「いじめの本当の癒しは、“加害者・被害者”の構図を超えた先にある」──感情の正義を超えて、個々の内面に静かに光を当てるための視点

どうもです。さくです。

今回は、イジメに苦しんでいる方に向けて、自身の癒しに繋がる話が出来ればと書きました。

この記事は本来なら無料でも読んでほしいのですが、センシティブな内容で炎上すると求める事と違う事になるので、求める人だけに届くようにと有料にしました。

期間限定で2980円から500円(6月16日9:30より)にしていますので、傷ついた出来事から抜け出したい人に届けばと思います。

はじめに


⚠️ この文章は、「いじめ=絶対悪」という一元的な見方だけで物事を捉えたい人には向いていません。

ここで語るのは「いじめを肯定する話」ではありません。

そして「いじめられた側にも原因があるから、仕方ないよね」といった安易な責任転嫁をする話でもありません。

むしろこれは、“かつていじめられた経験を持つ人”が、その痛みから自由になるための癒しの視点を、真剣に言葉にしたものです。

いじめを受けたことのある人が、自分を責めるでもなく、相手を憎み続けるでもなく──

もう終わらせたい、抜け出したい、癒したい。

そんな思いに、本気で向き合おうとする人にだけ、静かに読んでほしいと思っています。

感情論で炎上させたい人、部分だけを切り取って正義を振りかざしたい人には、ここでページを閉じていただいて構いません。

これはそういう“言い合い”のための文章ではないからです。



いじめの話をすると、多くの人が反射的にこう言います。

「いじめる側が100%悪い」
「いじめられる側に原因なんてあるわけない」

その考え方は、いじめられた側を守ろうとする正義から出ているのかもしれません。

けれど、僕がここで話したいのは、その正義の枠では語れない“癒しの視点”のことなんです。



僕はこう思っています。

いじめる側には、いじめる側の“原因”がある。

いじめられる側には、いじめられる側の“原因”がある。

ただし、それは「いじめていい理由」とか「いじめられるのは仕方ない」という話では決してありません。

ここで言う“原因”とは、その人自身の内面にある、反応や選択の背景にあるものです。

たとえば──

✔️いじめる側はなぜ、他人を支配したくなるのか?
✔️なぜ、相手の無力さを見ると攻撃したくなるのか?
✔️どこかで「自分が上に立たないと不安だ」と思っているのかもしれない。
✔️それは、家庭環境や幼少期の傷つき体験にルーツがあるかもしれない。

同じように──

✔️いじめられる側はなぜ、「耐えるしかない」と思ってしまったのか?
✔️なぜ、嫌なことをされても言い返せないのか?
✔️なぜ、「自分が悪い」と思ってしまうのか?
✔️それもまた、子どもの頃から言われてきた言葉や、家庭での扱われ方と深く関係している可能性がある。



ここで僕が強く伝えたいのは、これは“2つの関係性”から解決を探る話ではないということです。

加害者と被害者という構図の中で「なぜそんなことをしたのか?」「どうしてあの時黙っていたのか?」と関係性を掘っていっても、本質的な癒しには辿りつかない。

それはただ「誰が悪い」「誰が可哀想」といった、正義と被害の物語を繰り返すだけです。

そうじゃない。

本当に必要なのは──

お互いが、それぞれ自分の“内側”にある原因に、他者とは関係なく向き合っていくこと。



でも、こういう話はほとんど理解されません。

「いじめられる側にも原因がある」と言っただけで、文脈を無視して炎上する。

原因=悪い
原因=責任がある
原因=自分のせい

──そんな思い込みが強く刷り込まれているから。

でも、違うんです。

これは「自分が悪い」と責める話ではない。

ただ、自分の中にまだ癒されていない何かがあるのなら、それに気づいていこうという話です。



だからこの文章は、有料記事にしました。

本当に必要な人にだけ、ちゃんと届いてほしいから。

見世物ではないし、論破の道具でもありません。

これは、「自分の痛みを、本当の意味で終わらせたい」と思う人のための文章です。

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