櫻坂運営は、四期生に欅坂を託す覚悟を決めたのかー櫻坂46四期生「We got your back」異例のMV解禁
ひとつのシングルにつき、ひとつ既成概念をぶち壊してほしい。
そう願った。
既成概念では、櫻坂のシングルは全形態合わせて7曲が収録。
そのうち、3曲にMVが制作される。
不文律、なんて固いものではなくて、ずっとその方法論できてるから、誰だってそういうものだと思ってしまうのは当然のこと。
15thシングル「Lonesome rabbit / What's “KAZOKU”?」、両A面ということも初の試みではあるけれど、おそらくそのことが関係しての、実に4曲目のMVが誕生した。
既成概念、破壊。
それが「We got your back」。
期生曲だからMVが制作される、とは限らないのである。二期生曲など、存在そのものが尊いレベルだし、あれだけ毎シングル出されていた三期生曲であっても、「Anthem time」「恋愛無双」といったあたりはMVが制作されていない。
にもかかわらず、15thは表題のロンラビ、家族、BACKS曲の「コインランドリー」と3曲のMVがすでにあるにもかかわらず、四期生曲であるこの曲のMVも制作される、と聞いたとき、界隈は確かにざわついた。
何にせよ、既成概念が壊される瞬間というのはえてしてそんなものである。
ただ、考えたい。
そんな既成概念を壊してまで、運営が四期生を介して訴えたいこととは何なのか。
初めて観たときから、いや冒頭のシーンからいきなり過去に引き戻された。


人間の記憶というのは、インパクトの強いものは何かのきっかけでフラッシュバックするもので。
— 🌸🎨🧢🏦 川 島 雅 隆 ◢͟│⁴⁶ 🌳🐴🗒☀️ (@hiroty0526) June 26, 2026
最初にねおが立っていたこの場所、めちゃくちゃ見覚えがあって思い出したのは、欅坂時代の「月曜日の朝、スカートを切られた」MVで渡辺梨加が叫んでいたあの踏切じゃないかと…
検証したら、ビンゴ… https://t.co/GfRBir44uc pic.twitter.com/xq87afRlbH
ロケ地が偶然同じでした、というのはあまりにも説得力に欠ける。
そもそもこの月スカ自体がストーリーを内包していて、サイレントマジョリティーの直前の世界を描いたものとされる。
実際に、ラストシーンはサイマジョのMV撮影現場へメンバーが向かっていく姿が。
渋谷が聖地。
渋谷から全ては始まって、渋谷の代々木第一体育館でLAST LIVEが執り行われた欅坂46。

佐藤愛桜がポエトリーを叫ぶこのシーンの後ろに、JR渋谷駅の文字を入れるのを、偶然だったと語るのか。
無理がありすぎる。
おそらく夏の早朝なのだろうか。不自然なほど人の気配が感じられない渋谷スクランブル交差点。あの文字がなくても渋谷だと勘のいい人はわかるのに、敢えて渋谷の文字を浮かび上がらせた、理由。
あの頃から欅坂をずっと観続けてきた人ならば、わかるのだ。
佐藤愛桜のバスのシーンで思い出したのは、やはり同じだった。


