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15年遠回りしてインデックス投資にたどり着いた話~保険商品による投資失敗談~ <リバースFIRE実現禄⑦-5>

文字数 :約3700字
推定時間:7分


黒い革鞄と、分厚いパンフレット

平日の夜、駅前の喫茶店。黒い革鞄から次々あふれ出す光沢紙。円建て、外貨建て、積立、年金、学資。ファイナンシャルプランナーを名乗る方は、やさしい声で言いました。「投資と保険、どちらも大事。これなら増えながら守れます」。その一言に、当時の私は救われた気がしてうなずきました。
…そして十数年。私は解約返戻金の金額欄を見つめながら、静かにため息をつくことになります。「守りながら増やす」は、手数料と拘束の山に埋もれていた。これは、私が保険で投資をしようとして失敗した話であり、そこから学んだ「保険は保険、投資は投資」というごく当たり前の設計に戻るまでの記録です。


投資としての保険商品にはどんなものがある?

投資の顔をまとった保険は、思った以上に多彩です。私が実際に申し込んだ/勧誘されたのは、だいたいこのあたりでした。

  • 終身保険(円建て・外貨建て):一生涯の死亡保障+解約返戻金。外貨建ては見た目の利回りが高く映る。

  • 養老保険:満期まで生きていれば満期保険金、死亡時は死亡保険金。貯蓄保険の典型。

  • 学資(こども)保険:教育費のための積立と死亡保障がセット。

  • 個人年金(変額・外貨含む):将来年金として受け取る前提の積立。運用益は保険会社内で管理。

  • 医療・がん保険の“貯蓄型”:特約を重ねると「掛け捨てじゃないですよ」と勧められがち。

  • 外貨建て一時払い終身:まとまった資金を投じ、予定利率や為替で“増やす”触れ込み。

  • 変額保険:基準価額で運用し、保険と投資信託の合いの子のような商品。

パンフレットのグラフはきれいに右肩上がりで、将来の受取額は魅力的に見える。けれど増える前に差し引かれるコスト(初期費用、付加保険料、運用管理費、通貨コスト、解約控除)が、現実の利回りを静かに削ります。私はそれを、解約した日にやっと数字で理解しました。


金融商品としての“保険”の位置づけ——確率の売買、リスクの移転

投資は「リスクを取ってリターンを狙う」行為。保険は「起きたら人生が詰む低頻度・高損失リスクを移転する」行為。目的が違うのに、私たちはしばしば“貯蓄もできる”“運用もできる”という言葉で両者を混ぜてしまいます。

保険は本来、確率の売買です。

  • 低確率・高損失(世帯主の死亡・高度障害、長期就業不能、巨額医療費)を保険会社に売り渡す

  • 身近で頻出の小さな支出(通院の自己負担、短期の入院、少額の家電修理…)は自分のキャッシュで吸収する。

ところが投資顔の保険は、この線をぼかします。「いざというとき守る」も「長く積んで増やす」も、一枚の契約にまとめられる。その瞬間、透明性と選択肢が弱くなる。私はそこで長く迷いました。


保険商品は投資ではなく、あくまで“保険”として分けるべき

私の大きな反省は「資産形成を保険の中でやろうとした」ことでした。外貨建て終身は為替で目減りし、変額は高コストで指数に負け、養老は解約控除に足を取られる。どれも「悪い商品」ではありません。ただ、投資の土俵に引っ張り出すべきではなかった。

今の結論はシンプルです。

  • 投資=証券口座(新NISA・特定)で、低コストのインデックスに機械的に入金する。

  • 保険=“世帯の破綻を防ぐ最低限”だけ、掛け捨てで買う。

分けた途端、判断は驚くほど軽くなった。利回りの比較は、投資信託同士でできる。保険の見直しは、保障額と期間の足し算と引き算で済む。役割の分離は、思考の分離です。


保険は掛け捨てでいい——“消えてくれる安心”の価値

「掛け捨てはもったいない」。昔の私はそう思っていました。でも、もったいないのは“不要な保障を高コストで持ち続けることでした。掛け捨てには二つの自由があります。

  1. 設計の自由:必要額・必要期間にぴったり合わせられる(例:子どもが独立するまでの20年定期)。

  2. 見直しの自由:ライフイベントや制度改定に応じていつでも捨てられる。長期の解約控除に縛られない。

私は、就業不能のリスクに対して長期の所得補償(定期・掛け捨て)を追加し、逆に“積立保険”は解約しました。消えてくれる保険は、未来の自由も残してくれます。


保険は“最低限”でいい——制度と会社がすでに守ってくれている

そして気づいたのは、「もうすでに、いろいろ守られている」という事実です。日本には公的・企業のセーフティネットが厚い。過剰な民間保障は、可処分を削るだけになりがちでした。私が改めて見直した“後ろ盾”はこの通り。

