代表作『マスタースパーク 霧雨魔理沙』の”発光を表現する” コンセプトの話
こんにちは、東方Project版画製作サークル”あぴあぴ”のイラスト担当のさくらです。
今回は、あぴあぴの代表作かつ人気作の『マスタースパーク 霧雨魔理沙』の製作コンセプトの話をしたいと思います。(最初は”解説”として書き始めたのに、読み返したら「解説じゃなくね?」となって”話”と題名を変えました)
『マスタースパーク 霧雨魔理沙』のご紹介

本作品は2025年3月23日に開催された静岡例大祭にて発表した作品です。
「主人公の霧雨魔理沙と言えば、マスタースパークでしょ!」ということで、彼女代名詞であるマスタースパークを、真正面から捉えた構図で描いたものです。
新作として本作品を発表した静岡例大祭では、「これだけあれば、絶対足りるだろ」と用意した持ち込み在庫が完売してしまうほどの人気でした。
霧雨魔理沙というキャラクターの人気を再確認する機会となりました。
”マスタースパーク=光”を表現しなければいけない
霧雨魔理沙の作品を製作することを決定した際、比較的早い段階で「マスタースパークを題材として製作する」ということは、内心決定していました。
しかし、そこからイラスト完成まで、なんと2ヶ月もかかることとなりました…。 というのも、マスタースパークを題材としたイラストは非常に多くのイラストレーター様が描かれておりました。 同じマスタースパークを題材にしつつも、「何か鑑賞者のみなさまの心にヒットする構図はないか?」という構図検討にとんでもない時間がかかってしまったのです。
この構図検討に時間がかかったのは、私たちが製作するのが”版画である”という側面も影響しています。
マスタースパークという超巨大レーザーを表現しようとすると、魔理沙からやや距離を取った構図での作画となるのが王道です。 しかし、色々なイラスト案を試し描きしていると、極太レーザーの中心部分が”白”が多くなり、あまり”重み”が無く、版画では迫力が大きく減衰してしまう事態に陥りました。 (今なら真っ黒レーザーにする案もあり得たかな?と振り返ることがあります)
このように、マスタースパークを題材にしたことによって、必然的に「版画という制約の中で『光』を表現しなければならない」という問題にぶち当たったのです。
これは言い換えれば「光を上手く表現できれば、作品として完全に仕上がる」ことを意味します。
このような経緯から、霧雨魔理沙の製作でのコンセプトが自然発生的に『発光を表現する』に決まって行ったのです。
発光を表現するために参考したものは?
『発光を表現する』コンセプトを実現するために、色々な資料を参照したり、漫画やアニメ、映画など、様々な媒体に答えを探し求めます。
そして、あるひとつの表現を思い出します。
それが、鳥山明先生のドラゴンボールのかめはめ波です。
「そういえば、漫画って白黒なのに、かめはめ波ってちゃんと光っているように認識していたな?」と思い出したのです。
漫画喫茶に行って、ドラゴンボールの漫画を読むと、やはり白黒なのに、ちゃんと光って見えるのです。 そして、セル戦で悟空や悟飯が、こちらに向かってかめはめ波を放っているシーンを見たその瞬間に「コレだ!」と思いました。
それまで、魔理沙を横や斜めから、そして遠方から捉えた構図で検討していました。 しかし、これを改めることになります。
「魔理沙を真正面から捉え、レーザー発射点である八卦炉を発光させれば、マスタースパーク構図になるじゃないか!」と方針を一転することになったのです。
真正面から捉えた構図が与えたメリット・デメリット
真正面構図のメリット①:レーザーを描かなくてよい
霧雨魔理沙+マスタースパークを真正面構図から描くことにした際、まず最初のメリットとして、マスタースパークのレーザーを描く必要がなくなります。
これによって、限られた面積の中に、霧雨魔理沙というキャラクターを大きく描くことができます。
これは、版画にとっては非常に大きなメリットです。 版画はイラストを描いて終わりではなく、それを元に彫刻師が彫刻を行うことで完成します。
そのため、人間の手で彫刻することが可能な緻密さでの描き込みしかできないのです。
