好きな味の歯磨き粉を作ると、人類の口は臭くなって滅びる。
歯磨き粉はなぜ全部ミントなのか
スマホは毎年進化する。
AIは毎月賢くなる。
宇宙旅行がそろそろ「観光」のカテゴリに入りつつある。
冷蔵庫はWi-Fiに繋がり、テレビは俺の好みを学習し、エアコンは帰宅前に部屋を冷やしておいてくれる。
なのに俺たちは今朝も、手でブラシを動かしている。
考えてみろ。
人類が歯を磨き始めてから何千年も経つ。
古代エジプト人も歯を磨いていたらしい。
動物の骨を砕いた粉と塩と、なんか謎の植物で。
それから数千年。
文明は月まで行って帰ってきた。
でも基本的な動作は変わっていない。
ブラシを持って、歯に当てて、ゴシゴシする。
ゴシゴシ。
数千年間ずっとゴシゴシ。
いや、わかってる。
電動歯ブラシもある。
口腔洗浄機もある。
超音波を使ったやつもある。
「昔より進化してるだろ」という反論は受け付ける。
でもそういうことじゃないんだよ。
俺が言いたいのは、カプセルを口に放り込んだら悪い菌だけをピンポイントで狙い撃ちにして、善玉菌は傷つけず、気づいたら口の中が爽やかな香りに包まれている、そういうやつを作れという話だ。
ナノマシンはどこへ行った?
SF映画で体内に注入されてたあの小さいロボットたちは今何をしているんだ?
今すぐ歯に使え。
まあ、それが夢物語なのはわかってる。
わかってるから言ってる。
だからせめて、歯磨き粉だけでも変えろ。
ミント包囲網の実態
スーパーでもドラッグストアでもいい。
歯磨き粉コーナーに立ってみろ。
色とりどりのパッケージ、洗練されたデザイン、「美白」「歯周病予防」「口臭ケア」「ホワイトニング」、あらゆる訴求で棚を埋め尽くしたおびただしい数の商品たち。
メーカーも違う。
価格帯も違う。
ターゲットも違う。
これ、全部ミントです。
ちょっと待て。
これはおかしくないか。
コンビニのジュースコーナーに行ったとして、棚一面が全部グレープ味だったら普通に引くだろ。
「なんで?」って思うだろ。
帰り際に店員さんに確認するだろ。
「あの、他のフレーバーは……?」「グレープのみとなっております」「は?」ってなるだろ。
こいつらがやってるのはそういうことだぞ。
何十年も。
堂々と。
「いや、たまにあるじゃないか」という声が聞こえる。
そう、ある。
俺もそれを使っている。
サンスターの Ora2 だ。
「くちもとBeauty」を掲げる、自分らしさと美しさを大切にする20〜30代の女性向けブランドだ。
パッケージはおしゃれで、色味はやさしくて、フォントはかわいい。
それを使っているのが、無精髭を生やして大煙管をふかす、身長230cmの筋骨隆々の屈強で寡黙な30歳男性、あだ名が「猛将」の俺だ。
念の為言っておくが、30歳以外は全部嘘だ。
洗面台の前で俺がOra2を手に取るたびに、鏡の中の俺が若干申し訳なさそうな顔をしている。
でも選択肢がないんだ。
だって他のやつは全部ミントだから。
Ora2だけが唯一の逃げ場だったんだ。
Ora2にはフレーバーのバリエーションがある。
シトラス、ベリー、ラベンダー。
ラベンダー味ってなんだという疑問はいったん置いておく。
持ってるけど。
問題はそこじゃない。
よく見ろ。
ベリーじゃない。
ベリーミントだ。
なんでだよ!!!!!