  • 高額療養費制度:自己負担には月上限。思った以上に“天井”は低い。

  • 健康保険組合の付加給付:組合によってはさらに自己負担が下がる。

  • 傷病手当金:最長1年6か月、収入の一部を補填。

  • 労災・雇用保険:業務災害や失業時のベースを支える。

  • 遺族年金・障害年金:万一のときの“土台”。

  • 住宅ローンの団体信用生命(団信):持ち家なら生命保険の代替になり得る。

  • 会社の制度:GLTD(長期障害所得補償)、休業補償、弔慰金、企業年金など。

この網の上に、足りないところだけ民間で足す。結果、私の民間保険は「定期の死亡保障(必要期間分)」「就業不能の所得補償(掛け捨て)」「シンプルな医療(最低限)」に絞られました。保険料が軽くなると、入金力が増える。新NISAの積立が太り、時間が味方に回った瞬間です。


私の失敗録——“守りながら増やす”の落とし穴

1)外貨建て終身のまぼろし

「ドルは年〇%で複利」と聞けば、魅力的に映ります。私は一時払いで入った外貨終身を、為替が円高へ振れた局面で耐えきれず解約。手数料+為替差損+解約控除の三段重ねで、想定の半分しか戻らず。ドル建ての商品であっても、生活費が円なら為替はリスク。保険で為替を取りにいくべきではありませんでした。

2)変額保険は“高コストの黒箱”

投資と保険を合体させた“便利な箱”に見えましたが、信託報酬+特別勘定費用+保険関係費が重く、指数に長期で負ける構造。投資部分はふつうにインデックスを買った方が透明で、やめたいときにやめられる。「長く続けるほど差が出る」というコストの怖さを、ここで学びました。

3)医療・がんの“過剰な安心”

不安は、特約を呼びます。先進医療、放射線、三大疾病。積み上げるほど、“その特約でしか救えない状況”を想像してしまう。実際は高額療養費と付加給付で多くがカバーされ、長期の所得ダウンのほうが家計には重い。私は“広く浅く”より“少なく深く(所得補償)”に切り替えました。


保険と投資を“切り分ける”ための私の手順書

遠回りの末に、私は台本をこう書き換えました。物語は派手さを失いましたが、息が長くなりました。

  1. 生活防衛資金を先に分ける。(6〜12か月分)

  2. 公的+会社の保障を棚卸し。(上記の制度を“金額”で把握)

  3. 不足だけ民間の掛け捨てで埋める。(期限と金額を生活に合わせる)

  4. それ以外の余力は、証券口座に直行。(新NISA×インデックスへ機械的に)

  5. 保険証券の棚卸しは年1回、投資は“触らない仕組み”。

この順番が大切でした。保険を先に決めると、投資の入金が痩せない。投資を“自動化”するから、保険の見直しにも心が揺れない。逆にやると、どちらも中途半端になります。


住まい・家族・仕事——“設計に勝つ保険はない”

団信があるなら生命保険の必要額は減る。共働きならリスクは分散できる。テレワーク中心なら就業不能の要件は会社規程を読む必要がある。暮らしの設計が変われば、必要な保険も変わるのに、長期の積立型保険は暮らしの変化に硬直的です。
私はここで住宅戦略・キャリア戦略・家計設計を優先度の上位に置き、保険はその下に従属させる、と決めました。順番の逆転が、15年の遠回りから私を救いました。


“守る”は、軽くできる

保険を減らして怖くなるのは最初だけでした。数か月もすると、軽くなった固定費が心の余白をつくる。余白は入金力に変わり、入金力は選択肢になる。私がやりたかったのは、スリルではなく、選べる毎日でした。
「保険は保険、投資は投資」。こんな当たり前を、私は回り道でやっと手に入れました。もし昔の自分に手紙を書けるなら、パンフレットの右肩上がりを信じる前に、こう伝えます。「保険は“消えてくれる安心”でいい。増やすのは、口座でやれ。


まとめ 今日から変えられる“軽い守り”

  • 保険は“破綻防止だけ”掛け捨てで。(死亡・就業不能・最低限の医療)

  • 公的・会社の保障を“金額”で把握。(高額療養費、付加給付、傷病手当金、遺族・障害年金、団信、GLTD)

  • 積立型・外貨型で“増やさない”。(投資は新NISA×インデックスへ)

  • 年1回の棚卸しで“やめやすく”。(解約控除・更新時期をカレンダーに)

  • 浮いた保険料=入金力。(固定費のダイエットは、自由の筋肉になる)

黒い革鞄のパンフレットは、もう手元にありません。代わりに、家計の固定費は薄くなり、証券口座の自動積立は太くなった。失敗談の山は、いまでは静かな設計図に変わりました。保険は軽く、投資は自動で。それが、私のリバースFIREの土台です。


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