ひとりご飯は自己責任の練習
ひとりご飯の時にやたら張り切ったものを作りながら、なんでこんな面倒なことしたんや!ってイラだつときもあります。
こんにちは。
彩夏です。
私は夫めがねさんが夜勤のある仕事をしているので、だいたい週の半分、晩ごはんは1人で食べている。そのことについて寂しいと思うことはないし、誰に気遣うことなく食べたいものを自由に食べることができる1人の夜は結構気に入っている。
もちろん、誰かと一緒に食べることで「これ美味しいよね」と話しながら食べることも好きだけれど、人に合わせがちな私はつい夫めがねさんの好みのメニューを選びがちになる。
ここまで書いて、「あれ?」と自分に違和感を感じている。
その人の「好みのメニュー」といいように言っているけど、ただ単に「合わせてるだけ」なんだなと気づいた。
外食してもそう。食べたいものすら迷子になりがちな私は、誰かが決めたメニューに乗っかりがちだし、なんなら「これ食べろ」と決めてくれる方が楽だと思ってるところもある。
だから悩んでるふりをして、誰かが決めたメニューに「あ!私もそれが食べたいと思ってた」みたいな演技をすることもある。
俳優のお仕事待ってます。
まず、ありがちな「メニューを考えるのが面倒くさい」は前提にあるんだけど、それだけじゃなくて、そこまで食べたいものがあるわけじゃないから、決めてくれた方が気持ちが楽。
うどんの気分なのに、ラーメンを食べることになっても、そこに反発もない。ほんまはうどんの口やのに。
きっと、私の決めたメニューに対して相手が「この気分じゃなかった」ってなることが嫌なんだ。こうやって日常のふとした違和感を文章にすると、自分がバレる。
ひとりご飯の時は、誰かに合わす必要もないし、誰かに食べるものを決めてもらうこともできない。
「今日はこれ食べたかったんとちゃう」と思うのも自己責任。誰かのせいにするよりよっぽど健全よね。
そうなると「ひとりご飯」って自己責任の練習ってことやん。あなどれないわね。
こんだけ書いといて、明日はまた誰かに合わせてるやろけど。
