#27 パリパリ急ぎ グダグダに酔う。ソウルの極端な食時間。
忙しい朝に駆け込む先は・・・?
ソウルの朝は早い。
駅のホームから人波に押し出され あるものは改札を出るとまっすぐに
スタンドに、またあるものはまっすぐに隣のカウンターへと急ぐ。
イチゴ、メロン、バナナ、チャメ(韓国ウリ)・・・新鮮なフルーツに氷とシロップを入れ、ボタンを押してガーッとミキサーで砕く。プラカップに注いで出来上がり。
ソウルっ子が大好きな生フルーツジュースである。
私は日本では甘い飲み物はほぼ飲まないのだが なぜかソウルに来るとこの
フルーツジュースが無性に飲みたくなる。スムージーよりもう少しシロップの味でジャンク、そして果汁が濃いこの生ジュースが体にしみこむことわずか数十秒。
体もココロもシャキッとリフレッシュできるような気がするのだ。

そして 朝からもう少しガッツリいきたい人は隣のカウンターへ。
このエッセイにも何度も出てきている練り物が30センチくらいの串にさしてあるサーベルみたいなオムク。そしてサービスのオデンスープ。
もっとしっかり食べたければ朝からトッポギ、という手もある。
また、階段を上がり地上に出ると新聞やお菓子を売っているキオスク的な売店の横にあるトースト屋台。
ここであまじょっぱいハムチーズと卵焼きに刻みキャベツが入ったトーストを買って銀紙に包んでもらい、アイスアメリカーノとともに食べるのも最高だ。
会社まで徒歩5分? 入口につく頃にはしっかり食べ終わり、ハンカチで口元を整えることができるだろう。
ソウルの食は光のように早い。「パリパリ(早く 早く)文化」のあらわれなのだ。
外食だけではない。出前だって日本のウーバーに比べると
「その辺にもともといたでしょ?」というくらい早く着くし、一人暮らしや学生の友であるラーメンに至っては、グツグツ煮て卵を落として出来上がり、器に移す時間さえもったいないかのように鍋から鍋の蓋に移してアツアツをフーフー言いながらかきこむ。
郷に入れば郷に従え、なぜかソウルで食べるときはあの金色のアルミ鍋じゃなきゃダメな気がするから不思議である。
そんなソウルの食時間。
早いだけが正義だと思っていると痛い目にあうことがある。
私がコロナ前に唯一行った高級店(ミシュラン)、正食堂(ジョンシクタン)はまさに平素と違う時間が流れる別世界であった。
美食家の先輩と「ソウルで何を食べようか?」という話になり
アジアを代表するダイニングを紹介するサイトで激賞されているのを見て
ホテルのコンシェルジュに予約してもらったのだった。
冬の寒い日、前夜の雪で凍結したチョンダムドンの坂をヨロヨロ上りながら
私たちは<正食堂>ジョンシクタンの看板の前にたどりついた。
グレイの石の看板にそっけない<正食堂>の文字。ミニマリストの世界である。
ドアを開けてもらい2階に上がると広々と明るい気持ちのよい空間が広がっていた。ランチはコース料理で 基本メニューにメインの魚か肉を選ぶ。
肉と魚をそれぞれ選びシェアすることに。
テーブルに飾られた一輪刺しの花。 お見合いか?それともおつきあい前の微妙な時期(サム)な関係か?緊張気味の男女、そして家族ランチのテーブル、江南マダムらしい華やかなマダムの食事会・・・。
外国人は私たちだけだった、と思う。
ドラマで見た韓国上流社会の気分を少しだけ私たちも味わいながら
前菜が届くのを待つ。
どれくらい待っただろうか?
串にグミ?ゼリー?がちょこんとささったような前菜(甘くはなかったと思う)、
白の台座に薄焼きせんべい?タルト地のような白く焼いたものの上にいくら、卵の殻に入ったプチスープ、
白い台座に置かれたキャビア?ノリ?黒くてちいさな山。
1つ1つがオブジェのように美しくたべるのがもったいないほどだ。

牛タタキの上には黄色の花びらと松の実があしらわれ、皿は二重で
間の層に氷がびっしりと敷いてある。
メインの肉も魚もどこまでも味わい深い。


そして大きな黒の鉢に盛られた黒米、そしてその上に鎮座する雲丹。
オレンジ色がまぶしいほど美しい。
私たちは言葉も忘れしばらくアートのようなその料理に見入った。
そして味わう前にあらゆるアングルで写真をとった。

