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強迫性障害を調べて初めて知ったこと

強迫性障害を調べて初めて知ったこと

―「気にしすぎ」ではなかった


はじめに

強迫性障害という言葉を、私は知りませんでした。

ユウがドアの前で立ち止まり、
ぶつぶつと何かを言い続けるようになるまで。

最初は、癖だと思いました。
次は、性格だと思いました。
その次は、ストレスだと思いました。

そして最後に、
ようやく検索窓に打ち込んだ言葉がありました。

「呪文を唱えるような行動 やめられない」

そこで出てきた言葉。

“強迫観念にとらわれた儀式行為”

その瞬間、心臓が止まりそうになりました。

「これだ」

そう思いました。

同時に、「どうして今まで知らなかったんだ」と、
強い後悔が押し寄せました。


強迫性障害とは何か

強迫性障害(OCD)は、頭の中に繰り返し浮かぶ不安(強迫観念)
その不安を打ち消すための行動(強迫行為)が止められなくなる病気です。

大事なのは、

本人も「おかしい」と分かっていることが多い

という点です。

ユウも言っていました。

「こんなこと意味ないって分かってる」
「自分でもこんなの変だと思っている」
「友達にも変に思われてるんじゃないか」

自分でもわかってる、でも、止められない。

止めようとすると、不安が爆発する。


「不安は確実さを求めるほど強くなる」

本を読み漁る中で、
ある一文が胸に刺さりました。

「不安は“確実さ”を求めるほど強くなる。」

ユウは真面目な性格です。

「ちゃんとしなきゃ」
「間違えちゃいけない」

そう思うほど、不安は膨らむ。

ドアを1回閉めるだけでは足りない。
3回、5回、10回。

“確実”にしないと落ち着かない。でも、確実さなんてどこにもない。
だから儀式が増えていく。

この構造を知ったとき、
私は初めてユウの中で起きていたことが理解できました。


初期症状を、私は見誤っていました

はっきり症状が見えるまで、約1年かかりました。
でも振り返ると、サインはもっと前からありました。

ユウはよく言っていました。

「夜、不安が襲ってくる」
「黒い雲に覆われる感じがする」

私は言いました。

「怖い映画とか見すぎなんじゃないか?」
「グロいアニメはやめとけよ」

完全に的外れでした。

不安は映像のせいじゃなかった。
脳の中で起きていることだったのです。


一緒に寝てほしい、と言われた夜

中学生になってからも、

「怖いから一緒に寝て」

と言われることが何度もありました。

私は一緒に寝ました。

でも正直に言います。

ぶつぶつ文句を言いながら、
「仕方ないな」という気持ちで横になったこともあります。

今思うと、胸が痛みます。

あの時、
もっと優しく寄り添えたはずです。

ユウは甘えていたわけではありません。

“安心”が欲しかっただけだったのです。

強迫性障害の根っこには、
強烈な不安があります。

あの時のユウは、
黒い雲に飲み込まれそうになっていたのだと思います。

今思えば親お頼って甘えてきた時くらい思いっきり甘えさせてあげたらよかったな~と思います。大人になったらそんな事なくなるわけですから健気に甘えてくれる時期をもっと大切にすればよかったです。


私が一番後悔していること

それは、

「強迫性障害」という病気を知らなかったこと

です。

知識があれば、
もっと早く対処できたかもしれない。

ひどくなる前に、
病院に繋げられたかもしれない。

私は、
はっきり分かるまで1年かかりました。

その1年は、
ユウにとってあまりにも長かったと思います。


本人は「病気」と理解していたのか?

正直に言えば、

ユウが自分から
「これは強迫性障害だ」と理解したわけではありません。

私が調べて、説明しました。

「おかしくないよ」
「それは病気なんだよ」
「治療すればよくなるんだよ」

私は必死でした。

病院に連れていくために。

でも、あの時一番救われたのは、
実は私自身だったのかもしれません。

“意味が分からない恐怖”が
“名前のある病気”に変わった瞬間、
暗闇に少し光が差しました。


家族がやりがちな、間違った対応

私がやってしまったことを正直に書きます。

〇理由をしつこく説明させようとする
「そんなこと考えなきゃいい」と言う
「暇だから余計なことを考える」と言う
「ずる休みはするな」と言う

どれも、悪気はありませんでした。
でも、強迫性障害にとっては逆効果でした。

強迫性障害は、

理屈で止められるものではありません。

必要なのは、安心・理解・専門的なサポートでした。


最後に

ユウは今、少しずつ前に進んでいます。

あの黒い雲に覆われていた夜があったからこそ、
今の穏やかな時間が、どれほど尊いか分かります。

私は専門家ではありません。

でも、無知だった父親として言えることがあります。

知らないことは、罪ではありません。

でも、知ろうとしないことは、遠回りを生むかもしれません。

あの時の私のように。

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