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​【1/3】生死を彷徨ったサラリーマンの告白――自分もまた「搾取の構造」を守る部品だった


プロローグ:ベッドの上で思い出したこと

​死にかけたとき、不思議なことに私は「給与明細」のことを考えていた。

​なぜあの数字を思い出したのか、自分でも分からない。ただ、病院のベッドで天井をぼんやりと見上げながら、毎月給与から消えていく「控除額」の合計を暗算していた。そして気づいたのだ。私はこれまで一度も、あの金の本当の行き先を、本気で考えたことがなかったと。

​生死を彷徨った体験の詳細は別の記事に譲る。ここで書きたいのは、生き返った後に気づいた「もっと不快な事実」の方だ。

​私は20年間、搾取される側にいた。しかし同時に、その狂った構造を「温存する側」にもいたのだ。


第1章:加担していた側の告白

​現場の最前線で20年働いてきた。その間、何度も「おかしい」と思う場面があった。

​現場に予算が届く頃には、なぜか理由もなく目減りしている。若手の革新的なアイデアは「前例がない」の一言でゴミ箱へ直行する。優秀な人間ほど心を病んで潰され、波風を立てない凡庸な人間だけが、ふんぞり返って椅子に座り続ける。

​全部、見てきた。そして私は全部、黙って見ていた。

​「自分には関係ない」「逆らっても無駄だ」「家族がいるから」——言い訳なら無限に出てくる。だが正直に言おう。その構造の中で黙って給与をもらい続けることで、私自身がその「延命装置」の部品になり下がっていた。私は搾取される被害者を演じながら、腐敗した構造を守る共犯者だった。

​死にかけて初めて、そのグロテスクな矛盾を直視できたのだ。


第2章:「人を大事にする」とはどういうことか

​かつての日本には、全然違う景色があった。

​1929年、世界恐慌が日本を直撃した際、松下電器は大量の在庫を抱え経営危機に陥った。幹部たちは「この危機を乗り切るには従業員を半減するしかない」と進言したが、病床の松下幸之助はこう答えた。「工場は半日勤務にして生産を半減する。しかし、従業員は一人も解雇してはならない。給与も全額支給する」と。彼の口癖である「企業は人なり」は、単なるきれいごとではなく、血を流した現場から導き出した確信だった。

​本田宗一郎も同じ景色を見ていた人間だ。

​1973年、65歳で社長を退いた宗一郎は、その後2年かけて世界中の工場を作業着で歩き回った。「地味にやっている人たちがあればこそ、何とかなる」というのが彼の信念だった。引退のきっかけも印象的だ。ある若いエンジニアが低公害エンジンの開発を直談判してきたとき、宗一郎は「いつの間にか自分の発想は企業本位になっていた。自分は退き、育ってきた彼らに任せたほうがいい」と語り、現場の声で自分の限界を認め、潔く椅子を手放した。

​では、現代の権力層はどうか。彼らの多くは、先人たちが苦労して築いた「集金システム」に無賃乗車しているだけの「維持管理屋」に過ぎない。自分でゼロから仕組みを作った経験がないから、少しでも変わることを極端に恐れる。彼らにとって変化とは「改善」ではなく「既得権益の喪失」だからだ。

​人を育てた者は去り、人を消費する者が居座る。この逆転こそが、組織の腐敗の正体である。


第3章:「スレイブ・ナカムラ」と「1万円の天才」

​人材の軽視がどこへ行き着くか。現代の日本が生んだ、二つの象徴的な話がある。

​一人は中村修二氏。長年「不可能」とされてきた青色LEDの開発に挑み続け、世界初の実用化を成し遂げた。会社はこの発明で数千億円規模の市場を生み出したが、彼に支払われた報奨金は計2万円だった。この話を聞いたアメリカの研究者仲間は絶句し、彼を「スレイブ(奴隷)・ナカムラ」と呼んだという。後にノーベル賞を受賞した彼の原動力は「怒り」であり、彼はすでに日本を捨てていた。

​もう一人は田中耕一氏。タンパク質を壊さずにイオン化する技術を発見し、民間企業のサラリーマンとして世界初のノーベル化学賞を受賞した。しかし、会社からの特許報酬は約1万1千円だった。彼は中村氏とは真逆で「仕事が面白いかどうかが重要で、満足している」と笑った。

​どちらの生き方が正しいか、という話ではない。問われているのは、世界最高峰の発明をしたどちらの天才に対しても、この国が「1万円台の値札」しか付けられなかったという事実の方だ。

​この「人材の劣化」が、国を内側から腐らせている真犯人である。そして私は、その腐敗を20年間、黙って見ていた。


第4章:これは天才だけの話ではない

​中村修二と田中耕一の話は、特別な天才の悲劇として消費されがちだ。しかし、本当にそうだろうか。

​思い出してみてほしい。あなたの職場にも、かつてこういう人間がいなかったか。

​誰よりも現場を知り、問題が起きる前に気づき、改善案を出すたびに「前例がない」「上に通らない」と潰され続けた人間。彼らはある日突然「もう限界でした」と静かに辞めていく。そしてその空いた席に、何も生み出さないまま年功序列で上がってきた人間が座る。

​どんな業界でも、公的機関でも、同じ光景が日本中で同時進行している。優秀な人間が消え、「波風を立てない能力」だけが研ぎ澄まされた組織が残る。

​あなた自身はどうだろうか。

​5年前の自分と比べて、提案の数は増えただろうか。「どうせ通らない」と、アイデアを自分の中で握りつぶす動作が、もう無意識の習慣になっていないか。

​天才への2万円と、あなたが毎月受け取る給与明細の「天引き」は、構造として全く同じだ。個人が生み出した価値をシステムが吸い上げ、椅子に座った層が分配を決める。規模が違うだけで、やっていることは同じなのだ。

​最も恐ろしいのは、それに慣れた人間が、次の世代を潰す側に回ることだ。私自身、その自覚が薄いまま20年を過ごした。

​怒りや楽しさがあるうちはまだいい。本当に危ないのは、感情の電源が静かに落ち、「別にどうでもいい」という感覚だけが残った状態だ。


第5章:6%という数字が示す、国家規模の燃料切れ

​そして、これが一人の話ではないとしたら。

​世界の職場の現状を調べたレポートによると、日本の従業員エンゲージメント(仕事への熱意)はわずか6%に過ぎない。100人中94人が熱意を失い、ただ終業時間を待っているか、会社の不満を口にしている。この「燃料切れの人間たち」による機会損失は、年間86兆円にも上ると試算されている。国家予算に匹敵する額だ。

​これは決して個人の怠慢ではない。もともとは誰もが、入社した日には何かを持っていたはずだ。それが「前例がない」「時期じゃない」という壁に削られ続けた結果なのだ。

​一人ひとりの「どうでもいい」が積み重なると、国家規模の停滞になる。イノベーションは生まれず、優秀な人間から順番に海外へ出ていく。

​だから「一度壊すしかない」。それは制度の話だけではない。まず自分の中の「どうでもいい」を壊すところから始まる。

​その話は、次の記事で書く。


エピローグ:更地で、笑って会おう

​「一度壊すしかない」——。

​悲観でも、無責任な放り出しでもない。

​まず明日、自分の給与明細を「一円単位」で眺めてみてほしい。そこに並んだ控除額の合計が、あなたが奪還すべき「自由の対価」だ。そして「5年前の自分と比べて、提案の数が減っていないか」を、少しだけ考えてみてほしい。

​私はそれに気づくのに、20年の時間と、死にかける経験が必要だった。

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