逃げ切る
わたしは自他共に認める運動音痴だが足だけ速い。ずっと母から逃げてきたからだ。逃げてきたと言ってもだから、心理的な比喩ではなくガッツリ物理的な意味で。
たとえば中学生の頃、商店街の鉄板焼き屋で母と一緒に食事をしていれば、まずいだの、たいしたことがない味だの、母は店に聞こえよがしに言った。常に酔ってへの字に曲がった母の口からは、食べ物を咀嚼する音と偏見にまみれた話や愚痴ばかりが放たれた。
わたしが母のした行為を店員に詫びたり、母の次第に白熱してゆく偏見にまみれた発言を宥めようとすれば、母は箸を持ったまま睨めつけるような視線を私に向けた。何言ってんのよ、という決まった台詞を鼻で笑いながら言って、今度はわたしへの攻撃が始まる。「あのねえ、バカじゃないの? 世の中のことを何もわかっていないのねあんたは。これらは全て事実なの、だって私はずっと見てきたんだもの」といったようなことを、まあ長々と。
それもあってわたしは無言のままその場から立ち去る、つまり母を置いてけぼりにするという癖がついてしまった。母が、わたしの思いや意見を無下に扱うからだ。それは結局のところ、わたしの拒絶そのものではないか? だからわたしは母を見限り、立ち去るのだ。分かってはいた。黙って立ち上がり去っていくわたしの態度を、母が決して許すわけなどないことくらい。
母は娘のその様を見ると慌てて「会計!」と店員を呼びつけ、「ちょっと待ちなさいよお!?」と店のドアを開け、長い商店街をすでに歩き始めているわたしの、母からすればどんどん小さくなっていく娘の頭に向かって、大きな声で何度もわたしの名を叫んでいた。
少し経って振り向くと、ものすごい形相で迫り来る、ふくよかな体型の母がいる。転がるように走ってこちらに向かってきている。わたしとしてもぎょっとする。さきほどまでは「こちらの理性が耐えきれない」といった話だったが、こうなると、本能の核に触れるような生物的な危機として母を感知する。やべえ!怖!!! と、わたしはまだまだ続く長い商店街をがむしゃらに走った。
母はあの体型をもってして、ものすごく足が早かった。追いつかれなどしないと気を緩めたら最後、猫みたいに首根っこを掴んで持ち上げられて、あの意味不明な文言を浴びせられる羽目になりそうだ。わたしたち母娘は別に運命共同体ではなく、娘は従属物でもなく、母とわたしは血が繋がっていても所詮は他人であるのだ、ということを、ただ思い知らせたかっただけなのに。
だからわたしは無我夢中で走った。商店街の出口に辿り着くと横断歩道を渡って、当時住んでいた団地の、しかも一番奥の方に建っている棟に向かって走っていた。
しかし、なぜ走る必要があるのだろうと思う。
だって帰る場所は一緒なんだし。
それでも逃げ切って家に入る、というところをわたしの気持ちの収めどころとしていた。母も母で、家に着いたら私の部屋のドアを開けることもなく、ドタドタと大きな足音を立ててリビングへと向かっていく。そっと部屋の扉を開けて様子をうかがえば、荒げた息を整えようと水を飲み、顔を熱らせたまま天井を見上げている母がいた。
わたしはその頃中学生で、初めて自分が欲しいと思って買ったCDは椎名林檎の『歌舞伎町の女王』と鬼束ちひろの『月光』だった。友達が、放課後によく学校のグランドピアノでこの二曲を弾いていたのでいいなあと思っていたのだが、友達はピアノを弾きながら歌うことはなかったので、歌詞を知らなかった。曲名を聞いて、商店街にあるCDショップで買ったのだ。これまで家のなかに流れていた、母が好む松任谷由美や宇多田ヒカルとは離れた世界観の楽曲を垂れ流し、歌詞カードをじっと見つめている私を見て、「あんた、こんな気持ちで生きてるの?」と半ば心配そうに母が話しかけてきたこともあった。
