過失運転致死傷罪における注意義務違反
最近読んだ書籍で、過失運転致死傷罪における注意義務違反への理解が深まったと感じている。そこで、書籍を紹介しつつ、この観点をまとめることとした。
なお、交通法規の専門家ではないので、正確性は紹介書籍、さらに正確性を望むなら弁護士相談やお知り合いの警察官との会話などで補完してほしい。
はじめに
交通事故の大多数は、過失によるものである。交通事故、とりわけ人身事故における刑事過失、そして注意義務違反とはどのようなものを指すのか、その点を中心にまとめている。
民事過失とはやや異なる点に注意を要する。たまに、刑事無過失を民事無過失すなわち相手10割過失と考えているかのような言説をネット上で見ることがあるが、そうではないという点を注記しておく。
理解を深めるのに適していると思われる書籍をいくつか示し、現時点の理解をまとめたのち、書籍の簡単な紹介を記す。
参考とした書籍
『刑法総論 第3版』
第1章「序論」>第1節「刑法・犯罪・刑罰」
第6章「責任」>第2節「刑法の政策的基礎」
第6章「責任」>第4節「過失」
『二訂版(補訂) 基礎から分かる 交通事故捜査と過失の認定』
第1講「総論」
「過失とは何か」
「信頼の原則」
「直近過失論と過失併存説」
「過失認定の手順」
『3訂 新・交通事故捜査の基礎と要点』
第1「総説」
4「過失犯の成立要件」
6「過失の種類」
『自動車事故犯罪事実作成実務必携〔第3版〕』
第1編「総論」>2「過失運転致死傷罪(5条)捜査の基礎知識」
注意義務違反を理解する道筋
交通事故、人身事故を中心に、過失というものを理解する道筋を記していく。
以下は、「有責性、他行為可能性、故意と過失」と題した節から入っている。本来はそれ以前に、以下を理解するステップが入ることになると思う。しかし、過失からかなり遠い位置にあるため、説明を省いた。刑法総論の基礎中の基礎、「構成要件該当性、違法性、有責性」を大まかにでもいいので理解していると、この記事の内容もすんなりと理解できると思う。
法律
違法行為(法益侵害行為)
犯罪(処罰規定ある法益侵害行為)
犯罪の成立要件
構成要件該当性、違法性、有責性
有責性、他行為可能性、故意と過失
車両を用いた人身加害を考える。これには、ふたつの態様がある。
ひとつは避けられるもの、もうひとつは避けられないものである。
刑罰の有責性の判断には、他行為可能性という考えがある。人身加害を引き起こす行為以外の行為(=他行為)を選ぶ可能性があったか、それが有責性の判断基準にある。つまり、他行為可能性があれば、それこそが非難を受ける理由であり、刑責を問われる。逆に、他行為可能性がなければ、刑責を問われないということになる。
……、刑罰には、病気に対する治療とは異なり、「非難」という独自の意味が込められており、このようなものを付科することが正当とされるのは、行為者が法益に対する加害行為(違法行為)を行ったことについて「非難に値する」と認められる場合(非難可能性が認められる場合)でなければならないところ、その非難可能性を認めるためには行為者が現実には行ってしまった違法行為を避けることが可能であった(他行為可能性)と認められることが必要であり、他行為可能性がない場合には、非難可能性を認めることができないからである。このようにして刑罰の付科を正当化する非難可能性が責任にほかならず、こうした意味で責任のない行為を処罰することは不当であり、許されないのである。
他行為可能性に絡んで補足すると、他行為可能性があるにもかかわらず、犯罪となる行為をあえて選んだケースが故意、犯罪となる行為を不注意によって選んでしまったケースが過失となる。故意と過失を分ける本質は、犯罪事実の認識又は認容の有無であるところ、その境界に関する掘り下げは控えておく。
以降では、これらのうち後者、過失による車両人身加害を想定して説明していく。
注意義務違反
過失とは、他行為可能性があるにもかかわらず、不注意によってその行為を選んでしまったことだと説明した。
「不注意によって」という部分をもう少し丁寧に記すと、「注意すべき義務がありながら、その義務を怠って」となる。この注意すべき義務を注意義務といい、注意義務を怠る行為を注意義務違反という。
ここで自動車運転死傷処罰法の条文を確認しておく。条文中の「自動車の運転上必要な注意を怠り」という部分が、「不注意によって」「注意すべき義務がありながら、その義務を怠って」に対応する。
(過失運転致死傷)
