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冒険の書は、まだ途中


俺には、忘れもしない旅がある──


俺が失意のどん底にいたとき、久しぶりに前の勤務先で仲良くしていた先輩に会うことになった。


「よっ」

久しぶりに会う先輩は以前と変わらず、明るく接してくれた。そんな先輩に甘えて、最近落ち込んでいることをいろいろと話した。


「……それは大変だったな。そうだ。今週末、一緒にスライム倒しに行かね?」

「……どういうことですか?」

「淡路島に “ニジゲンノモリ” っていうのがあるんだよ。ドラクエの世界を歩けるんだって」

失意の俺を見て、元気づけようと旅を計画してくれたらしい。

今まで奢ってくれたことなんてないケチな先輩が、全額もってくれるとのこと。ドッキリじゃないかと疑ったほどだ。


 * *


週末になり、朝早く京都駅に集合した。向かう先は、兵庫県の淡路島。京都駅八条口から高速バスに乗っていく。

「佐香、どうせ最近あんまり寝てないんだろ」

図星だった。バスに乗り込むと、俺はすぐに窓際の席に身を沈めた。

エンジンの音、微かな揺れ。バスがゆっくりと京都の街を離れていく。大阪に入ったあたりで、先輩がぼそっと言った。

「失敗ぐらいで人生終わらないよ。ドラクエだって最初はスライムに負けるんだから」

くだらない例えのはずなのに、不思議と心に響いた。

名神高速から神戸を抜けると、目の前に海が広がった。明石海峡大橋が、朝日を浴びて輝いている。橋を渡る瞬間、胸の奥が少しだけ軽くなった気がした。


そうして、あっという間に到着。高速バスを降りると、そこは淡路島だった。まったく淡路島に着いた実感はないけれど、確かに淡路島らしい。潮と草の匂いが混ざった空気が出迎えてくれた。

それから “ニジゲンノモリ” に向かうためのバスを探したが、いっこうに見当たらない。

同じく旅をしているらしい女子大生っぽい集団がいたので声をかけるが、「わからない」という返答がきた。地元の人っぽい人にも聞いたけれど、「そんなところは知らない」と返事がきた。大丈夫なのかこれ。

結局、バス停は見つかったものの、なぜか書いてある時間にバスは来ず、1時間近く待ってようやく来たバスに乗車した。


『次は、ニジゲンノモリ〜』

ようやく、“ニジゲンノモリ” に到着した。地元民が「知らない」というから、名前の通り二次元にしか存在しないのかと思ったが、三次元にちゃんと存在していた。


「行くぞ、勇者さま」

先輩に連れられて向かった先には、「ドラゴンクエスト アイランド」と書かれた看板があった。入場口の前で、スタッフから冒険の書を手渡される。本当に冒険が始まるみたいで、わくわくした。

エリアの中は、まるでゲームの中そのものだった。石畳の道、城門、村の井戸、そして遠くにそびえる魔王城。スライムやドラキーの像があって、BGMが流れるたびに子どものころの記憶が蘇る。


「けっこうリアルだなあ」

いつのまにかスライムのカチューシャをつけていた先輩が言う。実は、俺と先輩は一緒にドラクエのゲームをする仲でもあるから、ドラクエの中にいるようなこの空間に一緒にいられたのは嬉しかった。


途中の森で、小さな仕掛けを解きながら進む。

「お、こっちにスイッチあるぞ!」
「先輩、それ罠っぽいです」
「押す!」
「ダメですって!」

こんなくだらない話をしながら笑い合う。こうして笑うのって、いつぶりだろう。冒険が進むに連れ、胸の奥にこびりついていた黒いものが少し溶けていく気がした。


最終エリアでは、巨大な映像のドラゴンと戦う演出があった。光と音の中で剣を構える。子どもたちに混ざって笑いながら、いつのまにか本気になっていた。

戦いが終わると、スタッフが「冒険はここまでです」と告げた。エリアを出るとき、空が少しだけ眩しく見えた。


冒険が終わり、バスターミナルでご飯を食べる。「淡路島といえばタマネギっしょ」ということで、タマネギが丸ごと入ったカレーを注文した。


「なあ、少しスッキリしたか?」

ご飯を食べながら、先輩が俺に尋ねる。

「……はい。なんか、リセットされた感じです」

「そうか」

そう言って先輩は笑った。ふと目をやると、最初にもらった冒険の書のページが目に入った。そこに書かれた「冒険の記録をつづけますか?」の文字が、やけに胸に残った。


俺、この旅のことは絶対忘れないんだろうな。

そんなことを考えながら、帰りのバスに乗った。必要以上のことは聞いてこず、静かに俺に寄り添ってくれる先輩は、本当にかっこよかった。

バスが動き出すとともに、俺の人生もまた動き出した気がした。




『このバスは、岡山行きです〜』



あれ、このバス逆に向かってない?


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