舞って飛んでゆきました(笑)

楽しい♪
ただ、楽しい(笑)

風を受けながら前へ、後ろへ。
たったそれだけの動作なのに、
子どもの頃の感覚が、身体の奥からひょっこりと戻ってきます。

ブランコとは、実に不思議な乗り物です。

どこか遠くへ連れていってくれるわけではないのに、乗った人の心を、一瞬で子ども時代へ連れ戻してくれるのです。
(大人がブランコではしゃいでる画は、割愛させていただきます)

晴れた日には、芦ノ湖や富士山を背景に、さらに美しい景色を楽しめるのでしょう。けれど、富士山が見えなかったこの日も、私にとっては十分に忘れられない時間になりました。

絶景が見えなければ、旅が失敗になるわけではありません。

予定通りにならないからこそ、出会える楽しさもある
雨の湯河原と、雲の中へお隠れになったシャイな富士山さま、
そして何年ぶりかのブランコが、
そんなことを教えてくれたように思います。

その後は、山のホテルでゆっくりとランチをいただき、帰路につきました。

ブランコのそばに置いてきた“大人の落ち着き”を、
こちらで無事に回収しました(笑)

旅の余韻を、湯河原銘菓 きび餅とともに

旅から戻り、小梅堂で購入した「きび餅」をいただきました。
小梅堂は1910年創業の歴史ある和菓子店。
初代の小松清之助が、湯河原に何か名物を、と考案したのが、このきび餅の始まりなのだそう。島崎藤村をはじめ、かつて湯河原に滞在していた文人たちにも親しまれたと伝わる、長く愛されてきたお菓子です。

たかきび粉と白玉粉を混ぜてふっくらと蒸し上げ、香ばしいきな粉をたっぷりとまぶす。初代が考案した当時から、材料と製法を変えずに作り続けられています。

小麦を原材料に使っていないことも、今回、このお菓子に興味をもった理由の一つでした。グルテンを控えている方にとって、昔ながらの和菓子のなかに、このような選択肢があることはうれしいものです。
(※小麦アレルギー等のある方は、製造環境での混入も含め、購入前にお店へ確認していただくとより安心かと思います)

元祖きび餅 × 足柄茶
土地の伝統菓子には、その土地に近いお茶を。不思議と息が合う◎

包みを開くと、きび餅の姿が見えなくなるほど、きな粉が惜しげもなくたっぷりとまぶされていました。
こ、これは…きな粉を飛び散らせずに食べるという、大人の品格が試される場面ではありませんか。不用意に息を吸い込まないよう、
細心の注意を払いながら、
そぉーっと、ひと口…(笑)

まず、香ばしいきな粉の風味が口いっぱいに広がります。あとを追うように、ふんわりと柔らかなきび餅が、舌の上でとろりと溶け、すっと消えてゆく…やさしい甘さと、驚くほど軽やかな口どけ。
きな粉をたっぷりまとっているのに、不思議なことに、口の中の水分を持っていかれるような感じがありません。しっとり、ふんわりとした食感で、あと味も軽やか。

「ひとつだけ味わおう」と思っていたはずなのに、気がつけば、もう一つへと手が伸びていました。

おそるべし、文豪たちをも魅了したきび餅。

派手さはなくても、丁寧に作られ、長く愛されてきたお菓子には、時代を超えて人の心をほどくような力があるのかもしれません。
湯河原を訪れた際には、ぜひ一度味わっていただきたい、やさしく、どこか懐かしいお菓子でした。

何もしない旅で、取り戻したもの

今回は、観光名所をいくつ巡ったかを競う旅でも、iPhoneの歩数計に新記録を挑む旅でもありませんでした。

温泉につかり、旬のものを味わい、雨に濡れた緑を眺める。

研修中のスタッフの方々からは、
目の前の人に真摯に向き合う「初心」の大切さを教えていただき、

久しぶりのブランコからは、
無邪気に楽しむ「童心」を思い出させてもらいました。

初心も、童心も、
忙しい日々のなかで、いつの間にか置き忘れてしまいがちなもの。

今回の旅は、それらをそっと拾い直す時間でもあったように思います。

何もしないと決めたからこそ、
目の前の景色や、人の真心、季節の美しさを、
いつもより丁寧に受け取ることができました。

雨の日には、雨の日にしか出会えない旅がある

あれほど晴れてほしいと願っていたはずなのに、
今ではもう一度、梅雨の季節に湯河原を訪れたいと願っています。

今回の旅は、
歩数としては控えめでも、
心の充足度は、軽く2万歩を超えていたようです。

さまざまなご縁に感謝して、おしいただく
感謝の一服

いいなと思ったら応援しよう!