たしかに『歌舞伎町の女王』は、女である母をまなざした娘もまた、自分も母と同じように女になることについてどこか物憂げに、それでいて母への挑発をも含むような複雑な心情が綴られていると感じたし、『月光』においては「この腐敗した世界に堕とされた」という歌詞が冒頭にある。わたしとしては、心の隅に潜む薄暗い気持ちをそっと撫でてもらったような心地よさもあり、それでいて刺激的な歌詞であることに純粋に楽しんでいた。しかし母にとっては、得体の知れない娘へと成長していくような不安を拭い取ることができず、もどかしかったのだろう。
別に放っておけばいいものの、「変な曲」「暗い気持ちになる」「そんなのばっかり聞いてるとおかしくなるわよ」といったようなことをさんざん言って、無理矢理、わたしが聞いている曲や、曲が引き連れてくる世界から引き剥がそうとした。とはいえ母の過干渉は日常茶飯事だから、わたしもまともに取り合わない。もし仮に必要なことや大事なことがあるとすれば、それはわたしがどう思うかであって、母の乱暴で身勝手な感想などではない。
まあ実際、生きることと死ぬことは地続きだとか、破壊と再生は常にセットで繰り返されていく=それが人生、みたいな思想を巡らせるように考え始めていた頃だったし、世間ではそうしたわたしの状態を厨二病だとか思春期真っ只中と笑うだろうけど、ほんとうにそういう時期だったと思う。だとしても、わたしが何に傷つき、何を苦痛だと感じるかを母は理解しようとはしない割に、こうしたささやかな変化に関しては決して見逃してなどやらない、と目くじらを立てるようなところがあり厄介ではあった。まあ、想定外の成長に純粋に戸惑ってしまう母の気持ちも、今となってはわかるんだけども。
戸惑った母はある日、「あなたのために精神科のカウンセリング予約を入れた」と言ってきた。当時と言っても20年以上も前のことなので、精神科という響きは今よりも重く響くものであった。その頃のわたしは、何言ってんのこの人、とびっくりもしたけど「予約したんだから絶対に行かないとダメよ、だって迷惑かけちゃうでしょ?」という母の身勝手な言い分を聞き(お前が言うなっちゅう話だが)、わたしも人様に迷惑をかける行為をする自分はきらいだったので、「高級料理屋を予約しちゃった」と言われたのと同じような感覚というか、予約したならまあ仕方がないか、としぶしぶ付いて行くことにしたのだ。
カウンセリングルームに入って着席した途端、しかし、やはりここでも逃げるべきだと思った。普段、どの店に行くにも予約など全くしない母からすれば、ここでのわたしの途中退室は全く想定していないだろうと、わたしは賭けた。
だから着席してすぐに、「先生、やばいのはこの人です!」と母を指差して、わたしは逃げたのだ。母に大声で名前を呼ばれたけど、商店街の時みたいにはやっぱり追ってこなかった。ことさら母が強調していた予約という縛り、そして母はその縛りを解くことができない。へへ、ざまあみろ。わたしは顔を綻ばせて帰路についた。電車に乗っている時も、どこか晴れやかな気持ちであった。
帰ってきた母は、なんだかしょぼんとしていた。文句を言われるだろうとこちらは身構えていたのに、母は思い悩んでいるような顔をしていた。手には『親業』という本。先生に渡されたと言う。
トマス・ゴードン著『親業』の内容を細かくは知らないが、母はそれを珍しく熱心に読んでいた。普段読書をしている母の姿を見たことはなかったので、ほんとうに珍しい光景ではあったのだ。
結果、母がそれ以降わたしを追いかけることはなくなった。第三者の、母が自分で申し込んだくらいだから珍しく話を聞く気でいた第三者(稀有)から、母の中にある何かしらの毒性を突かれたのだろう。何を言われたか詳しく聞きはしなかったけど、娘との関係や距離感や接し方について、色々と問題があると先生が伝えてくれたのかもしれない。実際に母は丸くなった、というか、私という人生にこれまで土足どころか全身が泥に塗れた状態でごろごろと転がりながら荒らしていくような暴れ方をしていたのだが、それをすることがなくなっていった。
