Summertimeを歌うたびに・・Live動画付
夏になると、よくリクエストされて歌う
【Summertime】
日本の曲だと『五木の子守唄』と状況が似ています。
自分の子供ではなく、女中として雇われている女性が
その家の子供をあやしながら歌う歌。
Summertimeは、奴隷として雇っている人の赤ちゃんを
あやしながら歌う歌です。
ガーシュインのオペラ『ポギーとベス』の中に
出てくる曲としても有名ですね。
ブラックの皆さんの辛い歴史・・それを知った頃。
そして、留学していた頃のことを綴ったエッセイです。
< Deep River > '03.7.23~9.19
小学生の頃、私のたった一つの特技は、エレクトーンを弾く事だった。
趣味・・・というには、ちょっと違う、いわゆる、習い事の一つだった。
でも、高学年になり、個人授業から大きい音楽センターに移って、私のやる気(?)は刺激され、音大を目指すピアノの方には比べ物にならないけれど、毎日エレクトーンに座って、いろいろな曲に挑戦していた。
そんな頃だ、『Deep River』という曲に出会ったのは。
先生からの宿題のその曲・・・それは、Slowと書いてあるだけの譜面で、綺麗なメロディーだなぁと思いつつ、私は弾いていた。私のエレクトーンの部屋は、2階だったのだけれど、ある日父が1階から大きな声で私を呼んだ。
そろそろ、時間も遅いから、弾くのを止めなさいってことかしら・・・と思いつつ、階段を降りた。
「今、弾いていたのはDeep Riverだろう?」と、父。
「え?知ってるの?」と言う私の問いに答えず、
「これは、どんな歌か知ってるか?」
そう言って父は、一枚のアルバムを取り出した。
レコードから流れてきたのは、太い声の男性コーラスだった。
♪Deep river, My home is over jordan,
Deep rever, Lord.
I want to cross over into campground.
その頃の私の耳には、「でぃ~ぃぃぷ りばぁ~~」と聞こえたんだけど。
とにかく、なにか悲しげで、ただ綺麗な曲ではないんだな・・・と直感で思った。
父は、「黒人霊歌って知ってるか?」と言った。首を振る私に、ブラックの人たちが、どんなに白人に差別され、ひどい目にあってきたかを話してくれた。「そんな状況の中で、彼らが自分達を勇気付けるために歌ったのが『黒人霊歌』なんだ。」と言った。
そして、『聖者の行進』をかけて
「これは、何の歌か知ってるか?」と父。
「楽しそうな曲だけど・・・。」と私。
「これはな、葬式の時の曲なんだ。天国に召されて、やっと幸せになれて良かったって歌ってるんだ。」
「なんで、死んだのにめでたいの?」
「それだけ、生きてる世界が辛かったからだよ。」
黒人霊歌・・・今でいう、ゴスペルは、その頃の私の耳に深く残った。けれど、死んで幸せっていうのだけは、なんだかふに落ちなかった。とっても、いやーな気持ちになったのを今も覚えている。
実は、仙台を出る時、こっそり父のレコードの中から、そのアルバムを持ってきた。なにしろ、プレイヤーが壊れてから、父はレコードをかけなくなったから、バレないと思って。その曲・・『Deep River』はゴールデン・ゲイト・カルテットというグループのアルバムだった。来日記念アルバムらしく、とても派手なジャケットである。
今や、『黒人霊歌』なんて言葉、使わないよな~。その上、流行のようにカルチャークラブなんかに、ゴスペルなんてのがある。もちろん、そのスピリットや歴史もきちんと解った上で歌っているのだろうけど・・・。この歴史、本当に、ちゃんと過去になっているのだろうか?と、ふと思うことがある。
1991年の夏に、ニューオリンズに行ったことがあった。ニューヨークで友達になった、一匹狼のミカちゃんと一緒にだ。
