「あの人みたい」と言われた日のこと
「この作品、あの人みたいだね」。
そう言われた時の、あの苦笑いしかできない感じ。悪気がないのは分かっていても、心がずーんと重くなる。自分の輪郭をやんわり削られたような気がするのだ。
あれはきっと、誰かの影響がもう自分の一部になっているからだ。その影響を完全に抜け出すことなんて、もしかしたら一生ないのかもしれない。
でも影響を受けるということは、誰かや作品を心から好きになった証でもある。「こんなふうに作りたい」と願ったことがあるから、似てしまう。それって、愛しいことだ。
そもそも何を描いても、もう誰かがやっているのは当たり前だ。人類はずっと歩みを進めてきて、振り返れば歴史が積み重なっている。
けれどまったく同じ景色を見て、同じ素材を使っても、手の動かし方も呼吸のリズムも違う。だからこそ生まれる作品がある。
私は本業とは別にコラージュをしている。コラージュなんて、擦られまくった技法だ。
けれど、自分で描いたドローイングと、雑誌の断片、陶芸のパーツ、古道具。それらを組み合わせているうちに、自分らしいリズムみたいなものが、すこしずつ混ざっていった。
人と被らないことが目的じゃなかった。ただ、作りたかっただけだった。
それを思い出せたら、もう十分だと思う。
今日もまた、手を動かす理由はそれだけでいい。
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