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父の日に好きになれなかった父を思い出した

今日は父の日だ。
お父さんに感謝しようとか、父の日を祝おうと明るい話題であふれている。
一昨年、父が亡くなり、私は父の日を祝うことはなくなった。
冷たいと思われるかもしれないが、墓参りに行きたいとも思わない。

私は三人兄弟の長女で、家族の中で一番貧乏くじを引いてしまったと思っている。妹や、弟は進学問題を含め、自分の希望通りの道を進んだ。
一方で私は、親の希望が優先で自分の意思を通すことが許されなかった。
後に続く兄弟姉妹のために、私を早く一人立ちさせたかったのだと思うが、何を言っても私の意見は聞いてもらえなかった。
高校時代に私が留学したいと言ったら、経済的な理由でだめだと厳しく言った父は、その後妹が同じことを言って、ストライキを起こしたら行かせた。
また、理数系が好きでとりわけ数学が好きだった私は、4年生大学を希望したが、同様に短大で十分と、理数系のない当時かよっていた附属学校の文学部に親が進路を決めてしまった。妹は、日本の短大とアメリカの大学に通い、希望を叶えた頃より、私の父への不信と不満がたまっていったことは言うまでもない。
一度だけ、父に私にはお金がかかるからだめと言ったのに、なぜ妹はいいのかと聞いた。仕方がなかった・・・父はあいまいに言った。

弟も同様で、男子だから大学は出ないといけないと親が決め、さほど勉強の好きでなかった弟は父の勧めで当然のように理系の大学へ進んだ。
弟が大学生生活を送っているとき、私は社会人生活を送っていたが、社会の荒波にもまれる中で、学歴が出世や報酬に大きな影響を及ぼすことを身を持って知り、何度も4年生大学へ進まなかったことを悔いた。

親は、子供を平等に扱わない。私は妹、弟の中で一番軽んじられている。好かれていないのかもしれないと思い始めていた。
親のいいなりになっていたら、自分の意思は通せないと思い、結婚したのをきっかけに実家や兄弟と距離をおいた。
今でも、当時のことを思い出すと父の決定に不平等を感じるし、悲しい思いがこみあげてくる。

死んでしまった人のことを悪くいうなという人もいるが、私の父への恨みや、妹や弟に対する気持は複雑な部分が残っている。

私は、結婚したあとも仕事を続けた。管理職にもなり、金銭面ではかなりゆとりのある人生を送っていた。
そんなとき、父が子供を産まないのかと私に執拗に言った。
私は、考えていないと応えた。
もう、父の言うことはききたくないと思った。

その後、仕事を辞めて、大学、大学院に行き学びなおし教員免許をとった。
残念ながら、数学でなく企業での経験を学びに変え、アメリアを中心とする経営学と組織論に関しての研究であったが、学びの機会はとても貴重でかけがえのないものだった。
そんな風に、自分は親に頼らず自律した人生を歩んできた。
そのことに悔いはないが、あのとき希望が叶っていたら、その後の人生が違っていたんだろうなと思う。
そして、家族の関係も、もしかしたらもっと良好になっていたのかもしれない。

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