第五条 自動車の運転上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、七年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金に処する。ただし、その傷害が軽いときは、情状により、その刑を免除することができる。
「道交法に違反して」ではない点に注意が必要である。道交法違反と、事故の原因となる注意義務違反とは完全には一致しない。道交法に違反していないからといって、注意義務違反に問われないことを意味しない。
……。冒頭で解説したように、道路交通法は、歩道等を横断して路外施設に出入りする場合に、歩道等の直前で一時停止すべき義務がある旨規定していますが(同法17条1項、2項)、これは、それ以外の場合に一時停止しなくても道路交通法違反にはならないというだけであって、過失運転致死傷罪における過失の認定とは必ずしも一致しません。
話を注意義務に戻す。丁寧に記すことでふたつの観点「注意義務があること」「注意義務を尽くしていること/怠っていること」を記した。この両方の視点が重要である。
前者「注意義務があること」は有責性に結びつく。注意すべき義務がないことに対して、義務を怠っている→不注意→過失がある→過失運転致死傷の刑責に問われる……とはならない。仮に人身事故加害者であっても、である。
たとえば、緩やかな右カーブを走行中に、間際まで接近した位置で、バランスを崩した対向二輪車がセンターラインオーバーして突っ込んでくるケースを考える。これを普通に考えれば、人身加害はおおよそ避けられないものといえる。他行為可能性がなかったといえそうに思う。これは、対向車がセンターラインオーバーすることに対する注意義務があったのかという点で説明される。
結果予見義務と結果回避義務
後者「注意義務を尽くしていること/怠っていること」を掘り下げる。
「注意義務を尽くしていた」「注意義務を怠っていた」という判断は、曖昧な判断基準に見える。実務上はもう少し掘り下げて、結果予見義務と結果回避義務で判断される。
結果予見義務とは、結果の発生を予想する義務をいう。また、結果回避義務とは結果の発生を回避する義務をいう。結果の発生とは犯罪結果の発生、人身事故では人身加害を意味する。
刑事補実務では、一般に、過失は、不注意であり、注意義務違反であると理解されている(最判昭和42.5.25刑集21巻4号584頁〔弥彦神社事件〕参照)。その注意義務としては、①結果予見義務と②結果回避義務を挙げることができる。すなわち、結果を予見して、その結果を回避すべき義務に違反して結果を惹起したときに過失犯は成立すると解されているのである。……
ただし、注意義務と結果予見義務と結果回避義務の関係性には諸説あるようである。詳細は、旧過失論、新過失説、混合説などで調べると分かる。さらには、混合説の中にも複数種類あるようである。結果予見義務や結果回避義務を、責任要素とするか、構成要件該当性要素とするか、違法要素とするか、どこに位置付けるかの違いのようである。
前節で、注意義務があることは有責性に結びつくというのも、旧過失論の一部や混合説の一部を前提とした解説である。一般人の嗜みとして/法学生でもない限り、その違いを理解するところまでは不要かもしれない。
話を結果予見義務と結果回避義務の観点に戻す。
結果予見義務を負うのは結果予見可能性がある場合、結果回避義務を負うのは結果回避可能性がある場合に限られる。
前出の対向二輪車センターラインオーバーのケースを考える。
◆ センターラインオーバーが間近で行われた場合
このときは、人身事故を回避できる可能性はなかったといえる。そのため、結果回避義務を負うことはなく、注意義務違反には問われない。すなわち過失に問われない。
◆ センターラインオーバーがかなり遠くで行われた場合
このときは、急制動によって人身事故を回避できる可能性はあったといえる。そのため、結果回避義務を負う。加えて、センターラインオーバー時に対向二輪車が転倒していれば、二輪車が自車線に即座に戻るとは考えられない。自車がこのまま進行すれば、人身事故の発生は避けられない。この時点で、結果予見義務を負う。これらの義務を怠ることで人身事故を回避できなければ、注意義務違反に問われる。すなわち過失に問われる。
このように2つの観点
① 結果予見可能性があることを前提とした結果予見義務違反
② 結果回避可能性があることを前提とした結果回避義務違反
これら①②によって注意義務違反が判断される。そして①②の両方の違反があってはじめて、注意義務違反すなわち過失に問われる。
書籍では以下のように説明されている。
