優先道路と一時停止規制の関係
交通事故解説動画(0510)への疑義。
事案は、群馬県邑楽町、丁字路における、優先道路四輪車と突き当たり路自転車との事故。
報道リンクは末尾参照。
はじめに
対象の動画は以下のとおり。
この動画には、法的観点を含め問題のある説明が複数あるように思う。
その点をこの記事では解説していく。
刑事処分
まず、以下の口頭解説から、刑事過失と民事過失の整理がついていないと見受けられる点。
民事という部分の過失割合等を考えていくと、刑事のほうでも、これがね、起訴されて裁判に至る状況下なのか、車の運転に何かしら問題があったということであれば致し方がないんですが、そうじゃない場合は、起訴されて裁判まで行くまでなのかというところも少し疑問な感じがあります。まあ重体だからすべて公判請求されるという状況はありません。略式の罰金処分というようなことも可能性としてはあり、正式な裁判ということも考えられるんですね。
刑事処分を考えるにあたり、民事過失割合を持ち出す点に、刑事過失と民事過失の整理がついていないことが垣間見える。
刑事過失とは以下である。優先道路という、見通しの悪い交差点(丁字路)においても徐行義務が法的に課されない状況下で、自転車飛び出しに伴う人身事故の予見可能性があったか、速度と接近状況からして回避可能性があったか、である。
過失
=犯罪事実の認識又は認容がないまま、
不注意によって一定の作為・不作為を行うこと
不注意
=注意義務を怠ること
注意義務
=結果予見可能性を前提とした結果予見義務
+結果回避可能性を前提とした結果回避義務
文章を要約して記載
本来、刑事過失の判断は以下の要素によって行われる。
カーブミラーがあると言っても、飛び出しが予想される状況と言えるか
飛び出し時に既に接近しているために結果回避可能性がなかったのか
逆に、ある程度離れており、飛び出しというには不適切な態様であって、前方不注視や速度超過がなければ結果回避可能性はあったと言えるのか
これらの観点に対して整理がついていないにもかかわらず、刑事責任を語るのは不適切といえる。
一時停止標識
動画主様は、一時停止標識や一時停止標示が薄れていることを以って、一時停止の法的有効性を持っているか疑わしいという観点を解説している。
こちらのほうの、一時停止の義務ですよね。道路交通法の43条。
車両等というのは、交通整理が行なわれていない交差点又はその手前の直近において、道路標識等により一時停止すべきことが指定されているときというのは、停止線の直前で一時停止をしろ、と書いてあります。
この前提の道路標識等というのが、まあ見えるような状況下にあってはじめて有効となってきて、その有効な標識がある場合には、停止線の直前で一時停止をしろということに繋がります。だから大事なのは標識が見えるか見えないか、なんですよね。
しかしながら、交差道路が優先道路である場合には、一時停止標識の法的有効性を論じることにあまり意味がない。
まず、一時停止規制がある場合には、法43条後段により交差交通を進行妨害しない義務を負う。しかしながら、交差道路が優先道路の場合には、同項「第三十六条第二項の規定に該当する場合のほか」により、法36条2項が適用される。
(指定場所における一時停止)
第四十三条 車両等は、交通整理が行なわれていない交差点又はその手前の直近において、道路標識等により一時停止すべきことが指定されているときは、道路標識等による停止線の直前(道路標識等による停止線が設けられていない場合にあつては、交差点の直前)で一時停止しなければならない。この場合において、当該車両等は、第三十六条第二項の規定に該当する場合のほか、交差道路を通行する車両等の進行妨害をしてはならない。
(交差点における他の車両等との関係等)
第三十六条
2 車両等は、交通整理の行なわれていない交差点においては、その通行している道路が優先道路(道路標識等により優先道路として指定されているもの及び当該交差点において当該道路における車両の通行を規制する道路標識等による中央線又は車両通行帯が設けられている道路をいう。以下同じ。)である場合を除き、交差道路が優先道路であるとき、又はその通行している道路の幅員よりも交差道路の幅員が明らかに広いものであるときは、当該交差道路を通行する車両等の進行妨害をしてはならない。
8「第三十六条二項の規定に該当する場合のほか」とは
交差道路が優先道路である場合又は幅員が明らかに広い道路である場合に、その交差道路を通行する車両等の進行妨害をしたときは、進行妨害の違反については本条を適用しないで法第三十六条二項を適用するという意味である。……
当方注、本条=43条
義務の内容は「交差道路を通行する車両等の進行妨害をしてはならない」と同じであるので、根拠法が変わるという構図となっているわけである。
