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エッセイ【慣れることなんてないよ】

豆を挽く。

ゴリゴリと響く音。

袋を開けた瞬間に広がる香り。

フィルターをセットし、ゆっくりとお湯を注ぐ。

一気には入れない。

少しずつ。

コーヒー豆がふわっと膨らむのを見つめながら待つ。

お湯が落ちきったら、また少し足す。

ピチャピチャ。

静かな音が部屋に響く。

JAZZを流しながら、ゆっくりと時間をかける。

そうしてできあがったコーヒーは、ぎゅっと濃くて香りがいい。

そんな朝の時間が私は好きだ。

介護や医療の現場で30年近く働いていると、多くの人生に触れる機会がある。

ある日、ご主人を亡くされた女性と話をしていた。

「もう慣れましたか?」

何気なくそう尋ねると、その方は少し笑いながら答えた。

「慣れたような気はするけどね。慣れることなんてないよ。」

その言葉が今も心に残っている。

朝起きれば「おはよう」と声をかける人がいる。

出かける時には「いってらっしゃい」。

夜になれば「おやすみ」。

何十年も続いてきた日常。

当たり前すぎて、そのありがたさに気づくこともない。

けれど、その相手がいなくなった瞬間、その当たり前は当たり前ではなくなる。

一人で暮らしていると、誰とも言葉を交わさない日もある。

今日あった出来事を話す相手もいない。

テレビに向かって独り言を言ってしまうこともある。

そんな話を聞くことがある。

私たちは普段、「普通」だと思って暮らしている。

でも本当は、誰かがいてくれること。

誰かが自分の名前を呼んでくれること。

誰かと「おはよう」と言い合えること。

それは決して当たり前ではないのかもしれない。

だから人は人を求める。

話をしたくなる。

笑いたくなる。

癒しを求める。

誰かとつながっていたくなる。

それは弱さではなく、人として自然なことなのだと思う。

「慣れたような気はするけどね。慣れることなんてないよ。」

その言葉を聞いたとき、私は返す言葉が見つからなかった。

介護や医療の現場で多くの方と出会ってきたが、この言葉ほど人の心を表しているものはないように思う。

人は強い。

悲しみを抱えながらも前を向いて生きていく。

けれど、人は一人では生きていけない。

誰かの声に励まされ、誰かの笑顔に救われ、誰かの存在に支えられている。

当たり前だと思っていた日常は、失って初めてその尊さに気づくことがある。

だからこそ今日、大切な人に「おはよう」と言えること。

「いってらっしゃい」と送り出せること。

「おやすみ」と言って一日を終えられること。

そんな何気ない時間を、少しだけ大切にしたいと思う。

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