小沢健二「流動体について」歌詞考察 なぜ世界地図ではなく、地下鉄の地図なのか
小沢健二さんの「流動体について」は、私にとって特別な一曲です。
この曲を聴くたびに感じるのは、巨大な包容力と肯定感です。
その中心にあるのが、私がこの曲で一番好きな言葉「地下鉄の地図」です。
羽田から始まる、人生への問い
曲の冒頭。
「羽田着き、街の灯が揺れる
東京に着くことが告げられると」
「僕たちはしばし窓の外を見る」
この数行だけで、主人公が置かれている場面が鮮明に浮かびます。
飛行機の窓から見える東京の街。夜の光。着陸を待つ穏やかな時間。
説明は多くないのに、一つの映画のワンシーンのような情景が広がります。
でも、この曲はここから単なる帰郷の歌では終わりません。
主人公は、ある問いを投げかけます。
「もしも間違いに気がつくことがなかったのなら
平行する世界の僕はどこら辺で暮らしてるのかな」
もし、あの時違う選択をしていたら。
もし、別の道を選んでいたら。
そんな「もう一人の自分」について考え始めます。
なぜこの地図は「地下鉄」の地図なのか?
私がこの歌で最も強く惹かれるのが、その後に出てくる言葉です。
「並行する世界の僕はどこら辺で暮らしてるのかな
広げた地下鉄の地図を隅まで見てみるけど」
この言い回しが、本当に面白いと思います。
もし別の人生を歩んだ自分を探すなら、普通なら世界地図や日本地図を想像するのではないでしょうか。冒頭、主人公は飛行機に乗っているので、広い世界を知っているはずですよね。
でも主人公が広げるのは、地下鉄の地図です。
地下鉄の地図が描く範囲は、とても狭いものです。
どれだけ隅々まで見ても、一つの街の中の限られた場所しか載っていません。
それなのに、主人公はその地図を見ています。
私はここに、この主人公の「もう一人の自分」への優しい視線を感じました。
もし違う選択をしていたとしても、その自分は遥か遠くの別世界にいるわけではない。
きっと、今いる場所から少し路線を外れたくらいの場所にいる。
人生は、一本の正解ルートから外れたら終わりなのではなく、いくつもの分岐を持ちながら続いていくものなのではないか。
「地下鉄の地図」というひと言が、人生そのものの見方を変えてくれるように感じます。
決意するだけで良い
そして、一番のサビの終わりに出てくる言葉。
「神の手の中にあるのなら
その時々にできることは
宇宙の中で良いことを決意するくらい」
ここにも、この曲の大きな包容力があります。
もし人生が、もっと大きな何かの流れの中にあるのだとしたら。
もし、どんな選択をしても最終的には同じ場所へ向かうのだとしたら。
人間は何もせずにただ運命に身を任せるだけで良いのでしょうか。
この曲は、「どうせ決まっているなら何をしてもいい」とは言いません。
その大きな流れの中で、自分にできること。
それは「良いことを決意する」こと。
私は、ここで良いことを「する」ではなく「決意する」と歌っているところが好きです。
良いことをしようとしても、いつも正しい結果になるとは限りません。
誰かのためを思った行動が、逆に傷つけてしまうこともある。良い人でありたいと思っていても、行動できない日もある。
だからこそ、「決意する」という言葉には、人間への大きな許しがあるように感じます。
完璧でなくてもいい。ただ、良い方向を向こうとする気持ちがあればいい。
その包容力に、私は何度も救われました。
決意は、どんな世界をつくるのか
そして、この曲はそこで終わりません。
「だけど、意志は言葉を変え
言葉は都市を変えていく」
という言葉が続きます。
神の手の中にある人間にできることは、宇宙の中で良いことを決意するくらい。
「だけど」その小さな意志は言葉を変える。言葉は人を変える。そして、人が変われば都市さえ変わっていく。
その都市は、計算されたように緻密で美しいものかもしれません。
「数学的 美的に炸裂する蜃気楼」というか歌詞がありますから。
「新たな都市への予感」を「蜃気楼」と表しているとも捉えられます。
小さな一人の決意が、やがて大きな世界の形を変えていく。
それこそが、「流動体」なのではないかと思います。
自由であるほど怖い「無限の海」
人生には無数の選択肢があります。でも、「無限の可能性」なんて言葉はやや綺麗すぎることがあります。
選択肢が多いことすなわち「無限の海」は、可能性と同時に怖さでもあるからです。
どの道が正しいのかわからない。
未来が見えない。
そんな不安も、人生にはあります。
でも、この曲は「怖くない」とは言いません。
「それほどの怖さはない」と歌います。
怖さはある。
でも、自分が良い方向へ進もうとする意思があれば、その怖さは少し和らぐ。
その感覚が、私にはとても大切でした。
未来の不確かさを包み込む、大きな肯定
未来のことを考えて、不安になることがあります。
あの時違う選択をしていたら。
これから選ぶ道は正しいのだろうか。
そんなことを考えてしまう時があります。
でも、この歌を聴くと少し安心します。
正解の人生を選び続けなければいけないのではない。どんな道を選んだとしても、その中で良い方向へ向かおうとすることが大切なのだとひたすら悩む自分を肯定してくれる。
地下鉄の地図に描かれるような、少し違っただけのもう一つの人生。
無限の海の前で感じる、少しの怖さ。
そのすべてを包み込んでくれるような、巨大な肯定感。
『流動体について』は、私にとって未来への不安を少しだけ軽くしてくれる、大切なお守りのような曲です。
