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宮中祭祀を廃止せよ?── 間違いだらけの原武史論文(2008年04月15日)


 月刊「現代」5月号が「危機の平成皇室」を特集しています。特集はノンフィクション作家・保阪正康氏の「父と子『宿命の相克』」と原武史・明治学院大学教授の「皇太子一家『新しい神話づくり』の始まり」の2本の論攷からなっています。

『大正天皇』『昭和天皇』の著作で知られる原教授の論攷には、「宮中祭祀の廃止も検討すべき時がきた」というセンセーショナルなサブタイトルがついています。天皇は祭り主であり、祭祀こそ天皇第一のお務めであるという伝統的な考え方に、真っ向から挑戦する、じつに挑発的な論攷です。


 けれども、その内容は、といえば、間違いだらけで、どうしてこのような論攷を著名な出版社が取り上げるのか、首をかしげたくなるほどです。


▽1 現天皇の思い入れ?

 原教授の論攷のポイントは、以下の6点にあろうかと思います。

1、宮中祭祀について、現天皇は皇后とともに熱心で、思い入れは並々ならぬものがある。古希を過ぎても代拝をさせない点で、昭和天皇を上回っている。

2、昭和天皇は、高齢を理由とする祭祀の簡略化に、いいがたい不安を覚えていた。天皇が肉体的・精神的に過酷な祭祀を乗り越えることで、祈りは神に通じるという考えを持つ人々もいた。

3、しかし21世紀において、きびしい祭祀を遂行・貫徹できる人間がコンスタントに育成できるか。現天皇も祭祀を疎かにすることによる災いを恐れているとも考えられるが、皇太子・皇太子妃はどうか。

4、1960年代までは日本は農村社会で宮中祭祀は国民にとって大きな意味があったが、農耕儀礼は形骸化し、新聞は祭祀を報道しなくなっていった。皇室無関心層は広がっており、いっそ祭祀の根本的見直しという選択肢もあり得る。

5、宮中祭祀の大部分は明治以降に作られたもので、いまの祭祀をなくしたとしても明治以前にもどるだけである。危機的な状況にある皇室なら、思い切って祭祀をなくしてしまうぐらいのことを考える必要がある。

6、祭祀に代わって、新しい「神話」づくりを皇太子夫妻は模索しなければならない。それはネットカフェ難民などの「救済」である。祭祀よりもっとダイレクトに社会につながっていく方法があるのではないか。皇太子夫妻がみずから下りていき、格差社会の救世主になることができれば、皇室に対する関心を広げることができる。


▽2 天皇とは歴史的存在である

 原教授の勘違いは大きく分ければ2点です。1点は、天皇、皇位、祭祀とは何か、という、皇室ジャーナリズムおよび皇室研究者にとってもっとも根本的な理解。もう1点は、近現代史についての歴史家としての基本的な理解です。

 まず1点目の勘違いについて申し上げます。

 教授は「現天皇は皇后とともに祭祀に熱心だ」と書いていますが、いうまでもなく、天皇という存在はいわゆる「上御一人」であって、両陛下お二方で皇位を継承されているのではありません。皇位にあるのは天皇お一人です。

 したがって、両陛下がお二方で祭祀にどう取り組まれているか、あるいは皇太子・同妃両殿下がお二方で「新しい神話」をどう模索されるか、という発想は意味のないことでしょう。

 祭祀を行う祭り主はあくまで天皇お一人なのです。戦前の皇室祭祀令はそのことをじつに正確に「大祭は、天皇が、皇族および官僚を率いて、みずから祭典を行う」というように表現しています。戦後も同様に、祭祀の主体は天皇であり、両陛下ではありません。

 陛下が「祭祀に熱心」という表現も意味のないことでしょう。

 皇位は記紀神話に描かれた皇祖の神勅に淵源を発し、その神意に基づきます。したがって、祭祀の厳修はいま現に皇位にある天皇個人の意向に左右されるべきものではありません。祭祀は皇室の伝統であり、「およそ宮中の作法は神事を先にす」(順徳天皇「禁秘抄」)という祭祀最優先の考えもまた皇室の伝統です。

 教授の文章から浮かび上がってくる「天皇」は、いま皇位を継承している、肉体を持った1人の人間を意味しているようです。ジャーナリズムやアカデミズムが天皇個人に焦点を当てるのは理解できますが、天皇とは個人ではなく歴史的存在なのです。


▽3 祭祀の実態をご存じない

 実態論としてみた場合、教授が主張するように、皇后陛下がとくに祭祀に「熱心」ということもあり得ないでしょう。

 教授は「熱心さ」の根拠として、新嘗祭をのぞく大祭に「出席」し、孝明天皇例祭など多くの小祭に「天皇といっしょに出席」している、などと書いていますが、議論としてまったく誤りです。

 まずそもそも「出席」という表現がおかしい。

 天皇は、大祭はみずから祭りを行い、御告文を奏上します。小祭は掌典長が祭典を奉仕し、天皇は拝礼を行います。これに対して、皇后が行うのは拝礼であり、「いっしょに出席」はあり得ません。