……。そして、過失犯の注意義務は、これもすでに触れたように、結果予見義務と結果回避義務からなる。このうち、予見可能性によって肯定される結果予見義務違反が故意犯の故意に対応する責任要素(構成要件に位置付ける場合には、構成要件的過失)であり、結果回避可能性によって肯定される結果回避義務違反はそれとは別に要求される構成要件該当性を認めるための要件である(山口厚「過失犯に関する覚書」渥美古稀45頁以下参照)。結果予見義務違反と結果回避義務違反の双方が認められなければ過失犯は成立しないが、それは、構成要件該当性・違法性・責任の要件すべてが充足されることが犯罪の成立を肯定するためには必要であることからすれば、当然のことといえよう。……
通常の運転者を基準に可能性判断を行うこと
前節の中で以下のように記した。
◆ センターラインオーバーがかなり遠くで行われた場合。
このときは、急制動によって人身事故を回避できる可能性はあったといえる。そのため、結果回避義務を負う。……
結果回避可能性の判断は、通常の運転者を基準に判断される。つまり、通常の運転者がその状況下におかれたと仮定して、通常の運転者が結果を回避できるのか。それが判断基準となる。
通常の運転者であれば回避可能である場面において、当該運転者には回避できなかった。そのことを過失の責に問うということである。
これは結果予見可能性についても同様にいえる。通常の運転者が結果を予想可能である場面において、当該運転者には予想できなかった。そのことを過失の責に問うということである。
ただし、結果予見可能性については、通常の運転者には予想できなくとも、当該運転者には予想可能な事情がある場合は、結果予見可能と扱われることもある。
たとえば、左前方を野球のユニフォームを着てグローブやバットを持った児童が歩いている場合を考える。これだけではせいぜい、児童はしばしば突然飛び出すことがあるといった程度の予想までしかない。
しかし、右前方に公園があり、そこで週末しばしば野球の試合が行われることを当該運転者が知っていれば、児童が突然道路を横断し始めることは、より高度に予想可能といえる。このような場合には、通常の運転者の基準以上に、結果予見義務を負う可能性があり得る。
段階的過失論
書籍『自動車事故犯罪事実作成実務必携 第3版』を読むまで、この観点をやや誤解していた。
他の書籍『二訂版(補訂) 基礎から分かる 交通事故捜査と過失の認定』でも同様のことは記されていたところ、本質を理解できていなかったように思う。より噛み砕いた説明が『自動車事故犯罪事実作成実務必携 第3版』にあり、ようやく理解できた。
人身事故に関わる不注意が複数ある場合、どの不注意が事故の過失であるか。その考え方には、事故発生時点に最も近い不注意を過失とする直近過失論(段階過失論)、必ずしも一つに限られない過失併存説、これら2種類がある。
実務上は、過失併存説が大勢を占めるという。ただし、直近過失論に基づく過失認定手法は有用とされている。それは、事故の時点から遡って、どの段階で過失が生じたのか、時を巻き戻していく手法である。
直近過失論の考え方に基づく過失認定手法は『二訂版(補訂) 基礎から分かる 交通事故捜査と過失の認定』に説明されている。しかし、そのような手法を用いる理由、より詳しくは、そのような手法を用いないことで発生する問題、これを理解できていなかった。それが『自動車事故犯罪事実作成実務必携 第3版』に詳説されていた。
前出の対向二輪車センターラインオーバーのケースを考える。センターラインオーバーがかなり遠くで行われた場合、それでも衝突し、人身加害となるケースにはいろいろある。
事例1
速度遵守していたものの、同乗者と会話していた、煙草の吸殻に気を取られた、スマホを見ていたなどの理由により、前方注視が散漫となって発見が遅れ、発見時には近接していたために制動が間に合わなかったケース
事例1での注意義務違反は何か。発見時点で結果回避可能性はない。そのため、この時点で事故の過失はない。結果回避可能な時点に遡り、その時点で前方注視義務を尽くしていれば、遅滞なく発見して制動をかけることにより、事故を回避できるといえる。
事故の直前には「結果回避可能性がない」段階が生じる。この段階に入る地点を「結果回避可能限界地点」という。「結果回避可能限界地点」までに注意義務を履行しなければ事故を回避できず、過失の認定はここに入る直前の運転を対象に行われる。
事例2
遅滞なく発見して制動をかけたものの、速度遵守していれば間に合っていたところ、速度超過により制動が間に合わなかったケース