わたしが触れるもの、わたしが好むものや興味を抱くものに対して、その世界に母も少しだけ足の爪先を入れてみるのだけど、わたしがその侵入を許さないと断れば、即座に引っ込むというような姿勢に変わった。結果オーライ、逃げ続けてよかった。そしてそれを機に、母から走って逃げることもなくなった。
話を戻すと、冒頭にも書いたけど、昔からわたしはひどい運動音痴だった。鉄棒ができないあまりに、先生から「やる気がないならずっと豚の丸焼きでもしてなさい」と言われ、鉄棒にしがみついている様をみんなに見せるという公開処刑のような体験もしたし、縄跳びの二重跳びも意味がわからず、大縄跳びもタイミングをいつも見誤って必ず縄の動きを止めた挙句に転んでしまうし、投げてもらったバスケットボールは顔面で受け止め、跳び箱は飛ぶ瞬間に鼠蹊部を強打して叫ぶのがデフォだった。「あのね。跳び箱は飛ぶもので、突進するものじゃないのよ」とか先生にもよく言われていた。そんなのわかっとるわ、と思いながらも、傍目から見たらどうしようもなく鈍臭かったんだろう。
柔道の授業でもそうだった。受け身の練習をしていると「やる気がないならお前でていけよ」と柔道の先生に胸ぐらをつかまれて、道場の隅に置かれたポールの領域から出るなと言われ、その一角というか道場の隅っこでわたしはひたすらでんぐり返しをさせられた。しかし、わたしはでんぐり返しすらも下手なので、右にいったり左にいったりと、先生が「ここから出るな」と言われた領域からも結局出てしまう。怒られたくないので、すぐにささっ.....と隅っこに戻ってでんぐり返しを再開したが、それもまた先生を苛立たせたようだった。「おまえは軸がないんか!」と怒鳴られたけど、その言葉はけっこう根に持っている。「真っ直ぐな軸だけが人間の軸だと思うなよ!」とか、咄嗟には理解し難い上によくよく考えてみても意味不明なそんな言葉を放って、先生を困らせるようなことをしてやりたかった。受け身は取れないし人を投げることはできないけど、蹴りくらいなら入れられるぞ! と心の中で反抗の旗をパタパタ揺らしていた。
まあでも、私は運動をして怒られたためししかない。ただ、鬼ごっこだけは妙に強かった。すぐに人を捕まえるし追われれば一生逃げ続けられる。リレーの選手にもいつも選ばれていた。とはいえ、バトンをうまく渡すことはできないので(どうやって渡したらいいのかわからなくて次の子と一緒に途中まで走り続けてしまうという意味不明なことをしていた)、チームのみんなから愛想を尽かされ、「いいよもう、最後に走ってね」と言われてしまう、あまり期待されないアンカーになるのがオチだった。
足が速いことは母から逃げ続けた鍛錬による、涙苦しいわたしの、不本意な努力ゆえに獲得したものとも言えるかもしれない。とはいえ今のわたしは三十を三つ過ぎて、年々筋力は衰え、筋トレをしようものなら数時間後には嘔吐したり、数日のあいだ具合が悪くなってしまうほどには虚弱で無力。情けないとはわかっているけれど、犬の散歩以外での運動は今のところ皆無だったりする(体力は欲しいけどね!)。だいたいもう何かから逃げ切る機会なんてないし、昔より走る速度が落ちているのは考えずともわかっている。
だけどこの年になってから、過去のあの経験が、思わぬところで役立つものだと思わされることがあったのだ。
仕事終わり、駅の近くのコンビニに立ち寄ってから帰ろうとタクシーを降りたら、数メートル先に男性が見えた。駅の改札前にいて、ホームを覗き込むようにしていたので、最初は誰かを迎えにきているのかな? と思っていた。しかし、何かが変だ。改札口から覗き込む動きに、何か人を吟味しているような不吉さが漂っていたのだ。
わたしがぼうっと見ていたせいで、その男とバチっと目が合ってしまった。嫌な気がし、バレない程度にゆっくりとわたしはその男から視線を逸らしてコンビニへと歩き出した。その瞬間、まさにその瞬間だった。その男がこちらに向かって、目をかっ開いて早足でやってくる。ぎえー! もう怖すぎる! なに!? 見過ぎた? やっぱり見過ぎちゃった?! それはごめん! でもなんでこっちに来るの? !