最初に入店してから2時間近くたち視覚も味覚も嗅覚も五感が満たされた状態で あとはデザートとコーヒーを待つのみとなった。
最後の最後にまた この「正食堂」のマジックに私たちは驚かされることとなる。
それは 済州島の石像「トルハルバン」を模したデザートだ。
チャコールグレイの砂としか思えない石像の中は抹茶アイス。
土や苔、砂利や火山岩までそのままの色で再現されている。

「神は細部に宿る」
「狂気に似た美の追求」
そんな言葉しか浮かんでこないほど美しくそして静かで凛とした世界があった。
日本の懐石や茶の湯に似た哲学があるのかもしれない。
これほどまでに美しくそれでいて無駄のない料理を供する鬼才は自らの屋号に<正しい食堂>と名付けた。美でも華でも静でもなく<正>
そこに完成度の高いフルコースの料理を供す料理家の矜持を見る思いがするのは私だけだろうか?
入店から退出まで2時間強。
一篇の大作の芝居を観たあとのような心地よい疲れと満足感を感じ、私たちは長い長いランチを終え 空港へと急いだのだった。
そんな豊かで長い食時間もあるがもっと庶民的で、よくあるグダグダ食時間もある。韓国ドラマで見たことはないだろうか?

仕事での失敗や上司の意地悪、失恋の悩みなど、ストレスを抱えたヒロインがなんでも相談できて 頼りになる男性の先輩を仕事帰りに屋台に誘いグチを言う。辛い鶏の足(タッパル)など食べながら 焼酎(ソジュ)を飲み、日ごろのうっぷんを先輩に聞いてもらう。
焼酎の瓶が1本2本・・・そして数えきれないほどテーブルの上に置かれ
ヒロインは酔っ払い、怒り疲れて寝てしまう・・・。
いわゆるズルズル、グダグダの食シーンだ。
ソウルの食時間は早いのか遅いのか・・・どんな時が流れているのか?
ソウルの人はパリパリ(早く早く)で頑張り、疲れるとグダグダに身をゆだねる。
その極端な振り幅がほほえましく思えたりもする。
そして酔いつぶれたヒロインと恐らく10話くらいでカップルになるであろう、気立てのいい頼れる先輩が「やれやれ」といいながら、お勘定を済ませ
酔いつぶれた彼女を背負って家やタクシーまで送っていくのがこれまた常だ。
イカレた妄想だと笑わば笑え、
キムソノ先輩に「やれやれ」と言われながら 背負われるコユンジョン、
夢でもいいから そういう後輩に私はなりたい(大妄想w)
【DATA BOX】 ROZÉ's Select
1.正食堂(Jungsik / 정식당)
Menu:ランチのコース料理(黒米と雲丹、トルハルバンを模した
抹茶アイスなど)
Address: ソウル特別市 江南区 宣陵路158キル 11
Map (Naver): https://map.naver.com/p/search/정식당
Memo: アジアを代表するダイニングとして激賞されるミシュランの
高級店。オブジェのように美しく完成度の高いフルコースを
2時間強かけてじっくり味わう、平素と違う時間が流れる別世界。
2.駅構内の生フルーツジューススタンド(Fresh Fruit Juice Stand / 생과일주스 스탠드)
Menu: イチゴ、メロン、バナナ、チャメ(韓国ウリ)などの
生フルーツジュース
Address: 地下鉄の駅改札を出てすぐのジューススタンドなど
Memo: 新鮮なフルーツに氷とシロップを入れ、ミキサーで砕いて
プラカップで提供されるソウルっ子が大好きな一杯。
スムージーよりも少しジャンクで果汁が濃く、
数十秒で体もココロもリフレッシュできる、ソウルの
「パリパリ(早く早く)」な朝の定番。
3.オムクカウンター (Street Food Stalls / 길거리 포장마차)
Menu: 朝はオムク(練り物串)やトースト、
夜はタッパル(辛い鶏の足)と焼酎
Address: 駅の隣のカウンターや、キオスク的な売店の横など
Memo: 朝はあまじょっぱいトーストやオデンスープで手早く済ませる
「パリパリ文化」の象徴。一方、夜は日々のストレスを先輩に
聞いてもらいながら「グダグダ」に酔いつぶれる、
極端な時間の振り幅に寄り添う庶民の癒やしの場。