事例2での注意義務違反は何か。発見時点で結果回避可能性はない。そのため、この時点で事故の過失はない。結果回避可能な時点に遡り、「速度超過しても事故など起こらないだろう」と軽信することなく、その時点から速度遵守義務を尽くしていれば、遅滞なく発見して制動をかけることにより、発見時点で不必要に停止距離が延びることはなく、事故を回避できるといえる。
◆直近過失の特定
前節で、ふたつの事例を示した。重要な観点は、これらふたつの事例を区別する意義である。それは、過失(=注意義務違反)とは、通常の運転者であれば結果を予想し回避できたこと、それにもかかわらず当該運転者にはそれができなかったことにある。それを示すために、より掘り下げれば以下を示す必要がある。
当該運転者にはどのような注意義務が課されているか
当該運転者はどのような状況下にあったか
通常の運転者がその状況下にあれば、注意義務を尽くすことによって、結果を予想し回避し得たということ
当該運転者も、通常の運転者と同様に予想し回避し得たということ
それにもかかわらず、当該運転者は予想と回避を怠ったために事故を生じたということ
事例1と事例2では、通常の運転者ならどのように予想し回避できたかということや、どのようにすれば当該運転者も通常の運転者と同様に回避し得たのかが異なる。
事例1に対して「速度遵守しろ」「速度超過するな」とは無意味である。もともと事例1では速度遵守しており、通常の運転者は速度遵守することで事故を回避できるわけではない。通常の運転者なら「前方注視すること」によって事故を回避できるわけであり、当該運転者が非難されるのは前方注視義務違反に対してである。
事例2に対して「前方注視しろ」とは無意味である。もともと事例1では前方注視しており、通常の運転者は前方注視することで事故を回避できるわけではない。通常の運転者なら「速度遵守すること」によって事故を回避できるわけであり、当該運転者が非難されるのは速度違反に対してである。
普通の人であればこのような細部に拘る理由が分からないかもしれない。
警察は「自動車の運転上必要な注意を怠り」への構成要件該当性を立証する必要がある。
(過失運転致死傷)
第五条 自動車の運転上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、七年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金に処する。ただし、その傷害が軽いときは、情状により、その刑を免除することができる。
そして、「自動車の運転上必要な注意を怠り」に含まれる注意義務の内容をできる限り特定する必要がある。
しかし、刑事訴訟法256条3項は、起訴状に記載する公訴事実に関し、「公訴事実は、訴因を明示してこれを記載しなければならない。訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となる事実を特定してこれをしなければならない。」と規定しています。ここでは「訴因とは何か」といった難しい話は省きますが、法が、このようにできる限りの特定を要請しているのは、起訴状記載の公訴事実は、刑事裁判における審判の対象を画定する(検察官において、どのような事実を裁判で白黒つけようとしているのかを明確にする)機能を持つとともに、被告人・弁護人の防御権(検察官の主張する事実の有無を争うことができる権利)を保証する機能を持つからです(最決平13.4.11)。よって、過失運転致死傷罪の公訴事実も、当然ながらこの要請の拘束を受け、注意義務の内容について、できる限り特定する必要があるのです。
このような事情があるためである。これは裁判実務者や、被告人の立場で裁判に挑む者には重要な要素だと思う。そしてこの理解は、裁判例を読む人にとっても必要なことだろうと思う。
どのような過失があって事故となったか、それを表す犯罪事実/公訴事実というものがある。実務上は、事故の態様と事故原因に応じて、犯罪事実/公訴事実の書き方はテンプレ化している模様である。手持ちの書籍では、『新・交通事故捜査の基礎と要点』の第7章に説明がある。もっとも、書式を意識しすぎるのは適切でないとも解説されている。
自動車運転過失事件の被疑事実・公判事実の構成には、長い間に築かれた型というものがあり、その基本的な型をマスターすることが自動車運転過失事件の捜査・処理を担当する警察官・検察官にとって極めて重要なことである。ベテランの捜査官の頭の中には、事故態様に応じた無数の事実構成がカードになって整理されており、いつでも取り出せるようになっているものである。しかし、誰でも初めからそういうわけにはいかないので、基本的な型とその変型を書物や具体的事件の捜査処理を通じて身につけていくしかない。