そしてこれが意味するところは、交差道路が優先道路であるなら、一時停止の要否に関わらず、交差交通の進行妨害の禁止義務が課されているということである。
当該事故現場において、直進路側の中央線が交差点内に引かれていることは、突き当たり路から見て容易に認識できる状況にある。そのため、直進路側が優先道路であることは容易に認識可能である。
補足すると、事故は午後6時過ぎに発生しているが、当時の日没は18:34であるため、直進路側の中央線が見えないということはないだろう。
突き当たり路から見て、一時停止の法的有効性が失われているとしても、交差交通の進行妨害の禁止義務が課されていることを認識し得る状況にあり、義務の認識を妨げるものはない。
そして実質的にも、交通事故は両者の進路が重なった、すなわち交差点内で発生するのである。交差点手前で一時停止義務を履行したかは、事故発生への寄与度としては二次的である。交差交通の進行妨害の禁止義務を履行したなかったという観点のほうが寄与度は大きい。
過失割合
動画主様は、このケースにおける過失割合を『別冊判例タイムズ39号』の【Ⅴ-12】に照らして以下のように判断している。
中心値 自転車60%:自動車40%
幅を持たせた表示 自転車55~65%:自動車35~45%
基本的な考え方
基本は50:50
自転車側の徐行不足・安全確認不足を加味すると60:40前後
自動車側の速度超過や発見可能性があれば50:50寄りに戻る
ここでは2つの観点を説明する。
◆「自動車側の速度超過や発見可能性があれば」
「自動車側の速度超過や発見可能性があれば」という説明がある。これは、書籍【Ⅴ-12】の注①を見落としているか、軽視あるいは無視である。
注①には以下の説明がある。
① 優先道路の意味・内容については、用語集Ⅰ(18)を参照。
優先道路を通行している車両は、見とおしがきかない交差点においても徐行義務がないが(法42条1項)、その場合でも法36条4項による注意義務が依然として要求されており、具体的事故の場面では優先道路通行車にも前方不注視や若干の速度違反等何らかの過失が肯定されることが多い。ここでは、優先道路通行車に上記のような通常の過失があることを前提として、基本の過失相殺率を設定している。
「自動車側の速度超過や発見可能性があれば50:50寄りに戻る」と解説テロップを出しているところ、そもそも「自動車側の速度超過や発見可能性」がない場合、注①に照らせば前提を満たさないのだから【Ⅴ-12】の適用外であり、個別判断となるだろう。
はしがきにも抵触する問題解説といえる。
はしがき
2 本書の特色及び本書を利用するに当たっての留意点
……
② 本書は、事故類型ごとに、過失相殺率を定めるに当たっての一般的な判断基準を定立しているが、各事故類型を適用する前提として、いくつかの条件を設定している。この点については、各事故類型の記載中にも必要に応じて注意喚起しているが、その詳細は、各章の冒頭のほか、序章・用語集において記載している。この前提条件について誤った認識の下で各事故類型を適用して過失相殺率の判断をしてしまうと、本書が想定する過失相殺率とは異なった結果となりかねないため、具体的な事案に各事故類型を適用するに当たっては、当該事故類型の適用の前提となる条件の検討をおろそかにしないようくれぐれもご留意願いたい。
◆「自転車側の徐行不足・安全確認不足を加味すると」
動画では、【Ⅴ-12】をベースに、「自転車側の徐行不足・安全確認不足を加味すると」と称して、自転車側に10%不利な扱いの過失割合が記されている。
たしかに普通に考えれば【Ⅴ-12】をベースと考えるのが適切である。前記のとおり、一方が優先道路である場合、他方の一時停止規制の有無は関係がないのだから。しかしながら、「自転車側の徐行不足・安全確認不足」に適用可能な修正要素は『別冊判例タイムズ39号』【Ⅴ-12】には記されていない。
このような修正を適用したことが窺える説明が以下にある。
まあいわゆる優先道路を走っているのか、ということと、
一時停止の義務があるほうになるのか、というような判断なんですよね。
だからね、これがどうなるか、
優先道路側を走っているという判断、自転車側のほうが一時停止の標識は「これは法的には根拠なし」と判断をすれば五分五分あたり、
で、これがですね、自転車側のほうに一時停止の義務があるという判断になってくる、そうなってくるとまあこのあたり(※)が考えられるので、全体的に自転車6割・自動車4割、もしくは五分五分、そして自転車4割・自動車6割、このあたりじゃないのかな。
※ テロップの「自転車55~65%:自動車35~45%」を指し示しつつ解説
この解説を見るに、優先道路態様【Ⅴ-12】と自転車一時停止規制交差点態様【Ⅴ-10】のいずれを適用するのか、動画主様は判断付かないようである。
