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それでも私は手書きでnoteの記事を書く

どうやら私のnoteは、この記事で27日連続らしいです。

まあまあ継続してnoteを執筆させて貰っていますが。

最近の世の中ではAIの力はどんどん強くなり、noteの中でもAIで記事書いてると言う方や(悪いとは言わないむしろ良いとも思うが)AIが書いたか…?感がほんのちょっとだけあるような文章をたまに目にします。

そんな感じでnoteとAIの話をよく見かけたりする訳だけども。

一方の私は、それでもずっと手書きで記事を書いているし、これからもnote執筆に直接AIを使うことは(恐らく?)無いだろうと思います。

今日はそれについてのお話です。



私はただただ書き物がしたい

そもそも私がこのnoteを始めた理由として、

「自分の思うことを書いて外に出せる場所が欲しかった」
「ただただ書き物をしたくなった」

という所が強くあります。

なので「自分が書きたい」のです。
AIに書かせたら、それこそもう自分が書かなくなっちゃうから。
ただただそういう理由で、今日もこの文章を書きます。


しかし私も、別にAIの文章作成自体が嫌だとか言うつもりもありません。

かくいう私もnote以外の部分ではAIを使っています。
ていうか何なら(多分)これからまあまあAIを使ったり学んだりする側の人間になります。
(筆者はこの春から大学で情報学を学びます)

私もメールだったり他の文章を書く時にはたまにAIを使わせてもらっており、そちらの方では相当良いなと重宝していますが。

でもnoteの執筆は違うのだよ…!と思う訳なんです。
(自分の中では、の話です)

私はnoteで書き物をしたい。
noteで創作をしたい。

なので執筆に直にAIは使いません。
(執筆時のリサーチやその他には使ってます、というかGoogle先生が出してくれます。勿論ファクトチェックはするよ)



note株式会社様のミッションを自分なりに解釈した結果

いつもお世話になっているnote株式会社様では、そのミッションを以下のように掲げているそうです。

だれもが創作をはじめ、続けられるようにする。

と。

このミッションに基づいて考えると、やはり自分の中の最適解は、自分の手オンリーで書いていくことだと感じる訳です。

まあ「創作」の線引きも人それぞれだし、私自身他の人がAI使って執筆するのも普通に良いと思うし何なら凄いとまで感じますが。

自分が執筆をする時は、自分の頭で文章の構造と表現を考えて、自分の手で執筆する、という所までの「創作」をしたい。

と思う訳で。
そしてnote株式会社様のミッションから考えても、それは少なくとも間違いなく会社様の望む方式でもありそうだ、とも思っているので。

今日も私は手作業でこの文章を書きます。

くどいですが他の人がAIで文章を書くのは普通に良いし普通に凄いと思います。私はまだnote記事レベルの文章をAIに頼んで作れない、やろうとしてもどうしても自分らしさの無い文章になっちゃうもので…

あんなこと言っておきながらAI執筆試そうとしてるやん



創作系に関しては、AIが生まれても手作業の趣が廃ることはない(と信じている)

これに関しては、自分の中では期待、というか祈りでもありますが。

例えば絵について。
現在のAIは画像生成ができます。
得にこのnoteの中では、AI絵を多く目にします。
アイコンやヘッダーに使う人もいれば、AIアートとして投稿し活動される人もいます。
私もたまにAIアートを拝見します。あの人たち本当に凄い。

でも、AIで簡単に絵を作れるようになったからと言って、今までの手作業の絵や手作業の絵描き様方の意味が無くなったかと言うと、絶対にそんなことは無いはずです。
手動の絵描きの人は、変わらずめちゃくちゃ凄いはず。


このことが執筆にも言えると思う。

今やAIで執筆できるようになり、今後さらに本格的にかつ楽に書ける様になって、等のメリットが生まれるかも分かりませんが。

それでも今の私のような、手書きで文章を書く行い、またその文章が完全に無駄(ただただ非効率なだけ)になるかと言うと、絶対にそんなことは無いはず。

私たちの手書きの文章も、変わらず愛される。

AIの文章も良い。そして人力のも良い。

そんな環境になってくれる…はず……と信じています。




結び

これからも私は人力で文章を書いていきます。

たまに私の文章を見ると、ほんのちょっとだけAIっぽい所ももしかしたら無くもない(自分がそう思っている)ですが、執筆という執筆は100%自分の手で書いているし、これからもそうでしょう。

これからも人力で頑張ります。


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