以下に収録した犯罪事実要点記載例は、事故の態様を類型化・細分化して書式化したものであるが、交通事故の形態は千態万様であって、一つとして同じものはなく、あらゆる形態の交通事故に当てはまる書式を作成することは不可能なので、読者は、なるべく自分が担当している事故と同じような形態の事故の書式を選び、それを参考にして自ら主体的に事実構成をしていただきたい。事実が主、書式は従であり、書式はあくまで参考であることを心に留めておく必要がある。
◆直近でない過失の排除
事例2に少し状況変化を加えて、事例3を考える。
事例2
遅滞なく発見して制動をかけたものの、速度遵守していれば間に合っていたところ、速度超過により制動が間に合わなかったケース
事例3
事例2の状況に加えて、酒気を帯びていたケース
酒気を帯びていたことによって気が大きくなり、それによって速度超過となり、事例2同様に制動が間に合わなかったことを考える。
この場合、酒気帯び運転は事故の過失とはならない。捜査の中で、酒気帯び運転が結果の予想や回避に影響が生じている状況でない限り、事故の過失とはならない。
これがなぜかというと、他行為可能性が失われる時点がどこかという考えによるものである。
酒気帯び運転は法で禁止されており、運転開始時点で運転避止義務が課される。しかし実際のところ、運転開始時点、さらには当該事故が起こる直前に至るまで他行為可能性は残っている。どこかで「もう無理だ、休もう」となれば事故は起きないのである。このような状況では、事故の具体的危険性は生じていない、そのため事故の予見可能性は生じないという判断がされる。つまり過失とはされないのである。
説明の中に「結果の予想や回避に影響が生じている状況でない限り」と記した。他行為可能性が失われる段階となって事故の具体的危険性が生じ、その時点の注意義務を判断する段階で、酒気帯び運転がその注意義務の履行に影響を与えているのでない限り……という意味である。
酒気帯び運転がその注意義務の履行に影響を与えた場合はどうなるか。たとえば、眠り込んでいて発見が遅れた、眠り込んだまま衝突した、まともに運転操作できないほどに酔っていて回避できなかったということであれば、酒気帯び運転自体が事故と因果関係のある過失となり、危険運転致死傷罪(自動車運転死傷処罰法2条1号、3条1項)に問われることになる。そうでない限り、酒気帯びは事故の過失とはならないということである。量刑判断は別としても。
言い換えれば、予見可能性における存否の認定に当たっては、犯人がある不注意な行為に及んだ場合、果たしてその先の段階で、いまだ結果の発生を回避しうる手段・方法が残されていたか否かを、問わなければならないということである。
その結果、犯人の数個の不注意な行為のうち、最初の不注意な行為がすでに行われた場合であっても、なおその先の段階で、結果回避の手段・方法が残されている限りは、いまだに、当該事故の発生に至る具体的な危険については存在していない、ということになるから、その場合は、予見可能性は生じないということになる。
そして、ある不注意な行為が行われた結果、直ちに結果回避の手段が講じられなければ、もはや結果回避の可能性が失われてしまうという、いわば最終の結果回避の手段が講じられるべき段階に至ったとき、初めて予見可能性が生じるものと理解するべきである。
しかし、同一の時点に、数個の不注意な行為が併存するということは、通常、あり得ないことであって、その間には、必ず、時間的な先後関係があるはずなのである
そして、数個の不注意な行為のうちある不注意な行為が行われた時点において、予見可能性と回避可能性の存在が肯定されるときは、それに先行する不注意な行為については、いまだ予見可能性が存在しないことになるため、これらの不注意な行為が、過失の内容をなす注意義務違反とされる余地はなく、反対に結果の発生により近い時点においてなされた不注意な行為については、予見可能性は存在するものの、結果回避可能性がないため、これも過失の内容をなす注意義務違反には当たらないわけである。
したがって、数個の行為が複合的に1個の過失の内容をなす注意義務違反を構成するという場合は別として、通常は、結果回避可能性のある最後の手段が講じられるべき時点における不注意な行為のみが、過失の内容をなす注意義務違反に当たることになる。
このように説明してみると、やはり先の大分の裁判は異質に感じる。他行為可能性のない状況で生じた死傷事故でも、そのときに危険運転行為を行っていれば危険運転致死傷罪に問われる、そのことが妥当かという話である。
