東方Projectのキャラクターが最も輝く瞬間は、スペルカード発動時だと思う
こんにちは、小説・版画作家+行政書士のさくらです。
東方Projectというものを知ったのは約17年前、友達の家に自宅に遊びに行ったときに『東方永夜抄』をやっていたのを見て、触らせてもらったとき。
自分もやってみたら「なにこれ、ムズすぎ!」「なにこれ、めっちゃ面白い!」と、その日のうちにドハマりしました。
それから17年ほどたち、一時期10年強ほどの期間、東方から完全に離れた自分が、2024年に復帰し、東方Projectのキャラクターたちの版画を創り、小説を書きました。
版画という静止画。
小説という連続的場面集合。
それぞれの表現媒体でZUNさんが生み出したキャラクターたちと向き合った自分は、東方キャラたちが最も輝く”瞬間”は、『スペルカード発動時』だという考えに辿り着きました。
◆版画の静と、小説の動
自分は、版画と小説の2つの媒体で創作をしています。 これら2つは、表現技法が一方はイラスト、もう一方は文章という、まったく違うものですが、表現技法以外に、創作に影響を与える大きな違いが存在します。
それは、
・版画は、時間の流れの中での、一瞬の静止瞬間を切り取ったもの
・小説は、時間の流れの中での、時間的連続の描写によるもの
という違いです。
つまり、版画は、その表現の完成形が『静』であるのに対し、小説は『動』ということです。
小説の『動』の方が、多くを表現できます。 なぜなら、時間的流れがあるからです。 あるので、場面転換、会話、戦闘、ストーリー進行、セリフなど、多くのものを使って、表現したいものを描写できます。
すなわち、時間軸を動かしながら、重畳的にキャラの個性を発揮できるチャンスが発生します。
対して、版画は『静』であり、時間の流れというものが存在しません。 人間の世界で言う写真のように、”その一瞬を切り取った”ものであり、その前後を直接描写することができません。
ディズニーランドの前で写真を撮っている女性の方が多いですが、その写真がインスタにアップされたようなものです。 「●さんが、ディズニーランドのシンデレラ城前で笑顔を見せている」という、この程度の情報しか表現に込めることができません。
その写真の前後で、
ディズニーに向かう電車の中で友人とどんな会話をしたのか
滞在中、何のアトラクションに乗ったのか
ショーやパレードを見てどう感じたのか
1日の終わりを、どんな楽しい気持ちで終えたのか
どれだけ遊び疲れたのか
これらを版画(イラスト)は表現ができません。 これを表現するには小説(や漫画)のような、時間的連続性のある表現媒体を選ぶ必要があります。
余談になりますが、版画の『静』でも、イラスト内容によっては、ごくわずかではありますが、その前後の時間軸を表現することもできます。
たとえば、「野球のバッターが、試合の中で、今まさにバットをスイングしていて、ボールを打つ直前」というイラストです。 イラストとして切り取られたその一瞬では、イラスト内のバッターはボールを打ってはいないものの、『そのままバットは振り抜かれる』という想像は自然に鑑賞者の中に発生します。
この自然的な因果を予想する人間の心理作用を利用すれば、イラストのような1枚絵でも、多少の時間的表現をすることができます。
バットとボールの位置、バッターの視線や表情、バットのスイングライン、背景、イラスト全体の雰囲気などを工夫すれば、
・ホームランだろう
・三振するだろう
・ヒットを打つだろう
・どうなるか、わからない
と、将来の時間推移を予想させることもできます。
◆時間軸が限られた版画(イラスト)だからこそ、自分のスタイルが強く出る
版画(イラスト)は、写真のように一瞬を切り取ったもので、時間軸が固定されている。 それゆえに表現技法が限られているから、個性が出にくい。 というのは間違えで、私は逆だと思います。 時間軸が限られているからこそ、その一瞬は何を描くのかが、より強く鑑賞者に見られます。
「かわいい」「萌える」「愛らしい」という、癒しを与えるキャラの表情や仕草を描く。
デフォルメしたキャラデザに変えり描いたりして、新しい"かわいい"を描く。
芸術的色彩、油絵、その他絵画的技法を用いて、歴史的な表現との融合を描く。
など、その方針がより濃く、そしてより強く出る。 それがイラストだと考えます。
そのため、独自の作風や絵柄のような"個性"を、表現方針以外に身につけておられるクリエイター様は、強いと思います。 限られた表現技法の中で、他の誰にも真似できないというその方固有の絵柄が、限られた表現技法の仲間入りを果たすからです。
◆どちらかと言うと原作勢出身の自分だからできる方針とは?
当サークルには、圧倒的な彫刻技術を持つ彫刻師のあぴこ先生がいるので、『超精密・緻密な版画表現』という表現技法が存在します。



しかし、これは、「どういう方法で描くか?」という視点であって、「どういう方針で描くか?」とは少し違うベクトルです。
ここは、多くのクリエイターさんが悩むところだと思います。 「どういう方針で描くか?」これを模索している方をよく見かけます。
その多くが、絵の勉強や練習をする中で、やはり「自分の絵柄」を身につけようとするケースが多いように思います。 もちろん間違いではないです。 前述の通り、愛着ある絵柄を身につけることができれば、世界で唯一無二の最強の武器になります。
しかし、唯一性がありつつ、かつ、人を魅了する絵柄を身につけるのは、非常に高い壁だと私は思います。 無理とは言いませんが、やはりたどり着くには、再現性も小さい。 再現性が小さいというのは、唯一性のある自分独自の絵柄を身につけるには、周りの先人達のイラストがあまり参考にならないということです。
独自の絵柄を身につけるためには、自分自身で身につけられるまで、ひとりで試行錯誤を繰り返し続ける必要があります。
私のような、幼い頃から絵を描たりしていない、体系だった美術教育を受けてない、仕事をしている社会人にとって、このような絵柄を身につけるのは無謀だと考えました。
では、どうするのか?
まず、自分は、どちらかと言うと原作出身です。
原作の整数作品を全部やって、いくつかの整数作品をLNBクリアして、星蓮船ではスコアバグもやりました。
その一方で、例大祭に一般参加したことは無かったし、グッズを買ったこともない。 そして、特定の推しキャラもいない。
そんな自分が、一般参加の方を楽しませられるのは何か?と考えた時、「ずっと向き合ってきた、東方キャラのスペルカードによる攻撃を版画にしよう」というものでした。
その原作をやり込んできた自分からすると、東方のキャラ=弾幕(スペルカード)攻撃が、そのキャラの個性に見えていました。
ただ、細かい弾幕を彫るのは、つまらない。 原作をやっている時、キャラはゲーム画面の中で生きた姿で弾幕を放ってきます。
そうであれば、版画も「スペルカードを放つ、生きたキャラの姿にしよう」。 そう考え至りました。
キャラは、スペルカードを放つ時が、自分にはキャラが最も輝いて見えたからです。



これらは全て、スペルカードを使用した瞬間を表現したものです。 ただ、ゲーム画面の版画化では面白くない。 弾幕を自由解釈して、そのキャラを好きな人が、そのキャラの魅力を感じ取れるような構成をする。
それが、原作勢の自分ができる、表現技法であると考えています。
そして、イラストを創っていて、私が思うのは、タイトルのとおり、
私には、東方キャラが最も輝いているのは、スペルカード発動時なのです。
最後までありがとうございました!
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