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<産経抄>父、母が消える?NY州の変な法案2026/6/29

「私は人を殺したわけではない。物を盗んだわけではない。人間が人間を愛して、どこが悪いんだ。そういう正論があったから、だから突っ張って来られたんですよね」
美輪明宏

ファザー(父)、マザー(母)は日本の小中学生でも知っている英語だ。それが米国のニューヨーク州の法令用語から消えるかもしれないと聞いて驚いた。詳しくは本日の本紙2面の主張(社説)をご覧(らん)いただければ幸いだ。

米東部ニューヨーク州の議会が、法令用語から「父」「母」を削除し「妊娠しない親」「妊娠する親」へ表記を変更する法案を可決した。
この法案に賛同するホークル州知事(民主党)の署名があれば成立し、11月にも用語変更が実施される。
法案は、民主党議員が提出した。同性カップルなどが増え、「伝統的な家族観に基づいた法令用語は現実を十分に反映できていない」からだという。

▼「父」を「妊娠しない親」、「母」を「妊娠する親」などに変更する法案が州議会で可決された。同性カップルなどが増え、伝統的な家族観に基づく父親や母親という用語では現実を十分反映できないからだとか。親が同性同士なら父とも母とも表記しがたいのか。だが変更後の用語はかえって分かりにくい。

「お父さんの性別は?」「男です」
「お母さんの性別は?」「男です(ハート)」

というセリフがとり・みきの『バラの進さま』という漫画にあったような気がします

とり・みき 『バラの進さま』

作者が「そんなマンガは存在しない」と言っているので幻を見ていたのかもしれないw

女性同士のカップルで子育てをしている家庭がある。熊本県に住む47歳の女性は45歳のカナダ人女性と、小学6年の息子と4年の娘を育てている。「私たちの姿を通じてLGBT(性的少数者)への理解が進み、当事者が望むなら子育てをあきらめずにすむ社会になってほしい」と願う。

この人たちの場合は性自認が女性なので「母親が二人」で収まっていますが
トランスジェンダーなら男性の母親も実在するのでしょう
漫画の中だけではありませんね

抄子の考える解決策は強制的な離婚とかしかないでしょうね
あるいは「子宮のある父親」「精巣のある母親」とかにする気かよw
そっちの方がますますややこしくなって混乱しちゃうね

法的な事柄表記として「妊娠した親」と分類するだけで
日常会話では父、母という言葉まで禁止するわけじゃないんだけど
抄子は意図的に混同した物言いをしていますね

▼日常会話まで縛るものではないらしいが、欧米をマネしがちな、わが国もひとごとではない。父性や母性など男女の社会的役割を否定するジェンダーフリー(性差否定)の考え方は米国などから広まり、日本の学校現場などでも問題となってきた。

「問題」だと思っているのは産経さんだけでは?

父性(ふせい)とは、家庭において父親に期待される性役割のこと。母性とは異なる質の能力と機能とをいう場合が多い。何をもって父性と見なすかは文化によって異なる。近代において父性は子どもの精神病理との関係から注目されるようになったが、それはジークムント・フロイトエディプス・コンプレックス説に基づくものである。フロイトはあらゆる神経症の原因がエディプス・コンプレックスと強く関係していると主張した。

父性って父親は息子に殺されなきゃいけないの?w
そこまでは言っていないけど

抄子が理想とする父親は星一徹とかなんでしょう

ジェンダーフリーに「(性差否定)」と付けるのが恣意的です
生物的な性差と文化的な性分担(gender)では意味が違いますよ

ジェンダーは、「男性だから・女性だから」、と枕詞がついて「こうあるべき」姿として、それぞれが所属する社会や文化から規定され、表現され、体現されます。それは、服装や髪形などのファッションから、言葉遣い、職業選択、家庭や職場での役割や責任の分担にも及び、更に、人々の心の在り方や、意識、考え方、コミュニケーションの仕方にまで反映されます。

