「鷲崎健のヨルナイト×ヨルナイト」最終回
9年、聴き続けたラジオが終わった。
「鷲崎健のヨルナイトヨルナイト」という番組だ。
終わったことには何も言えない。
様々な都合や事情の結果だったのだろう。
だとしても、最後に残った感想は、泣きながらも「あー楽しかった」だったのが、本当に良いラジオだったんだなと思う。
こういった誰でも見える場にポエムを書き殴るのは個人的にとってもダサいと思っている方向のひねくれ者ではあるものの、もうそんなことを言っている年齢でもないので書きます。ダサくてもいい。今吐き出したい。
9年前、この「二番風呂」というラジオネームで投稿を始めたことで、俺のWEB上の人格は始まったわけです。
三角コーナーというラジオ界隈の辺境も辺境であるA&Gの「ヨルナイトヨルナイト」という番組への投稿から始まっているのです。
前身の番組時代から「三角コーナー」は聴いていたものの、投稿を始めたのはヨルナイトになってから。
会社の先輩の「朝風呂」さんに誘われて始めた音源投稿を、まさか9年もやることになるとは全く予想もしていませんでした。
火曜ヨルナイトの「三角コーナー」は、リスナーがお題に則った音源を送るコーナーで、我々は「水風呂」というラジオネームでユニットとして音源を投稿していました。
いろんな人が言っているけど、何者でもない我々が「何者かであったか」のように錯覚させてくれるコーナーでした。
最初に跳ねたご当地ソング音源の「邪馬台国ブルース」は、多分俺の中では生涯の代表作だと思います。
ラジオという媒体がそもそも辺境にもかかわらず、さらに辺境のA&Gという環境に音源を送っていたのは、ただ単純に鷲崎健さんという人間に面白がってもらいたい、という一心だけだったと思います。
奇しくも、中学生・高校生時代に「面白い」の基準を伊集院光に作られた伊集院チルドレンの我々が鷲崎さんに辿り着くのは必然であったのかもしれません。
火曜アシスタントの沢口けいこさん。
深夜ラジオと声優ラジオにしか興味が無かった人間が、アイドルとしてのprediaのライブに行くくらいに魅力的な人でした。
ヨルナイトの物語は、間違いなく人間「沢口けいこ」の物語でもありました。
意味の分からないシンデレラストーリーです。
アイドルグループの不人気メンバーが、ラジオをきっかけにソロで大勢の前で彼女のために作られた曲を歌うという激エモストーリーを、最初から最後までの一部始終を見ることができたのは本当に楽しかったですし、これに感情を乗せるなという方が無理です。
ラジオの魔法はまだある、ということを体現してくれました。
これまで沢口さんが戦ってきた場とは全く違う「ラジオ」という場所で、もがきながらも花開き、ここまでやってきたことは本当に凄い。
水曜アシスタントの青木佑磨さん。
最初は全く知らない人だったのが、いつの間にか俺らの代弁者であり代表者になってた。人生を捩じり倒された結果が昨今の大活躍だとするならば、こちらもその始終を見られたことを本当に嬉しく思います。
誰よりも鷲崎健を見てきた人間が、鷲崎健の隣に居てくれて良かった。
これまでも、そしてこれからもお二人の雑談を楽しみにしています。
とりとめも無いままに書いていますが「ヨルナイト」は俺にとって間違いなく支えにはなっていたと思います。勝手にしていました。
全ての放送を聴いていたわけではないし、仕事がクソみたいな状況の時は全く触れられていない期間もあったけれども、それでもタイムシフトでげらげら笑えるラジオがそこにあるというのは精神安定の一助であったのは間違いありません。
「いつだって大丈夫この世界はダンスホール」みたいな歌が流行る世の中で、「だとすれば随分と段差の多い、踊りにくい世界だな」と思う程度にはひねくれている性格の俺にとって、ヨルナイトはなんというか、居心地の良い「踊り場」ではあったんだと思います。
誰も近寄らない、錆の浮いた非常階段の踊り場的な意味で。
ヨルナイトは完全に終わるわけではなく、水曜日に2時間という形で残りますが、やっぱり帯での放送が終わるというのはひとつの区切りなわけです。
9年間もこんなに楽しい時間を提供してくれた文化放送には感謝もしますが、ぶち殺したいくらいの憎しみも当然あります。でも、ありがとう。
ヨルナイトを支えてくれたスタッフの皆様も、本当にありがとうございます。お疲れさまでした。
この感情をどう消化すればいいのかはまだわからないけれども、ヨルナイトのテーマソング『ヨナヨナ~Yoke of Nights~』という楽曲の中に勝手にその答えを見つけようとしています。
明日、目が覚めたなら消えてしまいそうな夜な夜なの秘め事
全部夢の泡にしてしまおう
虚ろな目でまた明日
うつつと夢の会う真下
まさにこれこそがヨルナイトだったんだなと。
ああ、歌詞引用とか本当にカッコ悪いしダサいけど、そう思うんだから仕方ない。
そして、9年という年月を経て、最後に思うことが、
うつつと夢の下
誰か愛した気がした
これに尽きる。
鷲崎さんは、こんな綺麗に腑に落ちる答えを最初から用意してくれていたんだなと、勝手に解釈しています。
きっとこの感情も時間と共に薄れていくけれど、この9年間で俺は本当にこのラジオを愛していたし、助けられていた気がする。というのはずっと残る。
本日の最後の放送、終わって欲しくない、今日くらいは時間オーバーしてもいいんじゃないの?なんて思ったりもしましたが、俺たちの鷲崎健は絶対に時間を守るんです。
きっちり、時間通りに締めて、時間通りに終わる。
それこそが、俺たちが愛した鷲崎健であり、ヨルナイトだったんだなと感じました。
9年間、本当に楽しい時間をありがとうございました。
間違いなく、俺にとって忘れられない時間でした。
ああ、また俺の好きなものがひとつ、更新されなくなってしまった。