極端な例を示せばこうだろうか。危険運転致死傷罪2条1号や3条1項の危険運転行為、アルコールの影響を受けて眠った状態で走行している車両が、高速で走行し前方不注視の二輪車に後方から追突され、二輪車運転者が死傷した場合に、前車の運転者は二輪車運転者の死傷結果に対して危険運転致死傷罪に問われることが妥当だろうか。
通常の運転者にとって、この事故を予見することはできるだろうか、この事故を回避することはできるだろうか。たしかに飲酒運転をしていることは悪いが、それがこの事故の理由だろうか。
危険運転行為をしていれば、危険運転行為と因果関係がなくとも、死傷結果に対して危険運転致死傷罪に問うとは、そのような話である。
ご指摘いただいた件
実はこの記事の作成に取り掛かっているときに、あるつぶやきに対して正しくないのではとご指摘をいただいている。つぶやきでは訂正を掛けづらいこともあり、ここに転記するとともに、この記事の公開に合わせて下書き化している。
交通系解説動画への疑義(14)
赤信号横断歩行者への衝突事故の刑事責任
過失への理解が乏しいとあの解説になってしまうか
発見前に予見義務がない
発見時点で速度遵守車にも不可避
……だと過失は成立しない
加害車両が速度超過でも同じ
事故過失と速度超過違反は連動しない
このつぶやきだと、うまく表現できていなかったようである。「発見前に予見義務がない」という一文に込めていたつもりであったところ、伝わりづらい表現になっていたようである。
ケースに分けて記してみる。
赤信号横断歩行者への衝突事故を前提として……
事例1
速度遵守しており、前方注視を怠ることなく、しかし横断者を発見した時点で横断歩道に近接していたために、事故を回避できなかった。
これは、過失なしと扱われる。発見後には、結果回避可能性はないため、結果回避義務違反に問われない。遡って発見前には、赤信号を無視して横断してくる横断者に対する結果予見可能性はないため、結果予見義務違反に問われない。
結果予見義務違反と結果回避義務違反の両方が成立する時点がないため、過失とはならない。
事例2
速度超過しており、前方注視を怠ることなく、しかし横断者を発見した時点で横断歩道に近接していたために、事故を回避できなかった。そして、速度遵守していても、事故を回避できなかった。
これも、過失なしと扱われる。事例1と同様、結果予見義務違反と結果回避義務違反の両方が成立する時点がないため、過失とはならない。
もともとのつぶやきは、これを想定したものであった。
事例3
速度遵守しており、しかし前方注視を怠っており、事故を回避できなかった。前方注視していれば、横断者を発見した時点で急制動を掛けることで、事故を回避できていた。
これは、前方注視義務違反による過失に問われる。先のつぶやきでは、この事例との区別が曖昧だったように思う(2025/01/03取消)。
発見後には、結果回避可能性はないため、結果回避義務違反に問われない。
遡って発見前には、赤信号を無視して横断してくる横断者に対する結果予見可能性はないものの、通常の前方注視義務は免除されていない。そのため、前方注視義務、それに基づく結果回避義務が課され、それらの義務を尽くしていれば事故を回避できていたことになる。そのため、前方注視義務違反による過失に問われる。
事例4
速度超過のうえ、前方注視を怠っており、事故を回避できなかった。速度遵守のうえで前方注視していれば、横断者を発見した時点で急制動を掛けることで、事故を回避できていた。
過失に問われる。ただしその過失理由は状況による。先のつぶやきでは、この事例との区別が曖昧だったように思う(2025/01/03追記)。
事故に対する時間的な先後関係は、速度超過→前方不注視の順であるため、時間的に事故と近接する前方不注視を先に、過失足り得るか考える。
速度違反はあったものの、前方注視義務を尽くしていれば、事故を回避し得た
→ 前方注視義務違反
前方注視義務を尽くしていても、速度違反によって事故を回避し得なかった
……というケースのうち
速度遵守であれば容易に回避し得た
→ 速度違反
速度遵守に加えて前方注視も十分に尽くすべきだった
→ 速度違反+前方注視義務違反(過失併存説)
書籍紹介
過失運転致死傷罪における過失を理解するのに有用と思われる書籍を紹介して記事を締めくくる。
全4冊を①②③④として、①②はほぼ同時期に購入、③はそこからやや時期を置いて購入、④は最近購入している。
①『3訂 新・交通事故捜査の基礎と要点』
これは、捜査全体の基礎知識を解説する書籍となっている。
