どんな困難にも訪れる理由があって、乗り越えた先は幸せしかない。
こんにちは、さきです。
今日は、
「人生の辛いことは学びに変換せよ」
というお話です。
我が家の下の娘は、現在小1ですが、
今でも何かあるとイヤイヤすることが
多い子です。
イヤイヤ全盛期は2歳ころ、
当時はその度合いが本当にすごかった。
世の中のお母さんと同じように
私も心身ともに本当に追い詰められて
やってはいけないことだと思いつつ、
お風呂に入れないといけない時に
謎にずっとイヤイヤ泣きする娘に
これ以上泣き声を聞きたくなくて
顔にシャワーのお湯をかけて
しまったことがありました…
今考えると
本当に恐ろしいことをしてしまった
と猛省している反面、
もう思い出したくもないくらい
追い詰められてたなと。
最近こそ、延々と大声で
「イヤだ、イヤだー!!」と
絶叫されることはなくなりましたけど、
それでも何か気に入らないことがあると
理由を教えてくれないまま、ただただ
イヤイヤ泣きすることがあります。
以前の私は、いや今だって、
気持ちにゆとりがない時は
「なんで泣いてるの?」
「何がイヤなの?」
「言ってくれないと分からないよ!」
まだ言葉がつたない幼な子に向かって
感情をそのままぶつけてしまっていました。
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辛さの捉え方を変えることで
人生は好転していく。
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私が「在り方」を整える上で
学んだものがあります。
それは、「苦難福門」という言葉。
苦難は、生活の不自然さ、
心のゆがみの映った危険信号である。
そうした苦難の原因を改めたとき、
幸福・歓喜の世界がひらける。
結局は、物事の捉え方次第だし、
母親の心のゆとりの度合い次第
なんだなと。
どうでしょう、もし母が
めちゃくちゃ気持ちが整っていて
そばで子どもがギャン泣きしていたら。
きっと優しく声を
かけることができるんじゃないかな。
穏やかな気持ちで接してあげたら
そのうち子どもも落ち着いていくのでは
ないかなと。
家族が家族である意味というものは、
母である私が
子ども達と一緒に前に進んでいく
ということにある、と私は考えています。
その過程の中で、
何か大変なことがあったとしても
実はそれほど
大きな問題ではないんですよね。
と、理屈では分かっていたとしても
母も人間なので感情に揺さぶられる
ことだって多々あるんですけどね…
毎回失敗しては反省して…の繰り返し。
でも、例えそうだったとしても
家族がお互い向き合うことの大切さを
しっかり意識するのとしないとでは
これからの家族の進み方が違ってきます。
「こんなにイヤイヤするってことは、
それだけ外で頑張ってるってこと
なんだよね」
「家では可能な限り、甘えさせてあげよう」
泣きたいだけ泣かせてあげて
そのあとは「さっきはイヤだったね。」
「今日はよく頑張ったね」って
声をかけてあげる。
こういうふうに
捉え、行動していくことが
できるようになっていくことで
目の前で起こっていることが全て
親子の関係を築いていくためのヒントに
変わっていくのかもしれません。
1ミリずつ。
毎日いろんなものと戦いつつ、
一見ネガティブなことも
ポジティブに捉え方を変えていく。
そうやって、
母は強くなっていけるのだと思います。
さき
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