見出し画像

春でも4℃の札幌の夜に、全裸で寝落ちして死にかけた話。

4℃の裏切り、あるいは俺が冷蔵庫になった夜

4月が近い。

カレンダーだけ見れば、完全に春だ。
桜とか、ポカポカとか、薄着でコンビニ行けるとか、そういうやつが始まっているはずの時期だ。
全国的には。

だがここは札幌。現実はそんな甘くない。
昨夜の気温、4℃。

「4℃ってそんな寒くなくない?」と思った奴、甘い。
お前、本州の春の感覚で話しかけてくるんじゃねぇよ。
これは"数字が現実に謝罪した4℃"だ。
温度計が正直に生きることを諦めている。
体感は完全にやる気を失っており、風が吹くたびに「もう無理です」という顔をしている。


そんな昨夜、俺の体がバグっていた。

暖房はついていた。
室内環境は整っていた。
それでも内側からじんわり熱い。
体温というより「謎の情熱」みたいなものがじわじわ滲み出てくる感じ。
いらない方向の情熱。
誰も頼んでいない方向の情熱。

「なんかえっちな気分……♡」のあのやつ。

たぶん。
いや違うんだけど。
まあそういう感じ。

こういうとき、人間はだいたい同じ間違いをする。
何万年も進化しておいて、毎回同じ罠にかかる。


「ちょっと涼めばちょうどよくなるっしょ」。

ならない。

歴史が、地理が、気象庁が証明している。
お前、八甲田山知らないのか。
あれ全員そういう気持ちで歩き出したんだぞ。

まず服を脱いだ。
ここまではまだわかる。
体温調節の基本動作だ。

次に窓を開けた。
「ちょっとだけね」と言いながら。

この"ちょっとだけ"という言葉、人類の敗北フラグランキングに絶対ランクインする。


「ちょっとだけ飲む」
「ちょっとだけ課金する」
「ちょっとだけ窓開ける」
全部同じ顔してる。
そして全部同じ結末を迎える。

しかもそれを、部屋に誰もいないのにわざわざ声に出して言っている。
誰への言い訳なのか。
神か?
神に許可を取ろうとしているのか?


冷たい空気が入ってきた。

これがね、最初だけ最高なんだよ。
「うわ、完璧じゃん……」ってなる。
体の熱と外の冷気がちょうど釣り合って、「世界、調整完了しました」みたいな顔になる。
万能感がある。
俺、環境をコントロールしてる感がある。

全部幻想だ。

この「完璧じゃん」の瞬間は人生において最も信用してはいけない瞬間ランキングにも入る。
競合が多いランキングだが普通に上位だ。

ソファに横になった。
「ちょっと休むか」と思った。

はい、終了。
ゲームセット。
アンパイアが帰り始めている。


次に目が覚めたとき、世界は完全に敵になっていた。

夜中の3時前。
静かさのレベルが"シン……"じゃなくて"キン……"だ。
空気が結晶化しかけている。
部屋全体が冷蔵庫の思想に染まっている。
野菜室の哲学が満ちている。
冷たけりゃ冷たいほど良いというトチ狂ったマッチョイズムだ。
丑の刻参りに来た生成りの人でさえ「今日はやめとこ……」って帰宅するやつ。

自分の状態を確認した。

  • 窓:全開ではないが、誇り高く開いている

  • 暖房:ついてるが完全にナメられている、存在感ゼロ

  • 服:概念として消失

  • おちんちん:丸出し、狸も驚きの風に揺られてぶ〜らぶら

  • お尻の穴:同じく丸出し、夜風に晒されている

  • 尊厳:行方不明


「いやいやいやいやいや」

体が冷たい。
冷たいを通り越して「これ、チルド保存では?」ってレベル。
スーパーの鮮魚コーナーの気温で人間が横たわっている。
バカッターかよ。
そこに値札が貼られていないことだけが救いだ。

深夜3時の哲学が始まる。
人間って寝てるときこんなに無防備になれるんだな。
進化の過程で何かを失ったのか。
この状態で野生を生き延びた先祖たちへのリスペクトが止まらない。
あなたたちは偉かった。
彼らのおかげで、俺は今ここで生きている。
死にかけているが。

一瞬、「このまま静かに終わるタイプのやつか?」という考えが頭をよぎった。
春先のニュースでたまに見るやつ。
"油断による低体温"みたいな見出しで12秒くらい取り上げられるやつ。
アナウンサーが「お気をつけください」って言って次のニュースに移るやつ。

いやいや笑えない。
というか笑えないどころの話じゃない。
あれって全国のおじいちゃんおばあちゃんだけに許された、季節への殉死じゃないのか。
「春よ来い……儂は先に逝く……」みたいな美学があってこそ成立する死に方だろ。
俺はまだそのステージじゃない。
俺の死に方はもっと間抜けであるべきだが、これじゃなくていい。


慌てて起き上がると、冷気が一気にまとわりついてきた。

さっきまで「完璧じゃん」とか言ってた空気が、完全に牙を剥いてくる。
お前、そんなやつだったのか……。
俺が窓を開けて招き入れてやったのに。
恩を仇で返すどころか、恩の概念ごと冷凍している。

とりあえず窓を閉めた。
雑に閉めた。
感情のすべてを込めて閉めた。

ぴしゃこーーーーーーーん!!!!
ってくらいの音がしたと思う。

近所迷惑だったかもしれない。
でもそれどころじゃなかった。
その動作の中で「人間は環境に勝てない」という事実を、骨の髄まで理解した。
義務教育で習うより確実に身に沁みた。
これを体育の授業に組み込むべきだ。
「春先の札幌で全裸で窓開けて寝る体験学習」として。

服を着た。
布団に潜り込んだ。
震えながら考えた。

なんであんなに自信満々だったんだろう。
なぜ「ちょっとだけ」で管理できると思ったんだろう。
なぜ己の意志力を信じた。
意志力って何?
そんなもの俺にあったことがあったか?

たぶんあれは、春に対する過信だ。
カレンダーが春でも、札幌はまだ冬の延長戦をやっている。
しかも延長12回くらいのしつこさで、しかも監督が交代する素振りを一切見せずに、しかもスタジアムも客も普通に帰りたそうにしているのに続けている。
終わらせる気がない。
冬に引退する気がない。


結論はシンプルだ。

「4℃をナメるな」

以上。
これに尽きる。
補足するなら、「ちょっとだけ開ける」は信用するな。
あれは罠だ。
人類が何万回と踏んできた罠だ。
地雷原に「ちょっとだけ入る」と同じ構造をしている。
眠気と寒さのコンボに人間は絶対に勝てない。
体が熱くても、窓を開けるな。
外に出るな。
全裸にはなるな。
お前はそんなに強くない。

危うく"春先の統計上の一人"になるところだった。
ギリギリ生還。
本当にギリギリ。
おちんちんも無事だった。
よかった。

春はまだ遠い。
体の芯で理解した。





いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集