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浴衣姿を見送った夜に開いた文庫本

1.夏祭りのあとの静けさ
祭りの帰り道というものは、不思議なものだ。
あれほど賑やかだった通りも、少し歩けば急に静かになる。遠くで花火の最後の音が聞こえ、屋台の明かりも一つ、また一つと消えていく。
私は駅前のコンビニで缶ビールを一本だけ買い、ゆっくり家へ向かった。
今年も祭りには行った。とはいえ誰かと約束をしていたわけではない。夕方になって「少しだけ夏らしい空気を吸ってみよう」と思い立っただけだ。
浴衣姿の若い人たちが笑いながら歩いている。家族連れは子どもの手を引き、恋人同士は金魚すくいの袋をぶら下げている。
そんな光景を横目に歩いていると、自分まで少しだけ夏の一員になれた気がする。
それだけで十分だった。
祭り会場を離れようとしたとき、一人の女性が目に留まった。
紺色の浴衣に、小さな朝顔の模様。
駅へ向かう人波の中で、何度か立ち止まりながら誰かを待っているようだった。
ほどなくして一人の男性が駆け寄り、二人は笑顔になった。
その瞬間を見届けただけで、私は何となく満足してしまった。
もちろん名前も知らない。
二度と会うこともない。
それでも、その一瞬には夏らしい幸せが詰まっていた。
人の幸せというものは、不思議とこちらまで温かくしてくれる。
少しだけ胸がやさしくなり、そのまま駅とは反対方向へ歩き出した。
浴衣姿を見送るというのは、夏を見送ることにも少し似ている。
あと何回、この景色を見ることができるだろう。
そんなことを考える年齢になった。


2.冷えた一杯がほどく一日
家へ帰るころには汗が首筋を伝っていた。
冷房を入れ、シャワーを浴びる。
浴衣ではなく、いつもの部屋着。
祭りの余韻はそこで終わる。
冷蔵庫からグラスを取り出し、缶ビールをゆっくり注ぐ。
勢いよく立つ泡を眺めるだけで、今日という一日に区切りがつく。
最初の一口は、いつ飲んでも夏の夜がいちばんうまい。
祭りで飲むビールもいい。
けれど私は、家へ帰って静かに飲む一杯のほうが好きだ。
誰にも気を遣わず、テレビもつけず、窓の外から聞こえる虫の声だけを肴にする。
祭りの熱気が少しずつ身体から抜けていく。
酔いというより、安心が身体に広がっていくような感覚だ。
若い頃は祭りが終わると寂しかった。
今は違う。
静かな夜が待っていてくれることのありがたさを知っている。
ビールを半分ほど飲んだところで、本棚へ手を伸ばした。
背表紙を眺めていると、一冊の文庫本が自然と手に収まった。
読みかけでもない。
今日読もうと決めていたわけでもない。
それでも今夜は、この本しかないような気がした。
ページをめくる音は、夏祭りの喧騒とは正反対だ。
静かで、小さく、それでいて心を落ち着かせる音。
読書というのは、派手な出来事ではない。
けれど、一日の最後に自分を元の場所へ戻してくれる。
祭りでは誰もが少しだけ特別になる。
浴衣を着て、笑って、夜店を歩く。
でも家へ帰れば、みんなまた普段の自分に戻る。
その切り替えを手伝ってくれるのが、私には酒であり、本なのだ。
ページを追っているうちに、さっき見かけた浴衣姿の二人がふと思い出された。
あの二人も今ごろ帰宅し、「楽しかったね」と話しているのだろうか。
そんな想像をしても、もう少しも羨ましくはない。
人には人の夏があり、私には私の夏がある。
その違いを受け入れられるようになったことが、歳を重ねるということなのかもしれない。


3.夏は去っても、記憶は残る
窓の外では、祭り帰りの人たちの笑い声が少しずつ遠ざかっていく。
やがて町は普段どおりの夜になる。
蝉の声も、花火も、浴衣姿も、あと少しで今年は終わる。
それでも夏は、毎年必ず何かを置いていく。
冷えたビールの喉越し。
夜風の匂い。
人混みの熱気。
そして、名前も知らない誰かの笑顔。
そんな小さな記憶が、一冊の本のしおりのように人生へ挟まっていく。
だから私は、祭りの帰り道を嫌いになれない。
賑やかな時間そのものではなく、そのあとに訪れる静かな時間が好きなのだ。
グラスの最後の一口を飲み干し、文庫本を閉じる。
今年の夏も、またひとつ心の本棚へしまわれた。
そして私は明日もきっと、酒を片手に本を開くだろう。

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