目次を見ることで、どのような書籍かがイメージしやすくなると思う。
第1 総説
第2 事故捜査における基礎自動車工学
第3 交通事故捜査における証拠収集と事実の認定
第4 交通事故に伴う悪質事犯と捜査上の留意点
第5 事故の態様別にみた捜査上の留意点
第6 自転車事故
第7 自動車運転過失事件の犯罪事実構成と事実記載例
〔交通事故犯罪事実要点記載例〕
交通事故形態別分類表一覧(目次早見表)
交通事故形態別分類表細目次
個人的には、第1章、第2章、第4章、第5章、第7章が興味深いと感じた。
第2章の自動車工学系の話は、当方は詳しくないものの、好きな人もいるだろうと思う。
この記事の主題である過失に目を向けると、第1章「総説」に全般的な解説が記されている。第4章「交通事故に伴う悪質事犯と捜査上の留意点」や第5章「事故の態様別にみた捜査上の留意点」に状況別の解説が記されており、過失の構成が状況に特化して記されている。
第7章は、犯罪事実/公訴事実の記載例となっている。事故の態様+過失の種類別に記されており、本記事に記したとおり、ベテランの捜査官はこの分類が頭に入っているのだとか。
自動車運転過失事件の被疑事実・公判事実の構成には、長い間に築かれた型というものがあり、その基本的な型をマスターすることが自動車運転過失事件の捜査・処理を担当する警察官・検察官にとって極めて重要なことである。ベテランの捜査官の頭の中には、事故態様に応じた無数の事実構成がカードになって整理されており、いつでも取り出せるようになっているものである。しかし、誰でも初めからそういうわけにはいかないので、基本的な型とその変型を書物や具体的事件の捜査処理を通じて身につけていくしかない。
第1章の過失が絡む部分を、節を少し掘り下げて目次を抜粋しておく。
第1 総説
4 過失犯の成立要件
1 過失行為
(1) 犯罪事実の認識・認容の欠如
(2) 不注意(注意義務違反)
2 因果関係
5 過失犯の成立を否定する事由
1 緊急避難が成立する場合
2 被害者が危険を引き受けていたと認められる場合
3 信頼の原則が適用される場合
6 過失の種類
1 業務上過失・自動車運転過失・重過失・通常過失
2 直近過失と段階的過失
②『二訂版(補訂) 基礎から分かる 交通事故捜査と過失の認定』
この書籍は、交通事故態様別の過失の認定に必要な捜査を説明するものである。書籍①『3訂 新・交通事故捜査の基礎と要点』のうち、第5章「事故の態様別にみた捜査上の留意点」を掘り下げたものに近い。
書籍をイメージしやすくするため、こちらも目次を見てみる。
第1講 総論
第2講 信号看過による事故
第3講 見通しの悪い非信号交差点における事故
第4講 直進車と右折車の衝突事故
第5講 交差点の右左折時における後続車巻き込み事故
第6講 路外施設に出入りする際の事故
第7講 車道上における車両対歩行者事故 ー横断歩道上ー
第8講 車道上における車両対歩行者事故 ー横断歩道以外ー
第9講 二重れき過事故・追突事故
第10講 運転中止義務違反の過失による事故
最終講 その他の事故
特別講 アルコール又は薬物、病気に起因する危険運転致死傷罪について
第1章は過失の総説となっており、前書籍の第1章、そのうちの過失部分の説明に近い。その部分をさらに掘り下げてみる。
第1講 総論
1 過失とは何か
1 定義
2 結果予見性を前提とした結果予見義務とは?
3 結果回避可能性を前提とした結果回避義務とは?
4 結果予見義務と結果回避義務の関係
2 信頼の原則
1 定義
2 信頼の原則の適用事例(信号交差点における事故)
3 信頼の原則の限界
3 直近過失説と過失依存説
4 過失認定の手順
1 過失運転致死傷罪成立の機序
2 帰納法的発想が大切
3 認定された過失
この記事の「段階的過失論」に記した点の一部を除くと、分かりやすく記されていると感じる。ただ「段階的過失論」の深い部分の理解には、当方の理解力不足ゆえに繋がらなかった。
③『刑法総論 第3版』
この書籍は、自動車運転に限られない、刑法全般に対する解説書である。ただし、過失まわりの記述には過失運転致死傷罪がらみの説明が含まれる。
書籍をイメージしやすくするため、こちらも過失に絡む部分に限定して目次を見てみる。
第1章 序章
第1節 刑法・犯罪・刑罰
第2節 刑法の政策的基礎
第4章 構成要件該当性
第4節 因果関係
第1款 総説
第2款 結果回避義務違反に基づく結果の発生
第3款 危険の現実化としての因果関係
第6章 責任
第4節 過失
第1款 総説
1 過失犯処罰の例外性
2 過失犯の構造
