見出し画像

人間も自然であるということ

この年末年始、ゆっくり家族と過ごしながら、本を読んで過ごしたりしていた。
今年最初に読んだのは、
「これくらいできないと困るのは君だよ?」勅使河原真衣(編著)

この本を読んでいて、能力主義に陥っている学校や社会の構造のなかで、「これくらいできないと困るのは君だよ」と、よかれと思って、こんな力が必要、あんな力が必要、だから頑張らねばとなってしまっている学校。

そもそも先生自身も困っていることや、どうしたいのかが言えない(聞いてもらえていない)現状もある。頑張ってるのに、どうせ学校は・・・、○○先生は指導力がないなどと、批判を受ける。先生方も傷ついている。

現場の先生方を見ていると、そんな現状の中でも、先生方はなんとか子どもたちに、自分たちが関われる時間の中で、様々な力をつけて学校を巣立ってほしいと奮闘しているのだと思っています。

先生を傷つけ、その傷ついた先生によって、子どもたちが傷ついてきた今までがあるなら、まずは、傷を癒すことを始めてもいいのではないだろうか。

本の中で、「土着の秩序と公的秩序」の話が出てきました。

「土着の秩序」は、土地の風土に根付いた秩序ゆえに、自主的に成り立つ秩序。熱帯雨林や原生林には、低木高木、針葉樹や広葉樹、つる植物など、多種多様な森。

「公的秩序」は、ルールや法など、人為的な秩序でがんじがらめにすることで成り立つ秩序。分かりやすい例としては、単一種(杉など)の植林された森。

土着の秩序の森では、多様な植生を生かして、持続可能になっているけれど、公的秩序で人為的に植林した単一種の森は、森全体の自力を失い、手を入れ続けなければ荒廃していく。

【単植(杉林など)】
植林の目的は、早く、そろった木を得るのが目的。人が一方的に管理統制するが、自力が失われる

メリットとしては
・成長が早い
・効率よく揃った木が得られる
・管理しやすい
・成長、伐採まで生育過程が予測可能

デメリットとしては、
・単価が安い
・画一的
・地力が弱い
・土の養分や微生物の偏り
・生物多様性が少ない
・手入れをしないと荒れて土壌侵食が起きる

【原生林など多様な森】
全てのいのちが、ちょうどよく、調和して生きてゆくことが目的
相互関係の中で、自律的で主体的、共生し合う森

メリットとしては
・土が豊か
・生物が多様に生息する
・経年劣化の美
・管理は必要はない
・持続可能
・土が肥沃で、保水性があり、根を広く張ることができる
・お互いに干渉しながら、自分たちで健全な生育環境を作っていける
・多種多様な収穫物が得られる(実、花、木材として価値のある木等)

デメリット
・成長速度がそれぞれ違う
・原生林は商業利用が難しい
・多種多様な生命が存在するため、予測不能

単植の森と、多様な森を、学校の姿と重ねてみてみると・・・。

単植の森は、戦後から今まで続く学校の姿に見えてきます。
効率よく、みんな同じようにできる、そろった子どもたちを世に量産する学校。子どもたちは、大人になったら生産性をあげる良き働き手になる。

戦後の大量生産が必要な時代だったときは、それが最適であったのかもしれません。
ですが、今は、多様性の時代。
地球環境も危うい中で、持続可能な暮らし方について考えていく必要もある。
原生林のように、お互いに相互関係の中で、自分たちで健全な生育環境を作っていけるように。
人も、自然の一部として、一人一人に多種多様な良さがあり、それを大切にしていける人を育てる学校だとうれしいですね。
もちろんそれは、子どもだけでなく、先生も多様であっていいということ。決められた、こうしなければならないというものにしばられず、目の前の子どもたちに合わせて変化していける学校。

全ての生命が、相互に関わり合って成り立っている森。
土や水の中の微生物や菌類がいて、
それによって生きる植物や虫たちがいて、
虫たちや植物を食べる鳥や小動物がいて、
小動物を食べる動物がいて。
人間は、そのつながりの中のどこにいるでしょうか?
ちゃんと、他の生命と関わりあって、変化しているでしょうか。

「クラウンシャイネス」という言葉を聞いたことがありますか?
木々の葉がお互いに譲り合った結果、空が割れたように見える現象のことです。成長していく過程で、お互いが、重なり合わないように。

自然に習えば、私たちが進む道は、おのずと見えてきそうです。

いいなと思ったら応援しよう!

さっちゃん 読んでいただき、ありがとうございました!お話しに共感していただいて、子ども達の居場所のために、ほんの少しでもサポートしていただけたらとってもとっても嬉しいです。これからもよろしくお願いいたします。