”あのとき逃げたわたし”を、ようやく赦せたとき
おちさんの記事を読みながら、
わたしの胸の奥で “すとん” と何かが落ちた気がした。
おちさん
おちさんの言葉には、
気づきがそっと宿っていて、
読むたびに心がふわりとほぐれていきます。
一人では気づけなかったことも、
おちさんと一緒なら、やさしく光が差し込む。
みんなで学び、気づき合える “人生哲学” を探求しながら、
そのあたたかさを幅広く届けてくれる方です。
24歳のときの、あの選択。
わたしが結婚したとき、友達が言った。
「相手が違うと思うんだけど」「○○くんはどうするの?」
その言葉が胸につかえて、しばらく離れなかった。
サンフランシスコで出会った、あの大好きな彼。
19歳のアメリカ留学の頃、同じ学生寮に住んでいた彼。
坂の上から見下ろすゴールデンゲートブリッジ。
風が頬をなでていく感触。
深くなる夜空。
星を見上げながら、ただ並んで呼吸を合わせていた時間。
ほんの小さなことでも笑い合って、
心はずっと前から知り合いだったみたいに通じ合っていた。
あのとき、彼と旅したアメリカ1周は、
わたしの価値観も人生も、ひっくり返すほどの大冒険だった。
初めてのバックパック。
夜行バスの硬いシート。
安宿の薄い毛布。
ロストバゲージで何も持たずに過ごしたクリスマスの不安。
それでもNYのカウントダウンの高揚がすべてを照らした。
メキシコ国境で感じた、世界の“つながり”。
その全部が、
「自分の世界を超える」
という体験そのものだった。
旅の終わり、空港で彼を見送ったとき、
胸が引き裂かれるように痛かった。
初めて“大切な人との別れ”を知った瞬間だった。
その後も何年も、わたしたちは世界のいろんな場所で再会した。
ロンドンで偶然出会ったときなんて、
奇跡だと思った。
でも、彼は静かに言った。
「ここねの近くに住みたかったから来たんだよ」
その言葉を聞いた瞬間、
わたしの心の中で叫びが上がった。
――もっと早く言ってよ、と。
でも当時のわたしは、
“自信のなさ” という鎧を着こんでいて、
彼の本音のあたたかささえ、まともに受け取れなかった。
彼はいつもキラキラしていた。
アート、音楽、旅、流れるような感性。
東京の彼の周りには、いつも素敵な女子たちがいた。
“わたしじゃ敵わない”
“もっと可愛くなきゃ”
“もっと賢く、もっと細く、もっと、もっと…”
わたしは、彼に似合う人になるために
ずっと背伸びをしていた。
でもあるとき、
彼の友達だという女の子を目の前にして、
心がストンと折れた。
勝ち目なんかない。
そう思って、ひっそりと身を引いた。
でも――
本当は、ただ怖かっただけだ。
彼を失うことが。
選ばれない未来を見ることが。
その頃のわたしの内側には、
ずっとこう書き込まれていた。
「わたしは大切にされる価値がない」
だから逃げた。
別れる痛みを味わうくらいなら、
“自分で先に扉を閉める”ほうを選んだ。
でも、おちさんの “地球の隠されたルール”” の文章を読んで、
ふっと理解した。
あれは彼の問題でも、
運命のいたずらでもなかった。
全部、全部、
わたしの内側がつくっていた現実だった。
愛されることが怖かったのは、
“愛されて当然のわたし” を信じられなかったから。
その気づきが、時間を超えて、
あの頃のわたしの手を
そっと握ってくれた気がした。
そして今なら、静かに言える。
あの恋は失敗なんかじゃなかった。
あれは、
わたしが “ほんとうのわたし” に戻るために開いた、
ひとつの大切な扉だったのだと。
気づきをありがとうございました。
今日のこの気づきが、
また新しい一歩になりますように。
