二周目の走り方
二十年ぶりの風景を前に
ファッションの話をしたいと思います。
僕も40代後半。服を選んできた時間はもう30年近く。そんな僕の目に、いま再び「既視感ある流行」が映っています。「Y2K」と呼ばれる1990年代後半から2000年代のテイスト。白T、デニム、ビッグシルエット、キラキラ素材、レトロフューチャーなキャラたち。全部、20年前に見た光景です。
たまごっちやクリームソーダ、固めプリン。懐かしさで片付けてしまうのは簡単ですが、いま20代の人たちには初めての風景で、むしろ新鮮に映る。流行は復刻ではなく「令和版」としてアップデートされるもの。でも「知ってる知ってる!」と昔のまま受け止めてしまうと、大怪我しかねない。そこが悩ましいところなのです。
二周目のジレンマ
いま40代・50代の皆さんならわかるでしょうか。「あ、エアマックスだ!」と懐かしさで手に取ってみる。けれど、スウェットパンツと合わせたら、ただの部屋着のお父さんに。
ダメージデニムや古着でグランジに寄せれば、昔のロック憧憬がよみがえる。けれど、シワの増えた顔と組み合わせたとき、それは弱々しさを強調する衣装にもなりかねない。
流行は渦のように螺旋を描きながら進化しているのに、そのまま真似すれば一周戻り。結果は「昔のまま」になってしまう。意識しすぎて何も選べなくなるのもつまらない。だからこそ最近の僕は、服を買うこと自体がひどく大変になっているのです。
二択の誘惑
売り場で一時間悩むことなんて日常茶飯事。大抵は、二つの方向で迷います。ひとつは、誰が見ても格好いい人気アイテム。機能的で着心地が良く、ヘビーローテーション確実の鉄板服。人から褒められる未来も見える。
もうひとつは、セールでも売れ残るようなクセ強アイテム。唯一無二で、デザイナーの思想が練り込まれた、メッセージ性の濃い服。価格も高くて、正直「横を歩きたくない」と言われそうな危うさもある。
普通に考えれば前者を選ぶのが正解。でも、僕の頭のなかでは「はみ出す勇気ある服を選ぶのも勇気だろう」という声が響いてくる。結果、「欲しくない方をあえて買う」という謎の飛び込みをやってしまうのです。変ですよね。
サイズの迷宮
アイテムが決まっても、次はサイズで悩む。体型に合うかだけでなく、どんな「スタイル」を羽織りたいかで選び方が変わる。Sが合うはずの身長でも、LやXLを選んでオーバーに着ることもある。僕のクローゼットには、SからXLまで揃っています。唯一基準がぶれないのは、靴のサイズくらいでしょうか。キャラ作りなのか、メンタルトレーニングなのか。意思とは少し異なる服を選んでしまうのもまた人間らしさ。でも根っこには、「かつてダサいとされて消えていったスタイルが、再び格好いいとされて戻ってきた」その既視感があるのです。価値観の迷子。二周目だからこそ、決められない。
服を買いに行く服がない
昔の広告に「服を買いに行く服がない。」というコピーがありました。2009年、西武百貨店のバーゲンのコピーです。悩むくらいなら気楽に服を手にしてみよう。そんなメッセージだったのかもしれません。
僕の最近はというと、
「服を買いに行く服がない。」
「服を買いに行っても、選ぶ勇気がない。」
「買った服を着て外に出る勇気もない。」
そういう堂々巡り。目立たない服を着るのも勇気。目立つ服を着るのも勇気。結局、お洋服は無駄や矛盾を含んでいて、人間臭さにあふれている。だからこそ惹かれるのです。
流行は何周しても、服はあくまで装飾。道具としての進化はそこまでなく、ぐるぐる回り続ける。だからこそ「人間の歴史と同じだな」と思えて、面白い。
三周目を夢見ながら
僕も健康で生きていれば、やがて三周目を迎えるでしょう。そのとき、また白Tを前にモヤモヤしているのかもしれない。バック・トゥ・ザ・フューチャーな気分を抱えながら、服選びの迷宮を今日もぐるぐるしています。
あなたは最近、服選びにチャレンジしていますか?
