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強迫性障害の子どもに、家族は何をしてはいけなかったのか― 父親として後悔している3つのこと

はじめに

この記事は、専門家の解説ではありません。
強迫性障害の正しい治し方を教えるものでもありません。

これは、
息子の異変を前にして、何も分からなかった父親が、
良かれと思ってやってしまい、あとから深く後悔したことを、
正直に書いた記録です。

もし今、
子どもの前で立ち尽くしている方がいたら、
過去の私の失敗が、少しでも参考になればと思い、書いています。



後悔① 「ずる休みはするな」と言ってしまったこと

あれは、朝でした。

登校前。
ユウは部屋の中で、制服も着ないまま立ち尽くしていました。

「どうした?」と聞いても、
困ったような表情を浮かべるだけで、何も言いません。

今思えば、
あれは助けを求めていた表情だったのだと思います。

でも当時の私は、その沈黙をどう受け取ればいいか分かりませんでした。
焦りの方が先に出てしまったのです。

「ずる休みはするな」
「行けるだろ」

口から出た言葉は、それでした。

正直に言うと、
私はユウがサボっていると思っていたわけではありません。

ただ、
「ここで休ませたら、この先もっと行けなくなる」
そんな不安に押しつぶされそうだったのです。

でも今なら、はっきり分かります。

ずるしていたわけではありません。
本当につらかっただけでした。

あの朝の言葉は、
ユウの苦しさを否定する言葉だったのだと思います。

ただ元気が出るまで寄り添ってあげられれば良かったな~と、今では思います。
でも当時の私はそれを受け止める心の器がありませんでした。


後悔② 理由を説明させようとしたこと

強迫性障害という言葉すら知らなかった頃、
私は「一緒に解決策を考えたい」と、本気で思っていました。

だから、聞いてしまったのです。

「どうしてそう思うんだ?」
「何が怖いんだ?」
「理由を言ってみろ」

説明できれば整理できる。
整理できれば楽になる。

当時は、そう信じていました。

でも、これは
最もやってはいけなかった対応でした。

後から知ったのですが、
強迫性障害の苦しさは、言葉にしようとすればするほど、
かえって混乱が増すことがあります。

本人ですら、理由をうまく説明できない。
理由そのものが、最初から分かっていない場合も多いのです。

それなのに私は、
「分からない」を許せませんでした。

説明を求めるたびに、
ユウの表情は少しずつ曇っていきました。

分からないことを、分からないままにしておく時間が、
本当は必要だったのだと思います。

後悔③ 「そんなこと考えなきゃいい」と言ってしまったこと

これは、今でも胸が痛む言葉です。

「そんなこと考えなきゃいいんだよ」
「暇だから余計なことを考えるんだよ」

私は、前向きなアドバイスのつもりでした。

でもそれは、
火事の中にいる人に「気にするな」と言うようなものでした。

考えないようにできるなら、
とっくにそうしているはずです。

考えたくなくても、
勝手に浮かんでくるから苦しい。

それが、強迫性障害でした。

後から知って、
言葉を失いました。

今なら、こう思います

当時の私は、冷たかったわけではありません。
無関心だったわけでもありません。

ただ、
知らなかった。
想像できなかった。

それだけでした。

でも、「知らなかった」では済まされない言葉を、
私は確かに息子に向けてしまいました。

もし、過去の自分に一つだけ伝えるなら

これだけは、はっきり言えます。

「そんなこと考えなきゃいい」
この言葉だけは、絶対に言うな。

代わりに、
答えがなくても、こう言えばよかったのだと思います。

「分からなくていい」
「今はつらいんだな」
「ここに一緒にいる」

それだけで、
孤独は少し減ったはずだからです。

最後に

子どもが動けないとき、
親はどうしても「理由」や「解決」を探してしまいます。

でも、
理由が分からない苦しみもあります。
解決より、理解が先に必要な時間もあります。

もし今、
子どもの前で立ち尽くしている方がいたら。

あなたが悪いわけではありません。
ただ、知らないだけかもしれません。

私も、そうでした。

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