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qurie_ous
終活と断捨離
先日、私の属しているコミュニティで「デスカフェ」という集まりがありました。
文字通りに言えば、“死について語るカフェ”。
けれど実際は、「死」そのものを深刻に話し込むのではなく、参加したそれぞれが、これからの生き方を見つめ直すような時間になりました。
50代からのコミュニティだからこそ、
「死というピリオドがあるからこそ、懸命に生きられる」
「死ぬことは、生きること」
そんな言葉が、少しずつ、肌感覚でわかるようになってきます。
その余韻の中で、ふと思い出したことがあります。
数年前、家をリフォームしたときのことです。
「自分が亡きあと、子どもたちに迷惑をかけないように」
そんな思いから、これを機に物をすっきり処分しておこうと、終活の一環として断捨離をしていました。
不要なものは何ひとつ残さないくらいの勢いで。
そんなある日、友人に言われました。
「そんなに全部、整理しなくてもいいんじゃない?」
「残してあることで、片づける人たちが彩恵さんの思い出を共有できるかもしれないよ」
その言葉に、はっとしました。
歳を重ねるにつれ、何を残し、何を手放すかを決めるのは、たしかに難しくなる。
だから、頭がまだクリアで、エネルギーのあるうちに整えておきたい・・・、その気持ちは今も変わりません。
でも、すっきり手放すことだけが正解ではないのかもしれない。
状況や環境によって、終活と断捨離の形は人それぞれ。
ひとつの答えに決められるものではないのですね。
「あらあら、あなたは“それだけが正解”だと思い込んで、少し視野が狭くなっていたんじゃないの?」
そんな声が、自分の中から聞こえてきました。
柔軟でいられると、人にも自分にも、やさしくなれそうです。
ひとつ枠がはずれて、肩の力がふっと抜けました🌿