スニーカーとか瞬足とか履いていたら別だけど(「瞬足」がわかる人がいたら嬉しい)、その日わたしが履いていたのはよりによってお気に入りの、ジルサンダーのヒールが割と高いバーガンディ色のパンプスで、当たり前だけど走るのに適していない。昔酔っ払って、別のパンプスで縦ジャンプをしたりぎこちないボックスステップを踏んだことがあったけど、わたしの体重と負荷に耐えきれなくてヒールが折れるか、わたしの足首が捻挫するかのどっちかだった。
そしてここはなんせ東京、土ではないアスファルトの路上……(東京じゃなくてもアスファルトはあるだろてめえ!という人たちは少し落ち着いてください)素足で走るわけにはいかないし、ココセコムという、持ち運ぶセコムのようなものを鞄にいつも忍ばせているのだけど、それを鞄から取り出そうとしている間にはもう男がすぐそばにいそうな速度で迫ってきていた。
コンビニに入って助けでも求めればよかっただろうに、わたしも少しパニックになっていたのか、夜中の街を競歩し始めてしまった。なんで奥底に眠っているわけココセコム! と思ったが、持ち歩くことで安心してしまったこちらの危機管理の甘さよ。
んでもって、なんかこんなこと前にもあったな、と思い出す。前にもあった。うん、あった。もしかして同じ人か? 覚えてないけど。だけどその時は駅の真ん前でタクシーを降りてすぐ横に交番があったから、そちらのほうにさっと踵を返したら、ぱたっと男の動きが止まったんだ。わたしはすでに後悔していた。だってタクシーを降りた場所が真逆なんだよな、交番と!
そうは言ってもその日は危機管理意識が咄嗟に働かないほどに疲れていて頭も体も回らなかったし、時刻はとっぷりと黒く沈んだ深夜だった。ベストな方法なんていっぱいあっただろうけど、そんなことを悔いたってもう仕方がない。
走るか、と思った。走ってやるか、と。走ることなんて絶対にできないと思っていたけど、もはやそれしかない。深夜だし疲れているが、深夜で疲れているからこそ、もう単純なことしか思いつかない。誰かに電話でもしようと立ち止まったら最後だろうし、仮に電話をしても、常に動き続けるわたしを助ける術はなさそうだ。競歩をやめて、わたしは走り出した。
みんなが寝静まっているような住宅街の中で、わたしのジルサンダーのパンプスが聞いたこともないような「カンカンパカパカパーン!」という景気のいい音を鳴らす。え、もしかしてヒールとれかけてない? と思うほどに迫力のあるその音と、ジルサンダーを購入した際のあの値段、数字の羅列を思い出す。壊れたら最悪なんだが! いやこの状況そのものが最悪だ。とはいえヒールは太い円筒のようなつくりだったので、着地する面積自体の負担で言えばピンヒールなどとは違い、これ幸いだった。そんなことを言っている場合ではもちろんないのだけど。だって男の走っている気配が、背後からの吐息と足音でわかる。
諦めてくれよ、と願いながら、振り返ったら終わるだろうしととりあえず走る。靴の中は足の汗が溜まって濡れている。足裏が靴の中で滑って、いますぐにでも脱げそうだった。踵に位置を合わせることは無理なので、爪先にグッと荷重をかけてどうにか耐え忍ぶ。意識はもう、足の裏をジルサンダーにくっつける感じ。ジルサンダーと一体化しよう! とわたしはどうにか走り続けるための心を励ます。もはやわたしが走るのでない、ジルサンダーが走るのだ。頑張れわたしのジルサンダー。走れ走れジルサンダー!と思った時、わたしの頭の中に、転がるようにして走ってくる過去の母と、あの煤けた団地が蘇った。そして、同時に思い出した。走ってくる母が、そのときにたしかパンプスを履いていたことを。
それってすごいことだよなと感心することでもないのに、ひゅうひゅうと息を吐きながら思う。雨上がりの日だったし喘息の症状が出ていたのかもしれない。そういえば昔は喘息の症状なんて全くなくて、大人になったから急に出始めた。空気を巻き取るような苦しい息を立てながら、もうひとつ、大切なことを思い出した。
なぜ母はあんな状況で走っていたのだろう?
