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【社会福祉士】「天下り上司」は二度と勘弁!と痛感した新年度の幕開け

新年度になり、私の直属の上司が変わった。

数年間、「天下り上司」の元で働いてきたが、やっと解放される事が出来た。

新しい上司は、「生え抜き上司」。

新しい生え抜き上司の元で働く事1ヶ月。私はただただ痛感する。

「天下り上司」は二度と勘弁。



①天下りにもタイプはある

「天下り」とは、私の認識だと「お役所」でそれなりのポジションで務めてきた人が、定年退職などの理由で役所を去った後、自身の人脈やコネを駆使して、新しい企業などで「それなりの待遇」で再就職する事です。

単なる「再就職」とは違い、「それなりの待遇」つまりは「そこそこのポジション」が与えられるわけですが、

社会福祉法人などは、「天下り」の受け入れ先として持ってこいな場所なわけで、そこそこの社会福祉法人で勤務している場合、一人や二人は「天下り」の存在があるはずです。

私も福祉施設に勤務して約20年になりますが、数多くの「天下り」を見てきており、すごい場合だと、その天下りの存在の為だけのポジションを法人が用意しまうケースも見てきました。

やたら長いネーミングの役職
「それ必要?」と誰もが思うポジション
無駄に「小難しい言葉」を使用した役職

なぜか知らないけれど、これらの要素がキュッと詰まっています。

現場ではいつもいつも

人材不足
財源不足

という課題に直面して、みんなあくせく必死に汗水流して働いている一方で、「天下り」は何をしているのかというと、

膨大な年収を受け取っている
基本「座っているだけ」
体動かさず口は動かす

この3拍子は、ほぼマスト。

天下りにお金払う余力があるなら、現場の給料もっと上げてよ!と思う一方で、天下りを受け入れる余力があるという事は、なんだかんだ言って「財源不足」では無いな、と心の中で私はいつも思っています。

今までは、私は遠くから「天下り」の存在を見ているだけで、「自分とは無縁」の存在でしたが、

運が悪い事に、数年前、私の直属の上司が、天下り上司になってしまいました。

誤解が無いように書きますが、私は天下りを肯定しているわけでも、否定しているわけでもありません。

天下りにも大きく分けて2つのタイプがあります。

「給料貰えればそれで良し」と割り切って、やる気ゼロ
現場の状況を知りもしないで、「やる気」だけある

個人的な意見としては、「やる気ゼロ」のタイプなら問題無し。

基本的にほっとけばいいし、決裁回す時に判子貰う事や、何かあった際に責任だけは取ってもらえば良しと出来ます。

最悪な事に、私の直属の上司の場合は、

福祉職としての現場経験が無いにも関わらず、無駄なやる気だけはあって、「自身の想い」だけを貫き通し、現場を引っ掻き回して現場職員を辛い状況にさせ、

家族や行政からもバッシング受けまくったという、私の経験上、最も「ハズレ」だと感じた上司でした。

これはこれで、ずっと側で対応処理をしてきた事は、良い経験になりましたし、(経験したくても、これだけの騒動は滅多に起こらないと思う程です)


何か意地悪されたとか、パワハラされたわけでは無いので、恨みつらみはありませんが、はっきり言って、

二度と関わりたくない、会いたくないと思える上司でした。


②「世間話」が大事という勘違い

その上司はよく言ってました。

🌸仕事は楽しくするものだ
🌸コミュニケーションを図る事が大事
🌸風通しの良い職場にしたい

どれもこれもおっしゃる通りです。

私も同感です。

でも、だからと言って、職員同士の話に全て首突っ込んでいく事が意味あるのか、と思いましたし、

「コミュニケーション大事」と言っておきながら、「知らない事がある事が嫌だ」という単なる自己欲求満たす為だけの行動なんじゃないの?とツッコミ所満載でした。

世間話に花を咲かせた所で、現場が求めているのは、世間話ではありません。

個人的な内容の事も、忙しい現場はさほど興味が無いのが現実です。

だったら、口数少なくても、

🌸現場の「辛い」という意見に耳を傾けてくれる
🌸改善策があるのなら、すぐ実行してくれる
🌸「自分」より「利用者」「現場」を優先する

これらの事の方が、世間話なんかよりよっぽど現場は求めています。

これらをしてくれる事で、初めて「仕事が楽しい」となるのです。

そりゃ、「お役所」では、それなりのポジションに居たのなら、いくら多忙とはいえ、世間話も大切だったのかもしれないし、

役所のような「典型的縦割り社会」であれば、部下が自分の言う事を聞く事が「当たり前」だったのでしょう。

でも、福祉施設は、利用者が安心して過ごしてもらえて、職員が「働きやすい」と思ってもらえるようにしていく事が何より大切です。

その職員達が、

今の状況だとストレス溜まるから考慮してもらえないか
せめて少しでも工夫してもいいか

と散々訴えたにも関わらず、一貫して首を縦に振りませんでした。

当然、私も含めて「中間管理職」である立場の人間からも、散々訴えましたし、決して「無理な改善案」を出すわけではなく、「すぐに出来る改善案」を出しても出しても、絶対に首を縦に振りませんでした。

