カメラ買ったけど写真撮るのが恥ずかしい

気づいたら社会人も2年目になっていた。1年前は大学生ではなくなる恐怖と社会人として生きていけるかという不安の中で新しい環境での生活がスタートした。

どうせすぐ辞めるだろう。半年持ったらいいほうかな。1年後も続けている未来が見えない。

そう思っていたけど、時が進むのはあっという間。社会人生活は続いている。

3月末、決算賞与が入った。僕の口座に大金が振り込まれるのは2度目。口座残高が10倍に膨れ上がった。貯金するのもいいけど、実はずっと前から良いカメラが欲しかった。

スマホでも十分いい写真は撮れる。鮮やかに写って、SNSに投稿すれば友達から褒められることも多かった。「少しは写真の才能あるかも?」なんて、自分を奢っていた時期もある。

好きな景色、人、物を撮っていくうちに、何かが違うような気がしてきた。

木の色とかこんなに鮮やかだったかな?
こんなに明るかったっけ?
なんか不自然に歪んでない?

スマホで撮った写真が誇張されて加工されているような気がしてきた。自分の目で見て良いと思ったものを写真に収めていたはずなのに。

そう考えだしてからはスマホで撮ったものが偽物のように見えてしまった。

「良いカメラならありのままを写せるのだろうか。」

そう思うようになってから、カメラが欲しいという思いが沸々と混み上がっていった。

ある日、友達と桜を見に行ったとき。その友達が一眼レフカメラを持ってきていた。少しだけ借り、ファインダー越しの景色を見てシャッターを押したとき、この瞬間の自分が見た景色を切り取っている実感があった。




スマホでは味わえないこの経験が忘れられず、気づいたらカメラを手にしていた。



***

買ったカメラはソニーのα6400というもの。2019年2月に発売されたものだからすでに7年も経過している。比較的良質な中古品が出回っていて、軽くて街歩きに最適、オートフォーカスが爆速でコスパがよいとされていたから選んだ。

レンズはE 35mm F1.8 OSSというものを買った。単焦点レンズでズームはできないものの、軽くて持ち運びがしやすく、風景を撮るのに丁度いいレンズとのことで買ってみた。最初のレンズとしては良いものを選べたんじゃないかと思う。

いざ、実践。近くの河川敷に出向きパシャパシャと撮ってみた。

川辺
よくわからない花
線路は続く
案内人

…楽しい

明らかにスマホで撮るのとは何か違う写真が撮れてる。その時の雰囲気が思い出されるような。あの時見た風景が保存されてる。

***

ただ、カメラを趣味にするには乗り越えなくちゃいけない壁があることに気づいた。

写真撮ってる姿見られるのめちゃくちゃ恥ずかしい!!

まずカメラぶら下げて闊歩するのが恥ずかしい。めちゃくちゃ目立ってる(ような気がする)。変な目で見られてる(ような気がする)。

そして写真撮るとき、ファインダー覗いたときに注目されてる(ような気がする)。だってそうじゃん。「はい、今から写真撮りますよー」って言ってるようなもんだもん。「ああ、あいつこれから写真撮るんだな」って周りの人から思われるじゃん!!恥ずかしい!!
あと、カメラの目線。自分がいいなと思って被写体に向けてカメラ覗いてるけど、他の人からみたらただのガラクタだったり、標識だったり、なんてことない風景だったりして。そうゆうのにカメラ向けてると「あいつあんなもの撮ってるんだ」「くだらないもの撮ってるな」って思われるじゃん!!恥ずかしい!!

河川敷に行った別の日に都内の大きめな公園に行ったんだけど、人多すぎて何も撮らずに帰ってきちゃったもん。カメラぶら下げて散歩しただけの人になりましたよ。

…こう思うことは、自意識過剰なだけっていうのは分かってる。基本、誰も気にしてないことも。自分だけが見ているということも。

でも、どうしても気になっちゃうんだよな。周りの目が。自分の行動を見られたくないっていう思いが昔から強くあった。それで変な行動していることもあったし、意味わかんない。本当に。

***

カメラを使って自分の見た景色を撮っていくのはすごく楽しかった。誰かに見せるわけでもないけど、保存した写真を見るのも楽しい。結構うまく取れてるし…

もっといろんな風景を撮りたいな。せっかく東京に住んでるんだし、街歩きも楽しみつつ、スナップ写真も撮っていきたい。旅行先の絶景も、その土地でしか見れないものも収めたい。誰かの日常を切り取りたい。ふとした瞬間の表情を捕えたい。

やりたいことが溢れ出していく。

久しぶりの新しい趣味。

いつまで続くだろうか。

1年後も続いているといいな。



〜追記〜

次の休日にカメラ持って奥多摩に行きました。
その様子も是非、ご覧ください。

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