3 過失犯の故意性要件該当性
第2款 過失の要件
1 結果予見義務と結果予見可能性
2 故意との関連性 認識・予見可能性の対象
3 予見可能性の程度
4 信頼の原則
過失運転致死傷罪、自動車運転死傷処罰法に限定されない解説書であるため、全般的に自動車絡みの説明はあまりない。ただ、以下の解説部分は興味深く感じた。
……。たとえば、自動車の運転者に認められる結果回避義務は、自動車という危険源を支配することに基づく義務であり、自動車の運転に認められる危険を通常事故が生じることはない程度にまで低減することがその内容になる。
④『自動車事故犯罪事実作成実務必携 第3版』
この書籍は、前出の書籍①『3訂 新・交通事故捜査の基礎と要点』の第7章「自動車運転過失事件の犯罪事実構成と事実記載例」を掘り下げたものに近い。
犯罪事実とは、裁判のニュースで見たことがある人もいるかもしれないところ、「……は、……過失により、……衝突し、よって、同人に……の傷害を負わせたものである」といったような、犯罪の状況を記したものである。裁判開始後は公訴事実と呼ばれる。
書籍をイメージしやすくするため、こちらも目次を見てみる。
第1編 総論
第1章 過失運転致死傷罪の捜査要領概説
第2章 犯罪の情状等に関する意見
第3章 交通事故事件の一般的捜査要領
第4章 交通事故事件の犯罪事実の記載に当たっての留意点
第5章 自動車運転処罰法適用に当たっての留意点
第2編 危険運転致死傷罪(2条)
第3編 危険運転致死傷罪(3条)
第4編 アルコール等影響発覚免脱(4条)
第5-1編 過失運転致死傷(自動車対自動車)
第5-2編 過失運転致死傷(自動車対自転車)
第5-3編 過失運転致死傷(自動車対歩行者)
第6編 無免許運転加重
第7編 過失・重過失・業務上過失傷害
第8編 その他
第2編以降は、事故状況別の犯罪事実の書き方が解説されている。たまに、不適切な犯罪事実が示され、それに対する添削的な解説が行われている。
過失の総説は第1編に記されている。これは書籍②『二訂版(補訂) 基礎から分かる 交通事故捜査と過失の認定』の第1講に近い。その部分をさらに掘り下げてみる。
第1編 総論
第1章 過失運転致死傷罪の捜査要領概説
2 過失運転致死傷罪(5条)捜査の基礎知識
(1) 序論
ア 故意犯(刑罰法規の原則刑法38条1項ただし書き)
イ 過失犯
ウ 故意犯と過失犯の比較
(2) 過失運転致死傷罪の成立要件
ア 条文
イ 自動車運転上必要な注意とは
ウ 過失運転致死傷罪とは
エ 過失の捉え方(段階的過失論)
オ 信頼の原則
事故態様を限定しない総論部分の詳しさは、書籍②『二訂版(補訂) 基礎から分かる 交通事故捜査と過失の認定』よりも優位に感じる。ただし、第2講以降は警察・検察以外には興味深く感じる人は少ないように思う。
それ以外では、犯罪事実の作成に関わる実務に触れている点は興味深い。
当方はてっきり、検察に事件送致する少し前、捜査の終盤段階で、それまでの捜査内容を取りまとめて書くものだと思っていたが、そうではないようだ。そのあたり、第3版の「監修のことば」に説明がある。捜査の最終段階で起案することもあれば、捜査の序盤や中盤で起案することもあるようだ。
皆さんは、捜査の最終盤以外に、どのような段階で、犯罪事実(公訴事実)を起案していますか。
まず、捜査の初期段階で、犯罪事実(公訴事実)を起案する方法。捜査の初期段階では、犯罪事実(公訴事実)を起案しても全てを書ききることができないことが多いと思いますが、その空白部分は今後捜査を要すべき事項であるとして把握することができます。それ故、この場合を指して、「犯罪事実(公訴事実)とは捜査の羅針盤である」と表現する捜査官もいます。
捜査の中盤頃、犯罪事実(公訴事実)を起案する方法。捜査が十分であれば、事案の真相を的確に反映した過不足のない犯罪事実(公訴事実)を書くことができるはずです。しかし、捜査が尽くされていなければ、納得のいく犯罪事実(公訴事実)を書くことはできません。それ故、この場合を指して、「犯罪事実(公訴事実)は捜査の到達点(投影)である」と表現する捜査官もいます。
第3版 監修のことば
こういった、実務者がどのように実務を進めているのか、それを窺い知ることのできる書籍は、部外者にとって興味深いものである。
最後に
記事にまとめることによって理解が深まった部分があると感じる。
過失を事故に一番近い一時点の不注意に限定する理由、それ以前に不注意があっても依然、他行為可能性が残っているからという部分は正しく理解していなかった。このあたりを深く理解できたことはよかったと感じる。