シトラスミント。
ベリーミント。
ラベンダーミント。
全部にミントが付いてくる。
ミントが座席を離れない。
ミントが「俺も行っていいですか」と毎回ついてくる。
鬱陶しい後輩かお前は。
ミントから逃げてOra2を選んだのに、ベリーの皮を被ったミントがいた。
完全包囲だ。
逃げ場がない。
ケンタッキーもマクドナルドも吉野家もサイゼリヤも全部カレー味のインドか?ここは。
子供の頃、ミントはいなかった
思い出してほしい。
人によっては10年前、20年前の話になる。
ガキの頃、お前らは何の歯磨き粉を使っていたか。
バナナ味。イチゴ味。ぶどう味。ガリガリ君味。
あったよな。
キャラクターが描いてあって、パッケージがポップで、なんなら歯磨きが楽しみになるくらいの、あれ。
そこにミントはいなかった。
ミントは存在しなかった。
子供用歯磨き粉の世界は、ミントのいない平和な楽園だった。
そして子供たちの歯は別にきれいに磨けていた。
つまりミントがなくても歯磨き粉は成立する。
研磨作用とミントは無関係だ。
フッ素もミントとは別の話だ。
泡立ちもミントじゃなくていい。
だったら作れ。
大人向けのノンミント歯磨き粉を今すぐ出せ。
なぜ大人になった瞬間に全員ミントに移行しなければならないのか。
誰がそれを決めた。
法律か?大統領か?神か?スパゲッティモンスターか?
俺は誰ともそんな契約を結んだ覚えはない。
成人式の日に歯磨き粉についての誓約書にサインした記憶は一切ない。
夢の歯磨き粉を考える
本当に好きな味の歯磨き粉があれば、朝の憂鬱も吹き飛ぶはずだ。
目覚ましに叩き起こされ、重い体を引きずって洗面台に向かう。
しかしそこに「好きなもの」があれば、話が変わる。
俺が選ぶなら——
歯磨き粉・寿司、酒蒸しアナゴ味。
朝から幸福に包まれる。
起き抜けにやさしい甘辛のアナゴが口腔に広がる。
朝6時に江戸前の香り。
今日も生きていける。
最高だ。
あるいは 歯磨き粉・ブルームーン、ボンベイサファイア使用味。
ジュニパーベリーとコリアンダーの複雑な香りで、朝6時から精神だけ22時の薄暗いバーにトリップできる。
体は出勤するが、魂はカウンター席にいる。
これで月曜の朝も乗り越えられる。
みんなにも考えてほしい。
本当に好きな味はなんだ。
……ただ、「好きな味」を大規模に集計していくと、人類の本能が透けて見えてくる。
最終的に覇権を取るのはおそらくこのあたりだ。
歯磨き粉・ニンニクマシマシ背脂こってりラーメン味
歯磨き粉・ニンニク爆盛り焼肉タレまみれ味
歯磨き粉・昨日の家カレーライス二日目味
臭ぇ。
臭ぇんだよ。
好きなものを選ばせると人類の口腔は滅亡する。
犬や猫を飼っている人は試しにそいつらの口を嗅いでみろ。
好きなものを好きなだけ食い続けた生き物の口がどうなるか、すぐわかる。
あれが答えだ。
これが摂理。
これが自然の返答だ。
つまり我々は好きなものを選ぶと必然的に臭くなる。
ミントはその抑止力だったのかもしれない。
「好みに任せたら人類は滅びる」という長年の学習の結果、ミント一択に収束したのかもしれない。
ある意味でミントは——人類の業を封じ込めた香りだ。
結局、ミント一強なのは「清潔の正解の匂い」を社会全体で共有することで、生産者も消費者も脳のリソースを節約しているのかもしれない。
ある種の暗黙の合意、習慣の最適化だ。
わかった。
わかったよ。
ミントには一定の合理性がある。
認める。
認めた上でもう一度言う。
それでもたまにはベリーだけ出してくれ。
しかし、存在した
話はここで終わらない。
ブレスパレットというオーガニック系歯磨き粉がある。
絵の具チューブみたいなパッケージに、シンプルな単色のラインナップ。
「ミントに縛られない歯磨き粉」として存在している。
これは希望だ。
俺が求めていたものだ。
フレーバーを見てみよう。
バニラ、コーラ、紀州梅、エナジードリンク——ここまではわかる。
「攻めてるな」と思う。
「面白いな」と思う。
「買ってみようかな」と思う。
カレー、ドリアン、パクチー。
臭ぇじゃねぇか!!!!!!!!!
散々ミントに文句を言ったのに、ノンミント界の覇者がドリアン歯磨き粉とはどういうことだ。
これじゃミントの方がまともに見える。
ミントに謝りたい。
お前が正しかった。
お前が正義だった。
人類はミントから解放されようとした結果、ドリアンに辿り着いた。
これが自由の末路だ。
ちなみに最後に一点だけ申し添えておくと、チョコミントアイスは好きです。