「一時停止の義務があるほうになるのか」は、「一時停止規制のある事故態様【Ⅴ-10】になるのか」という文意と読むのが自然である。一時停止規制を【Ⅴ-12】の修正要素として扱えるのかという解説であれば、このような表現にはならないだろう。
このことから【Ⅴ-10】を意識していることが窺える。
しかしこれも疑問がある。
自転車一時停止規制交差点態様【Ⅴ-10】だと、自転車の過失を減ずる方向に働く。自転車4割:自動車6割が基本過失割合となる。しかしながら、これは動画解説とは反対方向に過失割合が修正された態様である。解説では、一時停止の義務があるという判断になってくると、自転車6割・自動車4割の方向に振れるというのだから。
つまり、修正要素としての一時停止規制、事故態様としての【Ⅴ-10】、どちらも今回の事故に対する過失割合の検討には不適切な観点と言える。
これらの点に【Ⅴ-12】と【Ⅴ-10】の整理がついていないことが窺える。
保険の備えと、ひとつの事故から想像できること
この節では、法的誤りではなく、視点の欠落を指摘しておく。
動画主様は、
自転車側の損害額は、後遺障害次第では約2億6000万円~3億円弱掛かると試算しており(15:17テロップ)、
過失割合はおおよそ五分五分であるので(16:09テロップ)、
前提条件 総損害額 約2億7000万円
自転車側の過失額 約1億6,200万円
自動車側への請求額 約1億800万円
といった金額感を算定したうえで、
「自転車側の過失額 約1億6,200万円」はどこも出してくれないので、
これをカバーするには人身傷害車外型が重要と解説している(18:13~)。
まずね、大事なのは、自動車保険、車を持っている場合にはきちんと入り、そして自動車保険の人身傷害の車外型、これを無制限にしておく。これだけでね、お金の面ではね相当苦労しなくなります。
しかしながら、これに限局化した範囲で保険を考えるのは適切でない。
ひとつの事故からは、その事故の属性を変えてみた場合にどうなるかを考えたいところである。考えられる属性には以下のものがある。
・車両等類型(歩行者・自転車・車両の種別)
・年齢(乳幼児、若年者、高齢者)
・運転上の属性(初心運転者、高齢運転者)
・被害の軽重
・高級車・高額品運搬車
今回のケースは、見通しのきかない丁字路において、
突き当たり路側自転車 × 直線道路側四輪車 という事故態様であり、
自転車運転者が重体というものであった。
これを、
突き当たり路側自転車 × 直線道路側二輪車 という事故態様であり、
自転車を避けた二輪車が転倒して道路脇の電柱などに衝突、今回の事故と同等の被害を二輪車運転者が受けて重体、
と考えるとどうなるだろうか。
二輪車運転者の年齢を20代前半とすれば、損害額はさほど変わらない。
また、自転車との事故においては、四輪車も二輪車も過失割合は変わらない(【Ⅴ-12】)。
動画主様は損害額を以下のように示したわけであり、
前提条件 総損害額 約2億7000万円
自転車側の過失額 約1億6,200万円
自動車側への請求額 約1億800万円
この金額感を
「自転車の損害のうち、過失に伴い、填補されない分」約1億6,200万円
という視点で見ていたわけであるが、
自転車×二輪車事故を想像すれば、この金額感は
「自転車が二輪車に賠償義務を負う分」約1億800万円
という視点に変わる。
補足:厳密には、過失割合と過失相殺率の違いという要素が関わってくる部分があるので、単純に過失割合が逆転するという構図ではない。しかし、多額の賠償義務を負うという構図に違いはないため、ここでは省略する。
つまり、自転車に乗るにあたり、1億円の対人賠償が可能な保険に入っているか、という視点に変わる。それが十分でなければお金の面で相当苦労することになるはずである。
自転車側の視点では、相手が四輪車か二輪車かは選べない、結果論に過ぎないのだから。今の事故の被害者が被害者であることは偶然に過ぎず、十分に加害者にもなり得るということ、その認識が重要である。
動画主様は「自動車保険、車を持っている場合にはきちんと入り」という言葉でさらっと流しているが、自転車における対人賠償・対物賠償もしっかりしておくこと、そこの解説も重要である。
まずね、大事なのは、自動車保険、車を持っている場合にはきちんと入り、そして自動車保険の人身傷害の車外型、これを無制限にしておく。これだけでね、お金の面ではね相当苦労しなくなります。
また、都会などでは、車を持たず、自転車だけという人も少なくないと思う。その場合には、車に付帯するかたちで自転車の対人賠償・対物賠償を充実することはできない。その点を踏まえた解説も重要である。
当該事故に限局化した範囲で解説しているために、通常想定できるケースを十分にカバーできていないにもかかわらず、「お金の面ではね相当苦労しなくなります」という解説をしていることに、やや過大な言い回しではないかと思うところである。