2泊3日のそんなに贅沢じゃない二人旅・・・それでも、バーボンストリートでビール片手に飲み歩いて、ライブハウスの店先でいろんなバンドの演奏を聞いて、ご機嫌だった。夕食を食べたお店では、隣のネイティブのおじさんに話し掛けられ、まだアメリカ一ヶ月のめちゃ下手英語で私が答えると、ミカちゃんが驚いて私に言った。「よく、訛った英語解るね?」
「まかせてよ!単語の数は少ないけど、フランス語訛りにイタリア訛り・ポルトガル訛りに韓国訛り・・・アラビア系の人なんて、アイ・アンダラスタンドって言ってたもん。」
二人で大笑い。もちろん、日本語で。おとなりの、訛りのあるネイティブ・アメリカンのおじさんたちも、私達の様子を見てにっこり・・・。
「そういえばさ・・・」ミカちゃんに私は言った。
「ホテルの受付って、みんな白人だったね。ポーターとか、荷物運ぶような人やお掃除関係の人はみんな黒人だった。」
「そうそう。こっちじゃ、まだまだそ~なのよ。ニューヨークじゃ、そんなにないけどね。でもさ、こっちのブラックの人たちの言葉、優しくていいよね?のんびりしてて・・・さっき、you!のこと、ヨーって発音してたね。」
私達は、有名なライブハウスの一つに入った。ガイドには必ず載ってるところ。雰囲気も凄くノスタルジック。その上、ディズニーランドみたいに待たされちゃった。ステージごとに、お客さんを入れ替えるらしい。
やっと入って、演奏の始まり始まり・・・。目の前のミュージシャンは、私の祖父よりも年上かな?って思える、お~~るどミュージシャン。でも、サウンドは憂いがあっていいんだな~。でも、ふとトロンボーン奏者を見ると・・・あっ寝そう・・・?ピアノのソロの時、下を向いて聞いていると思いきや、ゆらゆらと体が揺れ・・・これって演出かしら?と思いつつ、人事ながらドキドキ・・・。ベーシストに、トントンと肩を叩かれ、ソロをとり始める辺り、やっぱ演技だったのかな?・・これ、未だに謎なのよね。
バーボンストリートは、本当にごった煮みたいな街。ライブハウスの隣に、カンカンのショーがあったり、また少し行くと、女性同士のプロレスショーがあったり、女性を鑑賞するショー(ハッキリ書けないぞ・・・)なんかがあってドキッとしたり・・・。でも不思議と、陰湿な感じがしないのよね。・・・とにかく、大人の街なんです。
さて、ホテルへ帰ろうと歩き出した時。すれ違ったアメリカ人の言葉に、キレてるミカちゃん。どうしたの?
「今さ、ブラックとすれ違った白人が、汚い事言った!」
聞くと、ただすれ違っただけなのに、汚いだの臭いだの言ったらしい。ミカちゃんの怒りは尋常じゃなかった。ニューヨークにいるミカちゃんの彼はアフリカ出身のブラックだ。そして、私たちはイエローだ。単一民族である私たちには、いまいちピンとこない話だけれど、歴史の教科書では必ず習う人種差別と言う言葉。それは、コトバではなく、確実にあった歴史であり、未だに現存している。少なくはなったとしても・・・。
ホテルに帰って、シャワーを浴びて機嫌を取り戻したミカちゃんだったけど、ベットに横たわってからも、私の頭の中でぐるぐる回っていたのは、さっきの映像と一面の綿の畑。父に聞いた、綿を積みながら歌った『黒人霊歌』の事、思い出した。
Deep River 人と人の間には、なんて深い河があるんだろう。
最近になって、また、深い河の事を思うことがある。それは、あの日見た、暗くて深い記憶を呼び起こす。ここ数年に起きた、テロや、軍事行動、小学生の殺人・・などなど。社会で起こる、大きな事件から身近な事件まで。人間は、同じ過ちを繰り返す。それだけではない。犯罪が、進化してきているようにさえ感じてしまう。
個人と個人の間の深い河が、大きなうねりとなり、国と国の間の深い河になる。いったいいつになったら、この河に橋がかかるのか、橋さえいらないようになるのか・・。私たちに・・・いえ、私にできることは、いったい何なのか。今は、手探りのまま。それでも、なにか・・・行動したいと思っている。
だって私は、Deep Riverを歌っていた、ブラックの人たちよりも、ずっとずっと、幸せで、余裕があるのだから・・・。