そこに重なるのは、あのセンターの姿。
そもそも、合格して四期生として全体の姿を見せ始めた、あの合宿の頃からだろうか。うっすら感じていたのは一期生の姿であり、二期生とも三期生とも色が全く違った。もちろん全く違うという意味では一期生とも違う。ところがなぜか、そこに一期生を見せようという「意志」だけは大きく呼吸しているように思えていた。
それは私の中で、やはり違和感だった。
なぜなら、四期生は、他の誰でもない櫻坂46四期生であるべきだと考えていたからであって、実は今もその考えは基本線で変わらない。
私はずっと、本当は櫻坂運営こそが、最も重度のケヤヲタではないかと思っている。いい意味で言えば欅坂のその魂を忘れない、悪く言えばあのラストが本意でなかったがためにあの姿に囚われている、そんな意志が見え隠れしているのだ。
だからこそ、もし一つだけ話が変わる要素があるとするなら、それは四期生オーデの合格基準を初めから「一期生を彷彿とさせる人材」としていた場合である。
まさかそんなことは…とも思うのだが、完全に否定できる要素も今のところ存在しない。
そしてもしその「仮説」が正しければ、それこそ櫻坂運営は、欅坂を四期生に託す覚悟を決めた、というよりも、初めからその覚悟で四期生を入れた、ということになりはしないかと。
三期生には、石森璃花という欅坂の意思を継ぐ者がいる。
四期生にも、実は松本和子という欅坂の遺伝子がいる。
四期生、最初にVlogが紹介されたのは、そんな松本和子だ。
物事、否定から入る方が簡単だ。
ただそれでは、可能性を全て潰してしまうことになって、現実に甘んじる姿しかそこにはない。
櫻坂に改名して、欅坂を遠い過去に追いやりたい気持ちはわかる。
例えば欅坂が取るに足らない存在だったとしたら、そこまで意識する必要はないのだろう。ところが、欅坂がああいう形で活動休止となったことで、ある意味の「伝説」となった。2016年に衝撃のデビューを果たしてから、よくも悪くも話題に事欠かなかった。それだけ、人々の記憶に残るインパクトは強い。
食われかねない、という恐れはやはりまだあるのではないか。
あのときの記憶がまだ鮮明に残っているBuddiesであればあるほど、その想いはあるように見える。
一方で。
改名して5年以上が経って、櫻坂46というグループを純粋に応援してくださる方々の中には、そろそろ欅坂って何?という声も聞こえてきておかしくはない。それほどの時間が経った。
欅坂を知らないBuddies、という方々が誕生してくるかもしれないこれから、もしそんな方々が欅坂を目にしたら一体どういう感想をお持ちになるのだろう。
そこで翻って、櫻坂四期生である。
そして、このnoteのタイトルに繋がる。
「櫻坂運営は、四期生に欅坂を託す覚悟を決めたのか」
四期生曲1曲目「死んだふり」のときから感じていたその感覚は正しかったのか、そうだとしたら、それがどれくらい「残酷」なのか、理解してのことなのだろうか。
もしそんなはずはない、と言うならなぜここまで、見る人が見たら明らかになんのオマージュかわかることを散りばめるのか。
葛藤なんだ。
欅坂の立ち上げから見てきた者としては、欅坂を風化させないためにはその血が流れていることをそこここで感じたい。
でも、その一方では。
櫻坂、しかも四期生にまで至ってしまえば、欅坂とは完全に別個のアイデンティティがある。オリジナリティもある。そんな彼女たちに、かつての欅坂を彷彿とさせるものを描かせたら、それこそ四期生としてのオリジナリティを世に出す前に、欅坂の名のもとに埋もれてしまわないかという危惧。
欅坂の色を彼女たちにつければつけるほど、櫻坂四期生としての色が薄まるかもしれない、という「残酷」さ。
色として見るなら、一期生に最も近いのは、確かに四期生のような気がする。
本当に人見知り集団だった一期生、四期生はそこまでではないものの、少しその空気は感じた。コミュ強だった二期生や三期生とは明らかに違った。
櫻坂に憧れて加入した、という四期生は多いに違いない。ただ、欅坂となると…グループのルーツとはいえ、そんな伝説と化した欅坂を背負う、それを四期生にさせていいものかどうか…
私としても本当に答えが出ないのだ。
松本和子は、ミーグリでこのMVについて欅坂を感じなかった?という質問をされて、「うーん…月スカとか?」と答えたという。
さすがというか、なんというか。
そして、自分たちに欅坂一期生が重ねられていることを、一体どう思っているのか。どう感じているのか。
その答えは、今の時点ではまだ誰も知らない。

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noteの中でも、櫻坂46・日向坂46に特化した内容ですので、特に二つのグループの推し活を経て、皆様に文章で還元できるよう努めてまいります!
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