ここは、デジタル絵との大きな違いです。 デジタル絵は、創作の際も、鑑賞の際も、スワイプしたりして拡大しまくることができるのですが、版画はそうはいかず、肉眼で対応(彫刻)可能な線でのみ描く制約があるのです。
したがって、版画原版サイズの15cm×10cmの範囲内に、極太のマスタースパークを描かなくてよいのは、キャラクターを描ける面積が広く確保でき、それによって、キャラの魅力をより盛り込めるのは、最大級のメリットと言えるのです。
さらに、大きくキャラクターを描ける=キャラクターの表情などを細かく彫刻できることにも繋がり、キャラクターの魅力表現手段が圧倒的に増えるのも、大きなメリットです。
真正面構図のメリット②:あまり他に見ない構図で描ける
魔理沙+マスタースパークをひとつの絵に落とし込もうと考えた際、まず自然に発想されるは、やはり「画面内に巨大・極太マスタースパークをドーンと描き、やや引き気味か横から見た魔理沙を描く」に帰着すると思います。
これがありきたりで悪い、というわけではなく、「この構図は”緻密な描き込み量が確保できるデジタル絵・手書き絵によってこそ魅力が最大限に引き出される”」と、私は考えています。
やはり、私たちの制作物が”版画”である以上、一度はここで立ち止まる意思を持たなければならないと考えています。
なぜなら、私たちの版画は
白と黒のみしか使えない
グラデーション表現も使えない
彫刻という工程の存在により、デジタル絵の緻密さには勝てない
という、あまりにも大きな制約を課された製作物です。
そのため、鑑賞者の方の心を打つには、私たちは「独創性」に依拠しなければならないのは自然なことなのです。
マスタースパークを真正面かつ近距離から捉えるというのは、やや描かれにくい構図であるため、多少はその点で「独創性」度を上げることができる、これはメリットです。
結果的に、マスタースパークを描く→版画の制約上、レーザー全体を描写が難しい→レーザー描かない近距離アングル→やや珍しい構図、という流れではありますが、やや独創性を出せそうな構図に辿り着けたことになります。
真正面構図のデメリット①:レーザーを描かずにマスタースパークを表現しなければならない
やはり最大のデメリットは、レーザーを描くことなく、魔理沙がマスタースパークを放っていることを表現し、鑑賞者に理解してもらわなければならない工夫が必要な点です。
マスタースパークの絵なのに、マスタースパークのレーザーを描かない…この最大の矛盾を、自然な絵として成立させるための知恵・工夫・表現を模索しなければならないのは、やはり時間的に最大のデメリットです。
とはいえ、「マスタースパークの絵なのに、マスタースパークのレーザーを描かない」「なのにマスタースパークとわかる」って、なかなか面白い仕掛けと思いませんか?
私は「このデメリットは、クリアできたら”独創性の押し上げ効果”がある」と考えました。 それはつまり、クリアできたらデメリットはメリットに変わるということです。
このデメリットは、私の構図決定の背中を押したと考えています。
(普通、メリットが背中を押すのに、デメリットが背中を押すって、なかなか面白いですよね…笑)
さいごに
以上、イラスト考案の中で、「マスタースパークを”レーザー”としては描かず、代わりに”光”や”発光”として描く」というコンセプトに辿り着いた話をまとめさせていただきました。

どうでしょうか?
この構図、マスタースパークを放って光っているように見えるし、マスタースパークのレーザーは描かれてないのに、マスタースパークのシーンにちゃんと見えませんか?
”発光を表現する”というコンセプトや、レーザーを描いてないのにマスタースパークのイラストに見える、というのが上手くまとめられいると自負しています。
このコンセプトを実現するために用いた技法たちや工夫は、別の記事で解説します。
さきにほんの少しネタバレすると…実は…….
この絵は、見る人によって時間軸が違う
そんな絵になっています。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました!
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