『来る』じゃない、『帰ってくる』|同居しないパートナーと家族をしている私たち
こんにちは!
レズビアンシングルマザーのnemuです🌱
今日は、
我が家の「いつもの日常」を書きます。
うちには、
別居のパートナーがいます。
でも、
感覚としては、
「来る」ではなくて、
「帰ってくる」。
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毎週、飛行機で帰ってくる人
彼女は、
毎週飛行機に乗って、
我が家に帰ってきます。
頻度は週に一度。
それはもう、
単身赴任みたいなもの。
特別なイベントじゃない。
記念日でもない。
ただ、
「今週も帰ってくる日」。
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「おかえり」が自然に出る
金曜日の深夜、
玄関のドアが開いて、
そっと外の空気が家に入ってくる。
「おかえり」
それを言うことに、
もう何の違和感もありません。
一緒に住んでいないのに、
生活の一部になっている。
不思議だけど、
とても自然。
子育てを「一緒に考える」人
彼女は、
ただ泊まりに来る人ではありません。
子どもたちの病院に、
私と一緒に付き添う。
行事があれば、
一緒に楽しむ。
ごはんを一緒に食べて、
その日の出来事を聞いて、
「それ、どう思う?」と
子育ての相談もする。
決定権は私にあるけれど、
考えるのは一人じゃない。
それだけで、
救われることがたくさんあります。
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一緒に住まない、でも家族
うちは、
同居はしていません。
でも、
完全に「外の人」でもない。
子どもたちにとっても、
彼女は
「かーちゃんのパートナー」。
父でも母でもない。
でも、
ちゃんと家族の一部。
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単身赴任みたいな距離感
一緒に住んでいないからこそ、
守れているものがあります。
子どもたちの生活リズム。
私の仕事。
パートナーの仕事。
パートナーの今までの生活。
そして、
それぞれの心の余白。
近すぎないから、
壊れない。
離れているから、
ちゃんと大事にできる。
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帰ってくると、家が少し賑やかになる
パートナーが帰ってくると、
家が少しだけ賑やかになります。
ごはんが増えて、
洗濯物が増えて、
笑い声も少し増える。
そして、
また一週間が始まる。
帰ったあとの、静かな家
パートナーが帰ったあと、
家はまた、
いつもの静けさに戻ります。
少しだけ、
物足りなくて、
でも、これはこれでいい。
この感覚も含めて、
今の形が
私たちにはちょうどいい。
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いつかは分からないけれど
いつか一緒に住む日が
来るかもしれないし、
来ないかもしれない。
今は、
「今の形」を
大事にしていたい。
恋人として、
親として、
それぞれが無理をしないために。
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これが、今の「ちょうどいい」
この形が、
ずっと続くかは分かりません。
一緒に暮らさなくても、
帰る場所がある。
特別なことは何もない。
ただ、
一緒に暮らしていなくても、
一緒に子育てをしている。
一緒に考えて、一緒に人生を歩んでいる。
それだけで、
十分なんだと思っています。
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特別なことは何もない。
ただ今日も、
パートナーが
帰ってきた。
それだけの話🌱
同居していなくても、
「一緒に生きている」と感じられる関係が、
うちにはちゃんとあります。
みなさんにとって、
「家族だな」と感じるのは、
どんな瞬間ですか?