だって当たり前に帰る場所が一緒なのに、同じ目的地に向かってパンプスで全力で走っていくなんて、けっこう変だ。あのときは当然のこととして逃げていたので、当然のこととして母に聞きそびれていたが、至極シンプルな疑問だ。
なぜ、わたしたちは走るのか?
わたしの、「母に丸め込まれる人生なんてたまったもんじゃねえよ!」という意地による走りを母が追いかけたのは、『あんたも私のことを、たったひとりの人間として扱って理解してよ!』という、母なりの叫びだったのではないか?
そしてもう一つのことを思う。
もし母がわたしに追いついたら、息を切らした母は、同じく息を切らした娘になんて言うつもりだったんだろう?
いや。ないよな、きっと。
というか絶対にない。言いたいことなんて。
今でこそ思うが、わたしを捕まえたところで罵詈雑言を浴びせるような体力など、母には無かったのではないか。走っている時も苦しいけれど、わたしは、走るのを止めた時が一番に苦しいと感じる。だから母がわたしを捕まえたところで、母に何かできることなんて、実際にはなかったのかもしれない。ねえ、なんでお母さんはあんなに頑張って、わたしを追いかけて走ったの? と千葉にいる、既に泥酔して素っ裸で床にでも転がって寝ていそうな母にテレパシーを送る。
男もなぜ私を追いかけているのか不明だ。待ち伏せして家までついてってやろうという魂胆かもしれないし、よくわからないが、怯える女性を見ることが性癖なのかもしれない。想像もしたくないような恐ろしいようなことをしてやろう、と企んでいたかもしれない。
しかしわたしはアドレナリンが出まくっていたのか、それともジルサンダーに「こいつはどうしようもない奴だが長年の恩がある、助けてやらねえと」と救ってもらったのか、男とだいぶ距離を持って走っていた。わたしよりも一回りは大きい体の、わたしよりも走りやすそうな靴を履いた男なのに、随分と遠いところにいる。
わたしはココセコムを取り出す余裕を持てたので、鞄の奥を引っ掻き回すようにして慌てて取り出した。そしてまた全力で走り、確実に何もされないであろうという安全な距離を取ってしばらくしてから、振り返った。
これももう、賭けだ。あらゆることがわたしにとっては賭けだ。仕事も恋愛も人間関係も生活も、そして走ることも、走ることをやめることも全てが賭けだ。終わりが見えないことに直面したら、一回現実に立ち止まってしまう性なのだ。男が刃物を持っている場合もあるだろうし、殴られたりする可能性もある。不穏なことも自分の無力さも、容易に想像できる。もう33年も生きてきて、悲惨なあらゆる出来事をどれだけ見聞きし、どれだけ胸を痛めて、どれだけ怯えてきたか。
だからその男に、「なんで着いてくるんですかー!!!」と叫んでみた。わたしが急に立ち止まり、振り返り、叫んだからなのか、止まった。びっくりしたのだろうか。いやお前がびっくりすんなや、と思うけど。でもわたしが男だったら、多少はびっくりしたと思う。あと、わたしもわたしで、何を言ってるんだろうかと少しびっくりした。仮にここで、なぜ走って着いてくるのかを男から明確に説明されたとしても、別に腑に落ちるようなことなんてなさそうだし。わたしは少し考えて、昔の母に尋ねるような気持ちで聞いてみた。
「なんで(そこまでして)走ってるんですかー!?!?」
男は聞き取れなかったのか、聞き取れたのか、わからない。暗いから顔は見えず、街灯もその光も男の顔を暴くほどの強さがなく、この街で走ることはわたしをずっと心細くさせる。男は疲れていただろうが、これだけは確実に、思っていただろう。
「この走りはいつまで続くのか?」と。
現に、過去のわたしと母には、少なからずゴールがあった。団地というゴールが。しかしこの男には、今のところ明確なゴールがないのだ。なかなか追いつかず、想定したよりも体力を使うことになってしまって、ゴールもないまま走らされている。男が走っているのではなく、わたしが男を走らせているようにも思える。そうは言っても、そもそも追いかけてくること自体がおかしい。この男が確実におかしい。でも、引くに引けなくて走っているのか? だとしたらそれは、なんの意地?