 皇后がお出ましになる祭典も決まっています。「熱心」だからといって、勝手に拝礼することはあり得ないのです。

 さらに「天皇は1日の旬祭(しゅんさい)に欠かさず出席している」と、さもそのことが熱心さの表れであるかのように記述していますが、これも誤りです。

 旬祭は平安中期に始まり、皇室祭祀令では元日の旬祭は小祭とされ、そのほか毎月1日は天皇が親拝になることとされました。教授は祭祀の実態をご存じないまま、祭祀を論じているようです。

 教授はまた、昭和天皇の晩年、宮中祭祀が簡略化され、御告文の「朗読」が省略された、椅子が使用された、と書いていますが、逆に、朗々たる奏上の声が外にまで聞こえたという証言さえあります。

 このように、原教授の論攷は、基本的な理解がかなりあやふやです。


▽4 祭祀への偏見、祭りへの無理解

 祭祀廃止を提言する原教授の勘違いは、何に由来するのか、おそらくそれは、祭祀に関する偏見です。

 つまり、宮中祭祀は天皇にとって肉体的にも精神的にも負担が大きい。そして「天皇自身がもっともつらい過程を乗り越えることで、祈りは神に通じるという考え方を持つ人がいた」と一面的に考えていることです。

 これではまるで、天皇の祭祀があたかもキリストの受難のように聞こえてきます。

 たしかに晩秋の深々と冷える夜間、長時間にわたって行われる新嘗祭をはじめとして、宮中祭祀は激務です。しかし半面、この祭祀こそ生命力の源なのです。教授はこのもっとも重要な祭祀の本質を見落としています。

 その本質は全国津々浦々の祭りに共通します。

 たとえば、もう10年前になりますが、私が取材した長野県天龍村では、夜を徹して「湯立て神楽」が行われていました。徹夜が3日続く祭りでしたが、過疎の村で若者がいない。このため、「体力勝負」といわれるお祭りを、古老たちが奉仕するのですが、じつに面白いことに、「70、80の年寄りが嬉々として祭りをやる」というのです。

 神楽は、神霊を体内にしずめ、衰えた生命力の復活を図る「鎮魂の神事」といわれますが、祭りには実際、生命力を復活させる力があるのでしょう。それが日本の祭りです。

 教授はそうした日本の祭りを体験したことがないのではありませんか。

 教授は宮中祭祀の大部分は明治以降の創作だと指摘します。だから、祭祀を全廃したとしても、明治以前にもどるだけだと主張するのですが、これも一面的な歴史理解です。

 宮中祭祀に詳しい八束清貫によれば、たしかに皇室祭祀令以前、大祭級では神嘗祭、新嘗祭以外は維新後に始まったとされます。

 けれども、たとえば天長祭は明治元年に創始されたのが始まりですが、その起源は宝亀6(775)年の光仁天皇の勅語に求められるといいます。明治の宮中祭祀は、大宝令、貞観儀式、延喜式などを継承し、近代成文法として整備されたと理解すべきであって、でっち上げや創作ではありません。


▽5 天皇は「救い主」ではない

 もうこれ以上、論攷の誤りを指摘することは、今号ではやめますが、最後に一点だけ申し上げます。

 結論として原教授は、皇室についての国民の関心が低くなっていることを憂え、「明治以降に作られた」宮中祭祀、形骸化し、有効でなくなった祭祀ではなく、「新たな神話」を作り出し、格差社会の救世主になれるのなら、皇室への関心が広がると訴えていますが、これもまったく無意味です。

 天皇は公正無私なる祭り主です。すべての民をわが赤子と思い、祈られるのが天皇です。たしかに格差社会は深刻な問題でしょうが、天皇の祈りは特定の個人、特定の集団、特定の社会階層のためにあるのではありません。天皇の祈りは物質的に恵まれない人にも、そうでない人にも捧げられています。そしてその祈りは、人が見ないところで行われているというのが重要です。

 教授は、「皇太子夫妻が格差社会の救世主になれれば」と述べていますが、天皇は現実社会の救い主ではありません。天皇は祭り主であって、天皇の祈りを実現するのは私たち国民の仕事です。

 教授は昭和天皇の御不例報道に関わった経験をお持ちのようですが、大新聞の記者として恵まれた取材環境にあって、どのような取材をなさってきたのでしょうか。ジャーナリズムおよびアカデミズムのいっそうの奮起を願わずにはいられません。教授の論攷は皇室に対する関心を広げるどころか、無用の誤解を増大させるだけです。皇室が危機にあるとして、その危機を克服するのはむろん天皇の無私なる祈りであって、祭祀の廃止ではあり得ません。

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斎藤吉久 SNS上にさまざまな情報が氾濫し、情報はタダだと勘違いしている方が多い時代に抵抗し、良質な情報を流通させるために奮闘しています。問題意識を共有してくださる方、ご協力くださる方を探しています