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昼酒と公園読書

1.缶ビール一本で、世界の速度が変わる午後がある
休日の昼間、公園のベンチに座って缶ビールを開ける。それだけのことなのに、不思議と世界の流れがゆっくりになる日がある。
若い頃の昼酒は、どこか後ろめたかった。
「こんな時間から飲んでええんか」
そんな妙な罪悪感が、少しだけ酒をうまくした。
だが五十を過ぎた頃から、その感覚が変わった。今はもう、「昼に飲める日に飲まんで、いつ飲むねん」という開き直りのほうが近い。
とはいえ、居酒屋で昼酒をするのとは少し違う。今回の主役は、公園である。
ブランコがあって、砂場があって、犬を散歩させる人がいて、遠くで子どもの声がしている。そんな場所で、文庫本を開きながら酒を飲む。これが思っている以上に、ええ時間になる。
駅前の喫茶店で本を読むことはあっても、公園で読書する人は案外少ない。理由は簡単で、落ち着かないからだ。
風が吹く。ページがめくれる。子どもが走る。鳩が近づく。隣のベンチで缶コーヒーを飲む老人が妙にこちらを見てくる。静寂とは程遠い。
だが、その「ちょっとした雑音」が妙に心地いい日がある。
若い頃は、読書には集中が必要だと思っていた。静かな部屋。整った机。ちょうどいい照明。邪魔のない空間。
けれど歳を重ねると、人は少しずつ知る。本というのは、案外うるさい場所でも読める。いや、むしろ人生の雑音が少し混ざったほうが、文章が身体に入ってくることすらある。
公園という場所には、誰にも急かされない空気がある。ランニングしている人もいる。犬を連れた老夫婦もいる。遊具で遊ぶ親子もいる。
みんな、それぞれ別の時間を生きている。
その真ん中で、一人だけ本を読みながら酒を飲んでいるおっさんがいても、案外世界は気にしない。


2.スーパーの総菜が、やたらとうまい
昼酒と公園読書の日は、コンビニではなくスーパーへ寄りたくなる。
焼き鳥三本。ポテトサラダ。小さな唐揚げ。たまに、だし巻き玉子。
どれも特別なものではない。だが、公園で食うと妙にうまい。
たぶん、人間は「外で食う」というだけで少し幸せになる生き物なんやと思う。しかも昼間だ。
まだ夕方にもなっていない。世間は活動中で、自分だけ少し道草をしている。
その感覚が酒をやわらかくする。
昔、花見の季節になると、会社員たちが昼から桜の下で酒を飲んでいた。あれも結局、「今日は急がなくていい」という空気を飲んでいたんやろう。
酒の味というのは、肴だけでは決まらない。風の温度とか、芝生の匂いとか、隣のベンチの会話とか、遠くで聞こえる救急車の音とか。
そういう「どうでもいいもの」が混ざるほど、酒は記憶になる。
夜の酒は、疲れを流す酒だ。だが昼酒は少し違う。
まだ一日が終わっていないせいか、人間の本音が途中で顔を出す。
「最近、疲れてるな」
「このままでええんかな」
「若い頃、もっと違う人生を想像してたな」
そんなことを、公園のベンチでぼんやり考える。別に深刻ではない。むしろ、少し気持ちいい。
空を見ながら考える悩みは、部屋の中で抱える悩みより少し軽い。たぶん、人は天井ではなく空を見ると、自分を小さく感じるからやろう。
そこへ文庫本を開く。酒が少し入った頭で読む文章は、不思議と刺さる。酔っているから理解力は落ちているはずなのに、妙に一文だけ深く残ることがある。
「ああ、これやな」
そんなふうに、文章が急に自分の人生へ入り込んでくる瞬間がある。読書というより、会話に近い。本と酒は、そういう時間を作る。


3.公園には「一人の達人」が集まっている
昼間の公園を見ていると面白い。一人で将棋を並べている老人。缶コーヒーだけで二時間くらい座っている人。犬と延々しゃべっているおばちゃん。ベンチで昼寝している作業服のおっちゃん。
みんな、「一人時間」がうまい。
若い頃は、一人でいることに理由が必要だった。だが年齢を重ねると、人は少しずつ「ただ一人でいる」という技術を身につける。これが案外難しい。
スマホも見ず、誰かと話すでもなく、ただ風景を見ながら酒を飲む。
これは暇ではない。むしろ贅沢に近い。公園には、その贅沢を知っている人が集まっている。だから妙に居心地がいい。
誰も干渉しない。誰も評価しない。
ただ、それぞれが勝手に時間を過ごしている。酒飲みにとって、これはかなり重要な空気だ。
夕方前、公園を出る。まだ明るい。これが昼酒のええところだ。
夜酒は飲み終わったら一日が終わる。だが昼酒は、帰り道に余韻が残る。
商店街のコロッケの匂い。クリーニング屋の前の自転車。夕方のスーパーの値引きシール。
少し酔って歩くと、街の景色が柔らかく見える。別に人生が変わるわけではない。悩みも消えない。
だが、「まあ、今日はええ日やったな」くらいには思える。
それで十分なのだと思う。
大人になると、大事件よりも「ちょうどええ午後」が大事になる。昼酒と公園読書は、その「ちょうどええ」を作ってくれる。

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