見出し画像

正義は、ときどきうるさい

騒ぎ立てるのは好きじゃない。

増して、自分じゃない誰かが被害を受けていた場合は特に。

少し前に、SNSで気になる事柄があった。
わたし自身もそれに対して憤りや悲しみを感じてはいた。
でも、その感情が思ったより大きなものでも、わざわざ取り上げて感情をあらわにすべきではないと考えている。

なぜなら、当事者がどう思っているのかはわからないから。

当の本人が、どれだけのダメージを受けているのかを無視して、周囲が勝手に「これは冒涜だ!」「許してはならない!」と盛り上がるのは違うくないですか?

怒りってすごいパワーがあるし、同調されるとどんどんと膨らみやすいものだと思う。

それはもう、当事者の気持ちではない。

本当は成り行きを静観していたのに対応をせざるを得なくなる、なんてことにだってなり得る。

拡散され続けること
当事者抜きで熱量が肥大化すること
いったい誰が収拾をつけるんだろう

まぁ、難しいんだけど。
だって、好きな人を守るため動くのはかっこいいと思うから。

でも、わざわざ起こってることを広めたり、「運営に対応依頼した!」とか報告したりして、
ヒーロー気取りかよ、と思う自分がいる。
陰でこっそりやって黙っとけよ、と。

もはや、エンタメにしてませんか?
「守る」を「自己演出」にすりかえちゃってませんか?
増幅しやすい怒りのエンタメ。
自己演出のチャンス。

どうなんでしょう。
まぁ正解はないでしょうね。

当事者も、こんなに気にしてくれてる人がいる!自分のためにがんばってくれて嬉しい!と思ったりする場合もきっとあるし。

わたしは変にスマートぶりたいのかな。
本当のスマートがなんなのか、
わからないけれど。

いいなと思ったら応援しよう!