意図的にミスリードを誘おうとしているなら抄子は「男らしくない」
「男の中の男」ならこんな卑怯な言い回しはできないはずです
本当に女性かも知れませんけどねw

逆に言えば「女性はずるい」「女性は卑怯」と言っている事と同じなので
「男らしく」「女らしく」という言葉は使うべきではありません

▼最近の日本の教科書でも、LGBTなど性的少数者を巡り、同性カップルなど多様な家族のあり方を紹介する記述が増える傾向がある。一方で子供を産み、育てる伝統的な家族の役割や大切さを紹介する記述は薄い。

日本における同性愛(にほんにおけるどうせいあい)の記録は、古代に遡る。かつて日本では、男性同性愛は「男色」(なんしょく、だんしょく)、江戸期以降の武家社会におけるものは「衆道」・「若衆道」、歌舞伎の世界では「陰間」などの言葉で表現されていた。女性の同性愛については未解明な部分も多い[1]

日本ではキリスト教の価値観が入ってくるまでは男性同士の同性愛は公認されていました
この「伝統」はどうなんですか?w

1549年に来日したフランシスコ・ザビエルは日本人を賞賛しながらも、許すことができない罪悪として男色を挙げ、ザビエルを保護し布教を許した山口の大名、大内義隆がもつ美少年の数の多さに驚き嘆いている[5]。大内も当初はザビエルに男色などを非難されたことに立腹し、布教の許可は下さなかった。

でも主従関係での「セクハラ」なので褒められたものではないですけどね

女性も一夫多妻で正に「産む機械」扱いでしたね

抄子の言う「伝統」は明治以降の物でしょう
夜這いとかもありましたけどw

▼LGBT理解増進法に基づく、初の基本計画が先ごろ閣議決定され、国や自治体のほか、学校などでも研修、啓発活動が行われる。差別の解消は必要としても、子供たちを戸惑わせる行き過ぎた教育はやめてほしい。

性を攻撃する宗教右派と自民党右派の結託 性教育バッシングの狙い

92年は、小・中学校の学習指導要領に性に関する指導内容が書かれたことで性教育元年と呼ばれました。右派はそのことに脅威を感じたのです。
 背景には米国の経験があります。米国では1980年代ごろから右派が性教育を攻撃することで勢力を伸ばしました。
 性をめぐるデマで不安や恐怖をあおる手法が右派を結集する旗印として有効だと学んだのでしょう。
 宗教右派を使うことも、米国と同じです。

「行き過ぎた教育」という言葉が出てきたら
統一教会などのカルト宗教の教義だと思えばいいですねw

▼授業例を扱う日教組の教研集会で「竹取物語」を改変した劇が報告されたこともある。この「かぐや姫」は体の性は男、心の性が女として生まれ、王子(男)として生きることを強いる月の使者との間で葛藤する。小学校高学年の性に関する学びの劇で、台本は児童が考え、教員がアドバイスしたという。変な指導は無用だ。

『リボンの騎士』

これフジテレビで放送したんですよ
小学生の劇よりも親会社の批判をしなさいw

今日はこのネタで書こうと産経抄と主張で足並みをそろえたのに
このタイミングで美輪明宏の逝去が発表されました

なんか「もっている」よねw

当時はまだ性的少数者が今以上に生きづらい時代。ある日、事件が起きた。友人が同性愛を家族に知られたことを苦に、自殺したという。美輪は「大変でしたよ。5、6人いましたよ、自殺した人が。たくさん見ていたから」と、当時を回想。「何をしたっていうの?男が男を愛し、女が女を愛し、男が女を愛し、女が男を愛し…人間同士が愛し合うことのどこが違うんだと。これは戦わないといけないと思ったんです」と、忸怩(じくじ)たる思いを口にした。

 美輪は大きな決断をした。自身も同性愛者であることを雑誌で告白した。「雑誌社の人が“そんなことを言ったら葬られますよ。ダメですよ”って。記者の声でマイルドな表現に変えられたんですよね」。美輪への風当たりを心配した記者の配慮で、「相手は女性のときもあり、男性のときもあります」と、やや柔らかい表現に変えられたという。

なんかマジョリティに属していることが正義でマイノリティを差別することで自己を確認するというのは
ネトウヨに通じるのかもね

知人で結婚して子供もいるのに「男性と浮気」した男性がいます
同性愛でも何でもいいのですが「浮気」「不倫」をするのはダメですね

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