暗闇の中にいる男の体は少しの間、動かなかった。しかし肩を上下しつつ走り出す動きに入ったことが、なんとなしの空気の揺らぎで伝わってきて、わたしはまた走り出した。メイク道具やら余計な荷物をびっしりに詰め込んだバッグが容赦なく揺れるから、肩にその重みのある紐が食い込んで、脇腹にも鞄が走るたびに当たって、もう全身が叫び出しそうになるくらい痛い。ヒールはついぞ、黒板を引っ掻くようなキイキイとした嫌な音に変わっていた。
深夜まで営業している唐揚げ弁当屋の前の、唯一の人気を感じさせる灯りの前に着いてほっとして振り返ると、男はもういなかった。
足元を見るのが、男の顔をまじまじと見るよりも怖かった。ゆっくりと足をあげ、ジルサンダーを膝の辺りまで持ち上げると、ヒールの底が完全に取れている。「こちらは無事、役目を果たしました……」と言わんばかりに。えーーー! どこに行ったのヒールの底!? だからキイキイとした音が出ていたのか…。ああ.......。
ヒールが丸ごと取れなかったことはありがたいのだが、結果としては別に何もありがたくはない。普段そんな高いものを買わないのに一目惚れをしたこの子が、こんなことでお釈迦になった。数珠の糸が突如切れるみたいに、わたしの不穏なものを断ち切るようにして守り終えてくれたのか。
ここは住宅街で流しのタクシーなんていないから、HeyタクシーはできずにGOタクシーをする。数分後にきたGOタクシーの中でよくよく見ると、ヒールの底面がとれて見える中は、十字形のプラスチックらしき芯があるだけで空洞になっていた。へえ、ヒールの中ってこんなふうになっているんだ、と舞台の裏側を見るように、車内のライトをつけてしばらく中をじっくり見てしまった。ぎっしりと中身が詰まっているものかと思っていたが、空洞でできていたんだ。この空洞が歩く足を時に軽やかにし、そしてわたしの体重や動きを支えてくれていたんだ。
母のパンプスのヒールを思い出す。このジルサンダーのヒールは太い円筒状だったけど、母が履いていたのはもっと細いヒールだった記憶がある。だからきっと、母の方が走ることは辛かったはずだ。それは、走り終わったあとのことも含めて。
数日経って、友人にLINEでその話をしていた。運動音痴ではあるがわたしの足の速さ(※まあ過去だけど)を知っているその友人が、やり取りの最後に「じゃあVS PARKに行こうよ」と突然誘ってきた。じゃあってなんだよ。それにVS PARKも何? と思いつつ、言われるがままに付いて行ったら、友人が私に何をさせたかったのかがよく分かった。
わたしはVS PARK内にある人気アクティビティの「ニゲキル」を、その友人にひたすらやらされた。画面に映し出されて走るチーターやシマウマなどとタイムを競うゲームだ。捕まったら終わり。走り終わるとスローモーションで再生され、動物に追いつかれて食われる自分の影まで見せられる。
「お前は足だけは早いからなあ」と観客側に回った友達の煽り文句のせいで、わたしは見せつけるようにして頑張り、何度も何度も走った。チーターに食われ、ダチョウに食われ、ティラノサウルスにも食われた。
わたしが唯一勝てたのは、パンダだけだった。