「これはダメだ」

もはや誰もが「諦め」の境地に立った時、何より、状況を改善してあげられない現場職員に対して、私は「申し訳ない」という気持ちでいっぱいで、

すぐに出来る改善策があるにも関わらず、直属の上司の意味不明な「意地」を納得させられない自分の無力さも痛感していました。

上司が悪いわけではない、自分が「無力」である事が最大の失敗なんだ、そう感じながら過ごしていました。

そう思っている隣で、世間話に花を咲かせようとしている上司に対して、出てくるのは「ため息」だけでした。


③後から感じる「辛い思い」

不思議と、一緒に働いている時は、

部下に申し訳ないな
私って無力だな

という想いはあるにせよ、そこまで「辛い」とか「苦しい」って感じる場面は少なかったのです。

上司に対しても、思う事はあるにせよ、さすが役所で長年勤務してきた人なだけに、

公的文書の作成の仕方
文章作成においての表現方法

など、学ぶ事、教えてもらった事も確かにあったからです。

何より、私も含めて部下が失敗したとしても、細かい事をネチネチ言うわけでもなく、ドーンと構えた姿勢で居てくれた事で、「怒られるかもしれない」というストレスはほぼ皆無でした。

メッチャ厳しい上司の元で働いていた事もあるだけに、「怒られる」とビクビクしながら過ごすストレスが無い事は、私にとっては大きかったのだと思います。

そういった意味では「感謝」の気持ちも当然抱いている事も事実です。

でも、その上司と離れて約1ヶ月が経ち、新年度に入って毎日ものすごく忙しく働いていますが、段々と、ジワジワ〜っと、

私、辛かったんだな
私、苦しかったんだな

って思うようになってきたのです。

やっぱり、利用者や職員の想いに耳を傾けず、「自分の意地」からくる「自分の想い」を貫き通した姿勢が、私は受け入れ難かったのです。

たまたま、この上司が「天下り」だっただけで、天下りの人が全てが全て同じとは思っていません。

でも、少なくとも他の天下りの人を見ていても、大なり小なりこうした傾向はあります。

もしかしたら、「天下り」が関係しているのではなく、年齢的な部分もあるのかもしれません。

ただ、私はきっとこの先変わらず思います。

天下り上司の元で働く事は二度と勘弁、と。


さいごに・・・

新年度に入り、上司が変わった事で、今まで「改善してほしい」と訴えてきた事が、速攻改善されました。

本当に「今まで何だったの?」と思うほどです。

本当に、ある意味では、滅多に出来ない経験が出来た数年間でしたから、貴重な経験をさせてもらえた事に対しては「感謝」です。

でも、福祉職員って、どこかで

「どうせダメだ」という諦め
言っても無駄という諦め


この2つは、新人であっても、中間管理職であっても、どの立場であっても常に感じやすい職種です。

それは、「古い体質」が根強く残っているという、もっと根底の部分に問題があるのかもしれません。

今回、この記事を書こうかどうしようか、すっごく悩んだんですが、勇気を出して書いた理由はただ一つ。

「諦めないで」という想いを伝えたい

これだけです。

それは、「戦え」という事でありません。

どんな状況であっても、どんなに「今」「その時」苦しいと思っても、その状況が永遠に続く、という事は有り得ないのです。

「耐える」とか「我慢する」という言葉はあまり使いたくありませんが、


それでも、ほんのちょっと「様子を見る」というスタンスで過ごす事で、いつの日か状況がコロッと変わる、という事はよくある話だからです。

だから、諦めないで、今、目の前にある自分のやるべき仕事を淡々とこなしていって欲しいなって私はとても思っています。

そして、noteには、同じように、違う状況や立場であっても、歯を食いしばって頑張って働いている福祉施設職員の仲間がたくさんいます。

私は、仲間と一緒に、頑張って福祉施設を支えていきたいです。


最後までお読み頂き、ありがとうございました!

いつもたくさんのスキ!コメントありがとうございます✨

本来なら、もっと細かな内容を書きたい所ではあるんですが、さすがにあまりに細かすぎると身バレしそうな気がしたので、内容までは書けませんでした。

実は、新年度に入り、noteを書こう!と思っても、ネタはたっくさんあるのに、「書けない!」という私にしては珍しく危機的状況にありましたが、

ふと頭に「天下りは二度と勘弁」という言葉が湧いてきて、ここまで書く事ができました(笑)

「書けない危機的状況」を体感した心境も、いつかnoteに書いてみようかな、と思います。(ってか実際には、まだ「書けない危機的状況にある」と言えるかもしれない 汗)

なんで書けなくなったのか、そこらへんも突き詰めて考えた私なりの結論も書いてみようかなって思ってますが、需要あるかしら?

興味ある方は、ぜひフォローして次の更新を楽しみに待っていてくださいね!



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