痛みの先にあった、家族のかたち
※この記事には家庭内の暴力・精神的な虐待の描写があります。心の負担になりそうな方は、どうか無理せずスルーしてください。
なぜ、これを書こうと思ったか。
まず、その想いから書かせてください。
父に最初に暴力を振るわれてから、何十年も経ちます。
それでもなお、体にも心にも残り続けている傷があります。「トラウマと向き合いたい」そんな気持ちが芽生えたのが、書こうと思ったきっかけです。
過去のこととわかっていても、ふとした瞬間に思い出してしまう。そのたびに心がざわざわして、落ち着かなくなる。
今の自分の幸せを、より大切に感じられるように。
そしてあの頃の私を、今ここにいる私の大切な一部として、受け止められるように。私は書くことを選びました。
迷いや不安は、今もあります。
「重すぎるかな…」「どう受け止められるだろう…」
そんな思いがないわけではありません。
でも、これは今の私を作った、紛れもない事実。
前を向くために、心の整理として、ここに綴ろうと決めました。
この先は有料記事となりますが、
無理のない範囲で、読んでいただけたらうれしいです。
あのとき、何が起きていて、私はどう感じていたのか。
その記憶と、今の私の気持ちを綴りました。
- 私の最初の傷 -
私は発達の早い子どもだったようで、話すのも歩くのも早く、母がよく「驚かれたんだよ」と話してくれました。
そんな私が、1歳半の頃。父に蹴られ、足の骨を折ったことがありました。理由は、ごめんなさいをもう一度言えなかったから。
一度言えた「ごめんなさい」では満足できなかった父は、私を家の外に閉め出しました。大泣きをする私を怒鳴りながら家に入れ、逆足で私を蹴り上げたそうです。
異常なほど大声で泣く私を、母は急いで病院に連れて行ってくれました。でも、父は医師に「椅子から落ちた」と言い張り、暴力を認めませんでした。
これが、私に対する父の最初の暴力。
この話は、私が高校生になってから母に聞いたものです。
- 今も残るトラウマ -
※ここに書くのは、記憶に残ってる中の一部です。
・リモコンを取れと言われたのに見つけられず、頭を叩かれる
・外食後に怒られて、車から降ろされ、駐車場に置き去りにされる
・布団をかぶせられ、その上に覆いかぶさられて、閉じ込められる
特に最後の、布団の中に閉じ込めれる経験は、大人になった今もトラウマです。布団を頭までかぶると、呼吸が浅くなって苦しくなってしまいます。
- あの頃の私の思い -
当時の私がどう思っていたか。今振り返ってみると、「自分が我慢すればいい」そんな風に思っていた気がします。
弟が二人いる長女の私。父の怒りが弟たちに向かうことが、とにかく怖かった。弟の泣き声を聞くことは、自分が叩かれるよりも辛かった。
だから、私に怒りが向いてくれる方がまだマシ。私が我慢すれば、母と弟たちを守れる。そんなふうに思っていたんだと思います。
そして今になってふと思うのは、あのとき父が“逆足”で私を蹴ったこと。サッカーをやっていた父。もしも本気で憎んでいたのなら、利き足で蹴っていたかもしれない。あの時の父にはほんの少しでも、感情を抑えようとした迷いのようなものがあったんじゃないかと思ってしまう自分がいます。
「これが父なりの関わり方なんだ」
もしかしたら私は、そう思いたかったのかもしれません。怒られることで「父はちゃんと、私を見てくれている」そんなふうに感じていた部分もあります。
暴力が愛情だったとは、今でも言い切れない。でも私はきっと、父にとって特別な存在でありたいと思っていたんだと思います。
- 離婚という選択 -
父は女癖も悪かった。長い間苦しい思いをしていた母は、ずっと離婚を考えていました。でも、当時は「親戚や近所に何を言われるか…」「1人で3人を育てられるのか…」そんな葛藤があり、なかなか決断できなかった。
そんなとき、私が母に言ったそうです。
「ママ、もういいよ」
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