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〈連載小説〉『カス人間』 下

 二人で静かに酒を飲んだ。

 「私ね。ずっと刃物持って歩いてた」

 「あ?」

 「周りの人たちがみんな敵に見えてさ」

 「...」

 「小さい頃から、いじめ、虐待、性犯罪、全部味わってきた。
 煙草の味を覚えたのは7歳のとき。
 盗みは6歳から常習犯。
 はじめてシた年齢は言えない。無理やりされた。

 人間なんてみんな汚いから、攻撃してくる奴は刺してやろうと思ってたの」

 「大したもんだな。
 俺も持ってんぞ」

 俺がポケットからサバイバルナイフを見せると、女は慌てて隠した。

 思わず笑みが溢れた。
 それを、女は見過ごさなかった。

 「やっと笑ってくれた。

 私ね、あなたが煙草を吸ってる横顔見て、素敵だって思ったの」

 「何で」

 「そこら辺を歩いている汚い大人にはない、綺麗な綺麗な目をしてるから。

 ほんと、苦しいよね。この社会って」

 女が急に抱きついてきた。

 「よく一人で頑張ったね。
 私には分かる。分かるの。
 言葉なんていらない」

 「...うるせぇよ」

 女の肌は氷のように冷たかった。それなのに、なぜか温かく感じた。

 背中にそっと手を置いた。
 人を殴るためだけに使ってきたような手だ。

 「私ね、ほんとに刺しちゃったの。人のこと」

 思いっきり抱きしめた。
 女の涙が、ゆっくりと俺の首筋に流れてゆく。

 「やっと娑婆に出てきて、君がいたから。おんなじ目をした、君がいたから」

 「馬鹿野郎」

 「私、カス人間だから。もうどこで何をしたら良いのか、分かんないの」

 「俺もだよ。
 俺もカス人間だ。

 どれだけの人を殴ってきたか分からねぇんだ。それも、誰かを護るためじゃない。自分を護るために殴ってきたんだ。
 もちろん刺したことだってある」

 「私、私...」

 社会はクソだ。毎日毎日、人が人を傷つけ、偶然が人を傷つけ、必然も人を傷つけている。
 法律やモラルで塗り固められているが、混沌とした、理不尽で不平等で残酷な世界の闇は隠せない。

 そんなクソの中で俺は、今後もクソみたいなこととたくさん直面しなくてはならなくなる。

 それでも俺は生きるのか。

 女の透き通った目を見た。

 俺は生きる。もうダメになって路上で餓死するまで、しっかり、泣きながらでも、這いつくばってでも生き切ってやる。

 「なあ」

 「...なぁに?」

 「ありがとう」


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