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片岡義夫、プレスリー、ビートルズ、ディラン。

7月に、あいみょんのライブに行く。

その前に、片岡義男の『彼らを書く(bbp)』が届いた。

これ、ただの懐かしさじゃない。
自分の中の「ポップの流れ」を辿り直すタイミングやと思ってる。

若い頃、自分はずっととっくに解散してたビートルズばっかり聴いてた。

メロディも言葉も完成されてて、
「これがポップなんや」と思ってた。

あとから、エルヴィス・プレスリーの凄さも知った。

これは音楽というより、衝動の始まりやったんやと思う。 

片岡義夫のエッセイを読んで、そう感じた。

それと同時に、ボブ・ディラン。

映画『イージー・ライダー』とか、
当時はやりの雑誌、POPEYEで触れてた。

正直、難しかったけど、
「何かを言ってる」という感覚だけは残ってる。

あとから整理すると、この関係が面白い。

シンガーソングライター自体は昔からおった。
ディランみたいに、自分で作って自分で歌う人はいた。

でも、それはまだ“ちょっと硬派な文化”やった。

それを一気に変えたのが、ビートルズやと思う。

自分たちで作って
自分たちで演奏して
それがそのまま世界中でヒットする

これを当たり前にした。

つまり、

「自分で作って歌う」というスタイルを
大衆レベルに持ってきた

これがめちゃくちゃ大きい。

だから今のあいみょんも、

自分で作って
自分で歌って
それが普通に多くの人に届いてる

これ、全部その延長線上にある。

で、自分にとって重要なんは、ここに
片岡義夫が入ってくることや。

日系3世の彼の小説やエッセイって、

・空気
・時間
・距離感

そういうものを描いてる。

でもその奥にあったのは、

静かやけど、内側で何かが動いてる感じ
これって、

ディランの内面
ビートルズのポップ性

その両方に通じてる空気やと思う。

若い頃の自分は、それに憧れてた。

遠くにあるポップに触れてる感覚やった。

でも今は違う。

あいみょんの歌は、もっと近い。

コンビニ帰りとか、夜の部屋とか、
自分の生活の中にある。

それでも、

ちゃんと感情は動く
小さくても熱がある

たぶんこれが、今の自分の中のポップなんやと思う。

だから、ライブの前にこの本を読む。

懐かしむためじゃない。

自分の中のポップの流れを、もう一回確かめるため

遠くにあったものが、
ちゃんと自分の中に戻ってきてる。

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