当たり前の毎日が、実は全然当たり前じゃなかった話
今日は夫がいない。
年に数回、ゴルフ仲間と泊まりがけで出かける。今日がその日だった。
一人暮らしが長かった。一人の時間が好きで、一人でいることが苦じゃなかった。だれにも邪魔されない時間、自分だけのペースで過ごせる夜。それがすごく好きだった。
結婚してからも、夫がいない夜は正直ちょっと嬉しかった。楽だし、落ち着く。必要な時間だと思っていた。
でも今日は、なんだかシンとしすぎている。
いつもの夜はこうだ。
夫が寝ているのを確認して、こっそりパソコンを開く。音を立てないように、こそこそ動画を見たり、noteを書いたりする。起こさないように気をつけながら、そっとベッドに潜り込む瞬間が好きだ。夫の寝息が聞こえる。気配がある。それだけで、なんとなく安心する。
今日はその気配がない。
部屋がシンとしている。物音がしない。静かすぎる。
一人の時間が好きなはずなのに、今日の静けさはちょっと違う。好きな静けさじゃなくて、ただ静かなだけの夜だ。
寂しい、と思った。
もう新婚でもないのに。何年も一緒にいるのに。今さら何を、と自分でも思う。でも寂しい。つまらない。
話す相手がいない。くだらないことで笑い合う相手がいない。怒る相手もいない。毎日当たり前のようにそこにいた人が、いない。それだけのことなのに、今日は妙に長く感じる。
当たり前って、気づきにくい。
毎日いるから、いて当然になる。いて当然だから、ありがたみを忘れる。いなくなって初めて、ああいたんだなと気づく。わかってはいたけど、今日みたいな夜に改めて実感する。
明日、夫が帰ってくる。
いつもなら「おかえり」と言って、それだけで終わる。でも明日は、少し優しくしてみようと思っている。
理由は言わなくていい。ただ、少しだけ優しくする。
一人の夜が教えてくれたことを、言葉にしなくても伝えられたらいい。
今日みたいな夜があるから、明日の「おかえり」がいつもより少しあたたかくなる。そういうことなのかもしれない。
